第924話  決死隊

 王城では、トールヴァルド伯爵より齎された情報を精査し、先の大戦時の記録を精査していた。

 その結果、彼が危惧している様に敵の襲撃が再び起こる可能性が非常に高いと判断された。

 そして、現在調査を進めている伯爵に協力をする様に、トールヴァルド伯爵の父であり、副軍務卿であるヴァルナル・デ・アルテアン侯爵に全面的に協力をする様に、国王陛下と議会は命を下した。


 ヴァルナルはこの命を受けて、騎士、兵士の中より、決死隊とも言える人員を選抜する。

 もちろん、この調査隊に自ら名乗りをあげる者も少なくはなかった。

 その中には、家族を持つ者も当然いたのだが、そういった者は選から漏れる事となる。

 これは、元より決死隊と言い換えることができる程に危険な任務であるという事情が深くかかわっている。

 まだ記憶に新しい、馬鹿皇帝による宣戦布告により、その馬鹿皇帝の治めていた国からグーダイド王国までの間にあった国々は、大きな被害を受け…いや、はっきりと言えば、壊滅してしまった。

 終戦と同時に、グーダイド王国やアーテリオス神国の協力もあり、まだまだ元の状態とまではいかないが、いくつかの国はその形を取り戻しつつあったが、戦の傷跡として多くの兵士を亡くしてしまい、戦災に見舞われた女子供を多数生み出してしまった。

 愛する夫を亡くしてしまった妻や子供達は、生活もままならない者達も多かった。

 無論、そういった生活に困る者達にも、援助の手は差し伸べてはいる。

 確かに物質的な援助は十分とは言えずとも、飢えて死ぬような事にならぬ様に、手厚くそれは行われてはいる。 

 しかし、戦によって齎された心の傷は、そんな事では癒されることはない。

 そんな悲惨な現状を目の当たりにして来たヴァルナルは、二度とその様な事が起きないようにと、人選には気を使っていた。

 妻や子供、恋人や婚約者がいる者、老いた父母を抱えた者は、真っ先にこの対象となり、選から外された。

 また、今回の調査はかなり厳しいものとなると思われたため、女性の騎士や兵士も外された。

 別に男尊女卑だとか性差別だとかで外されたわけでは無い。

 単に、個々が背負い運ばねばならない荷物の量が多いため、どうしても力や持久力に劣る女性が外されただけだ。

 そうして選ばれた騎士、兵士の数は、実に150名、3個中隊に及んだ。

 彼等が遭難したとしても、優に2週間は生き延びる事が出来るだけの物資も用意された。

 そして、後はトールヴァルド伯爵による移動を待つだけとなった。


「え、そんな事になってんの!?」

 邸でのんびりお茶をしていた所に、ヴァルナルからの通信が入り、現状を伝えられたトールは驚いた。

 それと同時に、生贄の準備が整った事に内心喜んでもいた。

『うむ。皆、士気高く、王国の為に命も捨てる覚悟だ。トールからの号令があれば、何時でもいけるぞ』

 通信機の向こうでは、ヴァルナルの鼻息も荒い。

『あと…出来れば、ウルリーカの出産も近いと聞いているので、出来る事ならば作戦決行時期はずらしてもらえるとありがたい』

 つまりは、愛する妻の出産には立ち会いたいので、調査に向かう日はずらしてねっという事らしい。

「もちろんだよ! あと、そんなに気を張っていたら騎士さん達も疲れるでしょう? だから出来るだけ早目に迎えに行くんで、こっちに来たら兵士さん達には、決行の日まで、あのホテルにでも泊まってもらってゆっくりと身体を休めて英気を養ってもらう様にしよう」

『む? かなりの人数だが、大丈夫なのか? それに兵達を休ませずとも、訓練させておけばよいと思うのだが…』

 ヴァルナルが危惧するのも当然で、150名もの衣食住であれば、かなりの経費がかかる事は間違いない。

「大丈夫。あのホテルは僕の経営だし、食料も魚介類が中心になるかもしれないけど、ちゃんと宿泊している間は保証するし、もちろん無料で提供させてもらうよ」

『いや、費用がだな…』

 渋るヴァルナルではあったが、

「そんなに気を張り詰めていたら、肉体的にも精神的にも疲労するよ? そうなったら何よりも作戦に多大な影響をあたえる事になるだろう? 費用なんて気にしなくてもいい。母さんにもアルテアン家の総力をあげて事にあたれって言われてるし」

 費用をトールヴァルドが全額負担し、なお且つ愛する妻の言葉もあるのであれば

、ヴァルナルの断るという選択肢はない。


 決死隊などとは言っても、いつまでも緊張しっぱなしでは、確かに心も体も長くはもたないだろう。

 トールの言葉の通り、どこかで息を抜く必要は確かにあった。

 任務中は気を抜けないが、せめて出発前と任務後には気を抜いて欲しいと思っていた所であるのは間違いない。

 だが、それにかかる費用が莫大な物となるのは承知している所で、それをどう捻出しようかと思案していた所でもあったのだ。

 多分、現在のグーダイド王国で最も懐の温かい貴族は、間違いなくこのトールヴァルドである。

 高額納税者として、王家に次ぎ名をあげられるほどに金は持っている。

 その金持ちの息子が全額負担してくれるというのだから、これに否は無い。

『わかった。トールには負担をかけるが、よろしく頼む』

「何を言うんだ父さん! 死地へと赴こうと自ら名乗りをあげた騎士や兵を労わないなど、あり得ないだろう! それにこれは俺が持ち込んだ案件なんだ! 頼ってくれ! もっと頼ってくれ! 俺は父さんの息子だぞ! 家族なんだぞ! 」

『トール…』

 トールの言葉に感激したヴァルナルであった。

 その後、いくつかの連絡と相談、報告など言葉を交わした2人は通信を終えた。

 

 王都の侯爵邸で通信を終えたヴァルナルは、トールが立派な貴族となった事を誇りに感じ、思わず涙ぐんだりしていた。

 そしてネス湖の畔のトールの邸の中では、生贄が150人も出来た事に、1人悪い顔でほくそ笑むトールの姿があった。

「ぐっふっふ…確かに決死隊だよな。とことんまで精を絞り取られちゃうんだから」

 そんなトールの悪だくみは、遠く王都のヴァルナルや、決死隊に選抜された騎士や兵士に届く事は無かった。

 

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