第890話  大樹の元へ

 飛行船の高度を上げる時間すらも惜しみ、俺は極力船体に不必要な揺れや衝撃などが伝わらぬ様に操縦をした。

 勿論、精霊さんにも速力よりも安定性を重視する加速をお願いしたので、緩やかに滑空するようにホワイト・オルター号は夜空をスケートリンクを滑るアイススケーターの様に飛んだ。


 そういや、今まで何の不思議にも感じなかったが、さっき精霊さんがコックピットの天井をすり抜けて行くのを目にした事で、精霊さんは何でも通り抜ける事が出来るんじゃないかと思った。

 この飛行船の周囲に張られているシールドは、基本的に俺の許可があれば通り抜けられる。

 だからこそ、この空に飛び出して行った蜂達がシールドをすり抜けてナディア達の捜索を行えたわけだ。

 でも精霊さんに対してシールド出入りの許可…いや、シールドにどのように精霊さんを認識させたら良いのか分からなかったので、特に何もしていなかったのだが、精霊さんは自由に出入りしている。

 それどころか、隙間の一つも無いはずの天井を通り抜けていた。

 なので、精霊さんってば、実は大抵のものは自由に通り抜ける事が出来るんじゃないかと考えたんだ。

 いや、だからどうしたと言われても困るんだが…このシールドって、物理と魔法に対しての防御の意味で展開しているわけなのだが、精霊さんって魔素が俺のエネルギーを吸収して進化した物だったよな?

 それだと、魔法の元になる魔素である精霊さんが自由に通り抜けられるんだから、魔法攻撃とかもすり抜けるんじゃね?

 実験した事は無いけど、もしかしたらもしかするかも?

 そもそも実用レベルで攻撃魔法を使える人って、この世界ではごく少数なんだから、気にするほどでもないんだけど。


 そんな事を考えていた俺の元に、ふわふわと火の精霊さんがやって来た。

 おっと、さっきはご苦労様。

 エネルギー補給にきたのかな? どうぞどうぞ、お好きなだけ吸って行ってくださいな。

 え、違う? でもエネルギーは吸う? んじゃ、何でしゃろか? 

 ほうほう、シールドを魔法は越えられない…と。

 精霊さん達は、魔素って名前のエネルギーを変質させて魔法として行使しているので、精霊さん本体とは異質とな?

 え~っと…それじゃ、魔法攻撃は防げるの? あ、そですか…だったら良かったです。

 安心したかって? そりゃ、安心しましたよ。

 それじゃ、いただきますって…あ、それを先に言いたかったわけね…どそ、お好きな様に吸ってくださいな。

 火の精霊さんは、何故か俺の頭のてっぺんに群がって、ちゅーちゅーエネルギーを吸っていた。

 帰ったら、風の精霊さんとも群がってくるんだろうなあ…それで喜んでもらえるなら安い物だけど。

 頭に、可愛い幽霊みたいな姿の精霊さんをまとわりつかせたまま、俺は我が家を目指して飛行船を飛ばし続けた。


 往きと違い、比較的速度を抑えた航行のため、時間は掛かるが船内は振動も揺れも無く、非常に穏やかだ。

 ナディア達を着換えさせたマチルダとイネスとミルシェがキャビンに戻って来た。

「ナディアさん達の着換えを終えました。大きな怪我もどうやら無いようですね。理由は分りませんが、意識は戻りませんが…」

 マチルダが4人の状況を報告してくれた。

「見た目に怪我が見当たらないのに、意識が戻らない…か」

「ミレーラが変身して回復魔法をかけ続けているのだが…あまり効果は無い様だ…」

 イネスも、見えるはずの無いカーゴルームに設えたナディア達を横たえたベッドの方を見上げ、心配そうに語った。

「…トール様…ちょっと考えたのですが、もしかしたら彼女達は気力というか精力というか…そんな物を奪われたのでは?」

 ミルシェが、彼女達を見た感想を俺に言った。

「気力…精力…か。それは、もしかして生命力とかエネルギーなんかを吸い取られた様な?」

「エネルギー…ですか? そうですね、そう言われるとそうかもしれません」 

 む…何か、ナディア達の消耗の原因が見えた様な気がする。

 だけど…、

「ふむ…原因はそうだとしても、では一体何に吸い取られたんだろうか…」

 もしもエネルギーが吸い取られたのであれば、彼女達であれば時間を掛ければ元に戻るかもしれない。

 俺が直接エネルギーを注ぎ込んでも良いかもしれない…これは最終手段だが。

 何せ、普段俺から自然に漏れ出るエネルギーを吸収してるって言ってたしな。

 もしくは父さんの邸にある大樹の元に連れてく事でも回復するかもしれない。

 勿論の事だが、エネルギーが不足していたらの話であって、他に目覚めない原因があるのであれば話は別だが。

「それならば、まず大樹の元に連れて行こう。もしかすると大樹の力で回復するかもしれないしな」

 俺がそう言うと、マチルダもイネスもミルシェも、静かに頷いた。


 もうすぐ陽が昇る。

 俺は父さんの領地にあるあの大樹の元へと、出来るだけ速力をあげつつ、しかし静かに揺れぬ様に注意しながら飛行船をを進めるのだった。

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