第740話  涙が出る…

 ぶるるっ!

「んぉ!?」

 何故か急に寒気が…。

「トールさま、どうされました?」

 執務室で本日の書類の山を担当嫁毎に分類していたメリルが、急に驚き震えた俺を見て訊ねて来た。

「いや…何だろう…何か嫌な予感がして…」

「予感、ですか?」

 メリルが不思議そうな顔をしてる。

「予感というよりも…むしろ、悪寒?」

 そう、悪寒だ。

「悪寒…何も起こらなければいいのですけれど…」

 書類を手にしたまま、心配そうな顔のメリルの目は、果たして俺を映しているのだろうか。

 もしかすると、迫りくる恐ろしい何かを想像し、その目に映しているのかもしれない。


 色々と落ち着いたのを確認したメリルは、嫁ーずで処理すべき書類を抱えて執務室を後にした。

 今、執務室に残っているのは、俺一人。

 先ほど感じた様な悪寒も今は治まってはいる。

 あれは、一体何だったのだろうか。

 どこかで誰かに噂話でもされている様な…いや、治まったのなら良い。

 自分が今まで仕出かして来た所業を想い返せば、俺を嫌っている奴だっているだろうからな…そいつらが話でもしているんだろう。


 さてさて、それでは頑張って仕事を熟そうかな。

 目の前に積み上げられた書類を、読んではサイン、読んではサインを繰り返した。

 書類の山も残すはあと少しという所で、執務室のソファーから何やら聞き覚えのある音がしてるのに気づいた。

 

 ぐぉぉぉ…ぐがががが…ずずずず…ぐぉぉぉ…んが! ずごごががぐがが…んがが! ぐぉぉぉ…


 書類から顔を上げ、ソファーに視線を向けると、俺に背を向けて尻をぼーりぼーり掻きながら、クソでっかい鼾をかいて寝ている駄メイドが1人。

 こいつ、いつの間に入って来たんだ?

 しかも、テーブルには飲みかけの茶と、食い散らかしたお菓子のカスが散らばっている。

 脇目もふらず集中して仕事してた俺を横目に、いつの間にか執務室にやって来て、茶を飲み菓子を食い散らかしたあげく、ソファーで惰眠を貪っているこの駄メイドが誰かなんて、疑問の余地無く駄メイド独走ぶっちぎり単勝1番人気のサラだ。

 

 ぐぉぉぉ…ぐがががが…んんんん…ぶぶっ…ぶりぃ!


 屁までしやがった!

 管理局謹製の現地活動用サイバネティックス・ボディって、高性能だな、おい!


「こらっ! 起きろ、サラ!」

 俺はサラの元まで歩み寄り、屁をこいたケツを蹴り上げてやった。

「いったぁぁぁ! な、何が私のプリティなおヒップに…まささっきの空を飛べる豚野郎が、私に向けて撃った機関砲が当たったというのか! 避けたはずなのに!」

「どんな寝ぼけ方だ! いいからさっさと起きろ、この駄メイドが!」

 げしげしげし!

「い、いた! いたた! 痛いです! 何するんですか、大河さん!」 

「いや、何でお前が俺の執務して惰眠を貪ってんだよ! ってか、茶と菓子まで貪ってるし!」

 どうやったら、こんなに菓子の屑をまき散らせれるんだよ…。

「せっかくこのサラちゃんがお茶とお菓子を持って来て上げたというのに、仕事ばっかりしてるから、代わりに食べてあげたんです、えっへん!」

 何を威張って言ってんだか…

「俺へのお茶とお茶菓子を、お前が食い散らかしたと? それで惰眠まで貪っていたと?」

 ほう、良い度胸だ。

「さあ、モリモリ食べて、ビシバシ働こう! って、素晴らしい格言も有りますからね」

「そりゃ、格言じゃねー! どっかの飛行機屋のおっさんの言葉だ!」

 何か、パスタが食いたくなってきた…。

 特に、あの妙にケチャップだけで味付けされてて甘ったるくべたつく、昭和の喫茶店で食べたナポリタンを思い出す。

「そして食べたら寝る、コレ基本です。睡眠不足はいい仕事の敵だという、格言も有りますから。惜しい豚を…」

「確かにその通りだよ! でも、お前は寝てばっかりだよな? ってか仕事してるの見る方がマレだよ! っちゅーか、豚さんが映画の後でどうなったかなんて知らなねーけど、きっと死んでないぞ!? 」

 映画のラストの後なんて知らねーけどな。 

「落ち込むこともあるけれど、私… この町が好きです!」

「ああ、そうかよ! ってか、意味が通じんうえに、そりゃ別の映画だ!」

 こいつ、ジ〇リ大好きだろ!?

「 薙ぎ払えっ!!」

「やかましーわ、ボケーーー!」

 あんな、漫画のほんのさわりしか映像化されてない作品なんか…作品なんか…俺も好きだけど、そのセリフは!

 腹が立ったので、アイアン・クローでギリギリとサラの顔面を締めあげてやった。

「んが! な、な…何で蛍…すぐ死んでしまうん…?」

「蛍の成虫の寿命は2週間ほどだからだよ! ってか、そのセリフはヤメロ! 自然と涙が出るんだよ!」 

 あのラストは…ラストは、悲しすぎんだよ!

「戦争のばっきゃろーーーー!」

 顔面を締めあげたまま、俺はサラをソファーに叩きつけた。

 ぼよんぼよんとソファーの上で跳ねていたサラだが、よだれを垂らしながら気を失っていた。


 ふぅ…危なく偉大なるジブ〇ネタで天罰を受けるところだった…。


 いや、良く考えたら、戦争を強引に終わらせた俺が、あの名作では悪役になるのではないだろうか…?

 いや、たとえそうだとしてもだ、俺は戦争孤児達を栄養失調にしたり、野垂れ死になんぞには、絶対に、絶対に、絶対にさせないからな!

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る