第700話  リミッター

 誰の声だったのか俺は知らない。

 確認をしようとも思わなかった。

 何故ならば、ビニールパイプみたいな物が、不規則で高速で明滅を初めていたからだ。

 それを俺は見つめていた。

 その明滅は光度も速度も不規則で、一瞬で俺は意識の全てをその光景に捉われた。

 いや、さっきの声から先、誰も一言も発していないという事は、全員この現象に意識を奪われていたからに違いないだろう。

 誰もが沈黙して見守る中、やがてその異様な明滅は徐々に一定のリズムを刻むようになった。

 まるで…そう、急なハプニングで驚いた人のまるで心臓の鼓動が、だんだん落ち着きを取り戻して普段の心拍数へと戻って行くかの様に、一定のリズムへと変化していく。

 それに伴って、パイプも薄いシーツの下での光も、明らかに光が弱まり明滅も、まるで落ち着いたかの様だ。

 その明滅には音など無かったのだが、例えば効果音をつけるとしたら、きっとこうだろう。

 最初の異様な明滅は、『ドッキーーーン! ドクドクバクバクドクドクバクバクドッキンドッキンドックンドックン…』ってね。

 んで、落ち着いて来た今は、『ドックン…ドックン…ドックン…ドックン…』と、一定のビートを刻んでいる感じだな。

 漫画やアニメ、小説なんかの鈍感系主人公と違って、俺ってば察しが良いから分かっちゃった。

 これって絶対に、このホムンクルス達が目覚める直前って事だよな?

 うん、絶対にそうだ、間違いない!


「うむ、大分落ち着いてきた様じゃな」

 そんな事を考えていた俺の耳に、ボーディの声が聞こえた。

 どうやら俺と同じ事を考えていたらしい。

「ええ、もう目覚めますね」

 っと思ったら、どうもモフリーナも同じ意見。

 もしかしたら、ダンジョンマスターズはこうなると分ってたのかな?

 振り返ると、モフリーナの影に隠れて顔だけ出していたモフレンダも、首を縦に振っていた。

 ちっこいカジマギーともふりんは、心臓の様なビートを刻む水晶を興味深そうに見つめている。

 あ、いや…嫁ーずも、ユズユズも、ドワーフメイド衆も、全員が注視しているようだ。

 サラとリリアさん、ナディアは何やら難しい顔をしている。


 ん、どうした?

『大河さん、あんた今何をしたか分かってるんですか?』

 何言ってんだ、サラ?

『あんたは、とんでも無い事しちゃったんですよ?』

 えっと…何かやばい事しちゃったかな、俺?

『サラが言っているのは、貴方様が先ほどあの3体の素体に対して注入したエネルギー量の事でしょう』

 そういや、水晶がいや~な音を立ててた気がするけど…壊れちゃった?

『いえ、それはギリギリ大丈夫ではないかと思います…が…』

 何だよ、勿体付けるなよ、リリアさん!

『マスター…あのエネルギー量は、三等分しても私の保有エネルギー量より遥かに多いです』

 なっ…ナディアのエネルギーより、多いってのか!?

『はい…』

 それって、拙い?

『あのね、大河さん。あの素体に使ってる超小型ポジトロン電子頭脳と複合素粒子電池は、能力にかなり多くの制限を付けてたんですよ?』

『サラの言っている事を簡単に一言で説明すると、リミッターが設定されてたのです』

 はぁ…なるほど?

『例えるならば、最高速が時速300km出せる車に、180kmまでしか出せない様にする感じだと思ってください』

 あ、さすがリリアさんだな、分り易い!

 んで?

『『そのリミッターが壊れたんです』』

 うおっ! ハモるなよ、五月蠅いだろうが!

『あんたねえ、今がどういう状況だか理解してんですか? 馬鹿でかいエネルギーを持ってるナディアよりもでっかいエネルギー詰め込まれたんすよ、あの素体は!』

 ん~~~~ナディアみたいになるとか?

『お馬鹿! それで済むわきゃないだろうが!』

 そんなに怒るなよ、サラ。

 別に、あの3体が高性能になるだけだろ?  

『いえ、それだけでは済みません。リミッターで制限を掛けていた物の中には、あのダンジョンマスター達に対する数多くの制約もあります。上位者であるダンジョンマスター達からの言葉には絶対服従とか順守と設定していた部分も、またこの制約に含まれているのですよ? これが壊れでもしたら…』

 …リリアさん、それってやぶぁい?

『ヤブァイです』

 OH!

『かなり危険です、マスター。彼等が目覚める前に、一旦この部屋に居る皆様を退避させた方が宜しいかと…』

 そ、そうだな。ナディアの言うように、あいつ等の色んな事がはっきり分かるまで、一旦全員で避難した方がいいな。


「み、皆! 一旦この部屋を出よ…」

 俺が振り返りつつ声を掛けようとした瞬間、

「目覚めるぞ!」

 ボーディの声が辺りに響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る