(番外編) リリアとユズキのこそこそ話

 とある日の午後、薄暗い食堂の片隅で、ユズキとリリアがなにやらコソコソと話をしていた。


「ふむふむ…では、ユズキさんの投稿小説の問題点は、特に山も谷も無く、平々凡々とした男のスローライフを題材にしたという点でしょうね」

 リリアはユズキに向かって、何やら気取った女教師の様な眼鏡をクイッと掛け直しながらそう言った。

「やはり、流行り物を題材にした方がウケは良いのでしょうかねえ」

 落ち込んだ様子のユズキがそう返すと、

「いえ、一概にそうとは言い切れません。私もトールヴァルド伯爵のスローライフと言いながら、ぜんぜんスローじゃないライフを題材にして小説を書きましたが、やはりウケは良く無かったですからね」

「なるほどぉ…この世界にも、小説のコンクール的な物があるんですね」

 ここでユズキは決定的な勘違いをしてしまっていたのだが、あえてリリアは間違いを正す様な事はしなかった。

 

 実は、ユズキは転移する前の日本で、こっそりとライトノベルを小説投稿サイトのコンクールや公募に出していたのだ。

 もちろん、ことごとく選から漏れていたのだが、その原因は独自の世界観を綴った物語だからだと思っている。

 もしも流行の追放物やざまあ物、もしくは成り上がり物やチーレム物や覚醒スキル無双物などを描いていたら入選したかもしれないと心の隅で考えていたが、それでも独自路線は譲りたくなかった。 

 どこかで見た様なストーリーや、掃いて捨てる程にありふれた様な設定は、絶対に書きたくなかったのだ。

 これはユズキの心情というか、信念だった。


「まあ…そうは言っても、誰もが理解しやすく憧れる内容というのは、それだけ需要があるという事なのです」

「分ります!」

 まだ女教師モードのリリアは、どうも彼女なりのウケる法則でも見つけたのだろうか、偉そうである。

 本当の事を言えば、ユズキと同じコンクールに投稿して落選しているのだが。

「つまり、大衆が望んでいのは、痛快でエロく分り易く、内容の薄っぺらい設定とストーリーなのです」

「ふむふむ…勉強になります!」

 一体、どんな勉強になるというのだろうか。

「そういう意味では、トールヴァルド伯爵のこれまでの歩みは、見事なまでのチート野郎であり、ハーレム野郎でありますから、ウケる要素は十分にあるはずなのですが…いかんせん、あの人の人生には山も谷も有りません」

「そうなんですか!?」

 まさかの自分達の主人の人生模様を聞いて驚くユズキに、

「ありません! これっぽっちも有りません! 良いですか、よくお聞きなさい。本当のチート野郎は、どんな困難であろうとも困難とは感じない…もしくは感じさせない物なのです。そうすると、読者はそんなチート野郎の物語に何を感じますか?」

「困難が困難でなくなる…つまり、どんな困難でも笑って踏みつぶす…あ! 山も谷も無い!」

 ユズキは、何かに気付いた。

「そうです! まるで無人の野を行くように。数万の敵の中でも歩みを止め無い、それが本当のチートです。強敵が現れてピンチに陥る主人公? それはもはやチートではありません。チート野郎を苦境に立たせる事が出来る敵役とは、それ即ちチート野郎なのです!」

 ドーーーン! とユズキに指を突き付けて、おかしな理論を強弁する女教師。

「お、おお! 確かに!」

 なぜか感銘を受けた様なユズキ。

「思い出してもみなさい、恐怖の大王との戦いを。何の苦労もせず、さくっと終わらせたでしょう?」

「うんうんうんうん!」

「あれが真実のチート野郎なのです!」

 もの凄いドヤ顔のリリア。

「言われてもれば、その通りかも!」

「恐怖の大王は、実際には多くの次元世界で、神をも恐怖させた超難敵なのです。ですが、貴方も見た様に、非常に残念なチョイ役でしかありませんでしたよね?」

 リリアの恐怖の大王への評価が酷すぎである。

「確かに、でっかいキノコのチョイ役でした!」

 ユズキも大概酷い。

「しかも嫁が5人もいて、サービスショットの一つも無い様な物語など、ハーレム物ではありません」

「まあ、奥様方がアレですからねぇ…」

 何故かユズキが遠い目をする。

「主人公がただ搾り取られるだけのハーレム物など、共感のきょの字も得られません」

「いや、まあ…リアルな物語を書いた所で…って事なんでしょうけど…」

「私も馬鹿でした。本物のチーレム野郎の物語など、所詮はこの程度なのです。山も谷も無いのです」

 トールの人生物語は、とことんリリアの中では平坦な物として認識されている様だ。


「それでは、これからどの様に物語を綴れば良いのでしょうかねぇ」

 ユズキ、異世界に転移してまでラノベを書いてどうしようというのか。

「実はですね、高貴なる人だけでなく、一般庶民の女性限定ではありますが、最近流行になっている物語があるのです」

「ほう!?」

 少し風向きが怪しくなって来た。

「さあ、これを読んでみなさい。王都で流行の小説の最新版です」

「随分と薄い本ですねえ…ってぇ!」

「実は奥様方が王都でこっそりとお求めになったものですが、私もとあるルートから取り寄せていたのです」

 ふふふふふ…と、怪しく微笑むリリア。

「こ、これ…て、び…びぃーえる物…」

 愕然としたユズキ。

「そう! 正しくBLです! 今度の題材は、リアルBLです! さあ、ユズキ君。あなたにはトールヴァルド様と愛し合う尊い権利を与えましょう! さあ、さあ、さあさあさあさあさあ!」

「い、いや、いや、いやいやいやいやいや!」


「いや、もう中継しなくていいから…これ以上は聞くに堪えない…っていうか、聞きたくねーわ!」

 トールヴァルドが、自室で絶叫した。

「いや~最初は興味本位で覗き見していたんですけど、だんだん話が怪しくなってきたので、これは是非ともお聞かせしなければならないと思いまして~」

「おまえ、本当にいい性格してるよな」

 はぁ…とため息一つ。

「良い性格だなんて、そんなに褒めても私の処女ぐらいしかさし出せませんよ?」

「褒めてねーわ! ってか、お前の処女なんているか! 一生大事に守っとけ!」

 いい性格と良い性格…まあ、仮名にしたら同じだが…

「本当は欲しくて欲しくてたまらないくせに~! 奥様からも許可は頂いてますから、さっさと据え膳くっちゃいなYO!」

「ぜ~ったいに、食わねーからな! あと、許可なんて取ってねーだろうが! メリルに告げ口すっぞ!」 

 サラは、酷く驚いた顔で、

「え? 大奥様から許可は取ってますよ?」

 などと宣わった。

「え、マジ?」

「大マジです」

 母さん、あんたって人は、何て奴に何て許可を出したんだ…………。


 今夜のアルテアン家も平和だった。

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