第615話  深淵をのぞく時…

「あ、あれは!?」

 俺と同様、真下を見たナディアがそれに気づいた。

「見てる?」「見られてる?」「見つめてる?」

 アーデ、アーム、アーフェンも、俺達の視線を辿り、ソレに気付いた。

「ああ…アレが何かは分からないが、確かに俺達を見ているな…」

 見るからに硬そうな、まるでクルミの殻の様な物の割れ目から、確かにギョロリとした目が、俺達に向いていた。

「マスター…ヒルコには目なんてありませんでした…」

 何かの割れ目から、じっと見つめる目。

 あまりの恐怖からか、ナディアもアーデもアームもアーフェンも、腰を抜かして、ドームにへたり込んでしまった。

 壁の割れ目からであっても、天井に開いた穴からであっても、じっと見つめる目なんてものは、恐怖を呼び起こす物だ。

 しかも、豪炎で焼き切ったと思っていたヒルコが、あの様な形で生き延びた事だけでも、俺達に恐怖を与えていたというのに、その中から様だにしない物が現れ、俺達を見つめているのだ。

 怖くないはずが無い。

 俺だって怖い。

 恐怖だけじゃない。

 得体の知れぬ敵に恐怖するだけじゃ無く、極度の緊張や不安が押寄せ、俺の心を塗りつぶして、押し潰してしまいそうだ。

 ドームに四つん這いでいて良かった…きっと立ったままアレを見ていたら、ナディアやアーデ、アーム、アーフェンの様に、腰を抜かし、みっともない姿をさらしていた事だろう。


「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている…か…」

 ぽつりと溢した俺の言葉を、耳ざとく拾ったのはナディアだ。

「そ、それは…私達が見ている、あの目の事ですか?」

 良かった…厨二病とか言われなくて…って、元はニーチェの言葉なんだけどさ。

「ああ。この世界の闇に生きる強大な怪物と戦う物達は、また自らが闇の怪物と成らぬ様に気を付けなければならない。闇の世界を長く除き見ていると、また闇も俺達を覗き見るのだ…とかいう、昔の偉い人の言葉だったと思う」

 あいつを見ていると、俺も引き込まれそうな、嫌な感じがする。

「…含蓄あるお言葉ですね…きっと、そのお言葉を残された方は、強大な敵と勇敢にも戦ったのでしょう」

 いやいや、ナディアよ。ニーチェは、戦ってなんて居ないと思うぞ?

 その言葉を使っている奴らも、別に強大な敵と戦ったりなんてしてないと思う。

 厨二病って言われるだけだから、他言はしない様にね。

 お口にチャックだぞ?

「まあ、それはどうでもいいのだが…とにかく、一旦皆の元に戻ろう。どうにもこうにもやばい感じがビンビンするんだ」

 俺は立ち上がり、いまだにこちらを見つめているアレを一瞥すると、ドームを降りるべく歩き始めた。

 ナディア達も慌てて立ち上がると、アレには目もくれず、俺の後に続いた。

 そして、ドームを降りた俺達は、振り向きもせずに家族の待つホワイト・オルター号まで戻った。


「どうかされたのですか?」

 俺は変身していたので、表情は分からなかっただろうが、真っ青な顔で俺の後に続くナディア達を見たメリルが、心配そうな顔で俺に声を掛けた。

「あ、ああ…うん…ちょっと中で話そう…皆も、ついて来てほしい…」

 俺は変身を解きながら、用件だけをメリルに伝え、タラップを上がった。

 俺達の帰りを待っていた面々は、不思議そうに顔を見合わせ、タラップを踏みしめる。


 アレをどう説明したらいいんだろうか?

 そもそも、アレは倒す事が出来るのか?

 本当に元はヒルコだったのか?

 焼いたのがいけなかったのだろうか?

 一体、どうすれば良かったんだろう?

 俺は…俺は…俺は…


 食堂のいつもの席に座った俺は、両肘をテーブルについて両の手の指を組み、その上に額をあてながら考え込んでいた。

 どっかの「使徒を倒さぬ限り、我々に未来は無い」とか言ってたおっさんの様だが、まさに俺の心境ぴったりだ。

 そんな俺を、皆が無言で見つめているのが、見なくても分かる…俺の様子に戸惑っているのだろう。


 あの不気味な目玉の持ち主を倒さない限り、この世界が終わる予感がする。

 何故だかわからないが、あいつがこの世界の全てを喰い尽くす気がしてならない。

 あのカズムと戦った時も、カズムの欠片を宿したヒミコが転移してきた時も、こんなプレッシャーは感じなかった。

『…あいつは最悪の敵…最強にして最恐の敵…』

 俺の第六感が…アレは最強にして最恐の敵だと囁いている。

『…あいつはこの世界に存在してはいけない…倒せ…倒すんだ…』

 あいつを倒せと、俺の心が叫んでる。

『…たとえ世界中の人があきらめたって…俺はあきらめないっ…』

 そう、絶対にあきらめない! 奴を倒す!

『 絶対にあきらめないぞっ!』

 ああ、諦めるもんか! 

 …ん? ダイの〇冒険にも同じセリフが…

『…貧乳はステータスだ!』

 泉こ〇た? ってか、サラだな! さっきから俺の頭の中にこそこそ話しかけて来てるのは!

『そう、あなたは貧乳が好きにな~る、好きにな~る』

 サブリミナル効果か!? いや、ストレートに、洗脳かよ!

『ばれました?』

 ばれないわけが無いだろうが!

『あ、やっと反応してくれましたね。それで、何があったんですか?』

 ん? 知っててやったんじゃないのか?

『ああ、敵の目玉の事は、視界をちょっと共有させてもらって見ましたが?』

 んじゃ、あいつが何だか知ってんのか?

『私が知るわけ無いじゃないですか! あんた、馬鹿ですか?』

 何で俺が怒られなきゃならんのだ!

 いいから、サラは管理局のデータにでも何でもいいからアクセスして、あいつの情報持って来い!

『人使いの荒い人ですねえ…んじゃ、ちょっくら調べてきますよ…』

 さっさとしろーーーーーーーーーーーーー! 



*新作始めました。


 闇を照らす陽の如く 断罪の刃

https://kakuyomu.jp/works/16816927861644288297

 良かったら、読んでみてください。

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