第557話  母さんのKO勝利

 俺たちは、まだ昇ったばかりの朝日を眺めながら、出撃の準備に勤しんだ。

 とは言っても、装備を身に着けて飛行船に乗り込むだけなので、大した労力ではない。

 味方の兵士さん達も、まだ敵が迫るわけでは無いのだが、俺たちが出撃したのを敵の斥候にでも見つかったら、もしかしたら敵が押し寄せるかも…と脅したので、一応は全員が配置に付いている。

 配置についていない兵隊さんや、軍の重鎮・幹部…言い方はどうでもいいのだが、偉いさんたちに見守られつつ、音も無くゆっくりとホワイト・オルター号は、空へと飛び立った。


 さて、では家族しかいないガラス張りのコックピットで流れる地面の様子を見ながら、俺はモフリーナへと通信を行った。

「え~っと、トールヴァルドだけど、準備は良い?」

 通信機に向かって、俺が確認をすると、

『はい。例のポイントにてお待ちしております』

 と、モフリーナが落ち着いた声で返事をした。

 その後、少しだけ打ち合わせを兼ねて話して通信を切り、俺の背後に控える…いや、控えているわけでは無いのだが、とにかく振り返った。

「予定通り作戦は進行中。着陸後にモフリーナと合流したら、打ち合わせ通りに動いてね」

 俺の言葉に黙って頷く我が家のメンバー。

 もしかして緊張してるのかな?

「皆、リラックスリラックス。ほら、笑って笑って。どんな敵だろうと皆が傷付く事なんて無いんだから、気楽に…とは言えないけど、緊張してたらどんなミスするか分からないから、リラックスしてね」


 15万、いや正確にはもう少し減っているようだが、そんな敵軍を相手にするんだから、緊張するなって方が無理なんだろうけど、そもそも我が家のメンバーに傷を付けれるような攻撃が来るとは、到底考えられない。

 前線に出る父さんや騎士さん達だって、もしもの御守りを持ってるんだから、死ぬことはまず無い。

 御守りの効果は、3カ月の期間限定ではあるが、自然治癒力向上、攻撃力上昇、回避能力上昇と言う物。

 元々精鋭の揃った騎士さん達なので、これだけでも十分だと思う。

 そもそも俺たちが手に入れた情報によれば、敵軍はの士気は最低で、歩くことすらままならないほど体力も落ちている。

 そんな敵さんに、体力も士気も高い騎士さん達が負けるはずもないのは明白。

「うむ、負けるつもりは毛頭無いが、万が一と言う事もあるからな。ある程度の緊張感は保たないとな」

 確かに、父さんの言う事にも一理ある。


「しかし、トールがプレゼントしてくれたこの剣は、初めて持ってみたがもの凄く軽いな!」

 実は、父さんの侯爵への昇爵祝いとして、脳筋戦闘馬鹿にはコレしかない! と、新装備として両手剣を贈っていたんだが…もしかして、ずっと飾ってたのかな? 

 いや、実用武器ではあるが、装飾品として贈った物なんで、間違いじゃないんだけど…

「今までの剣も気に入ってたんだが、これはそれを軽く凌駕するな…美しい…」

 父さん、剣を光りにかざして見つめているけど、目が逝っちゃってるぞ。大丈夫か?


 実は意外に思う人も多いのだが、父さんは装備も戦い方も、実に真っ当な騎士だ。

 フルプレートアーマーを着こみ、大きな盾と剣を持つスタイルで、敵の攻撃を盾で上手く捌き、剣で攻撃するのが常だった。

 侯爵で実質的に軍を指揮する立場となった父さんは、基本的に最前線に出ることは無いと思って、装飾用のバカでかい両手剣を贈ったんだが…どうやら持って来てたらしい。

 しかも、ここで使う気らしい。

「ああ、うん。それは父さんの黒鎧と同じく、黒竜の鱗を粉末にした物を鋼に混ぜて作った黒竜鋼を、ドワーフの職人さん達が鍛え上げた物だから、前に渡したダンジョン産のブロードソードよりもずっと大きいけど、軽くて切れ味もいいはずだよ」

 黒光りするその巨大で幅広な両手剣は、もはやツーハンデッど・ソードと言うよりも斬馬刀という見た目だ。

 父さんの大好きなネスが、優しく両手を広げた姿が、まるで影絵の様に刀身の鍔元に淡い燐光を放ちながら浮かび上がっていて、非常に美しい。

 装飾品としての美しさと、武器としての高い性能を、ギリギリのバランスで…いや、もの凄く高いレベルで融合させた一振りだ。

「ふっふっふ…これさえあれば、悪漢どもの千や万など造作も無い。女神にかわって悪を斬る!」

 あ、コレ駄目なやつだ! どうすべ?


 ドゴンッ!

 俺が途方に暮れそうになった瞬間、不意に母さん渾身のアッパーが俺の死角から父さんの顎へとクリーンヒットした!

 一撃でグリンッ! と父さんが白目になり、意識を失って大の字で後ろに倒れる。

 10カウント取るまでも無く、母さんのKO勝利が決まった。

 コルネちゃんとユリアちゃんを始めとした、我が家のメンバー全員が惜しみない拍手を贈っている中、母さんは右手人差し指を高々と上げて『いちばーん!』と叫んでいた。

 母さん…あんた、そんなネタどこで覚えたんだよ…サラか? 

 それならアッパーじゃなく、アックス・ボンバーに…いや、止めとこう…

 そんな中、父さんは白目をむいたまま、放置されていた。

  

 え~っと…そろそろ真面目な話を始めたいんだけど、いいかな?

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