第544話  覚悟完了?

 ダース皇帝が戦争を起こした理由は、実にしょうもな…いや、男の尊厳を守る戦いだったのだろう。

 だが、結局の所、腐れ皇帝の己の欲望や妬み恨み嫉みで起こした戦争だ。

 その余波というか、その所為で不幸になった国と人は数知れず。

 特に女性達にとって、この戦争の所為で、悲惨で悍ましい仕打ちを受ける事になったのは間違いない。

 戦争さえなければと、きっと多くの人々が考えたはずだ。


 普通にありふれた家族との生活を、愛する恋人との夢を。

 この戦争は、そんな彼等の全てをぶち壊した。

 天国とは言わない。

 この世界の人々の生活は、そんな甘い物じゃないのは、良く理解している。

 毎日をただ一生懸命に、日々生きる事に必死に、そんな生活をしているのだから、毎日が天国とは言わない。

 だが、この腐れ皇帝の戦争が、日常を地獄に変えたのは間違いない。

 囚われて兵士の慰み者になっている女性は、きっと数え切れない程いる事だろう。

 子供や老人は、きっと食べ物も取り上げられ、虐げられているはずだ。


 確かに、局長が馬鹿皇帝に囁いたのが原因なのだから、俺の怒りも矛先が局長に向くのが正しいのかもしれない。

 だがしかし、しかしである。

 俺はこんなに不幸なのに、どこそこの誰々が幸せそうで腹が立つから、戦争起こしてやれ! …と、普通の奴は思うか?

 思って考えたとして、実行するか?

 いや、するわけ無い。

 動物や魔物やモンスターであるならいざ知らず、人には考える頭が、高い知性が、理性がある。

 感情や情念や欲望という物を、高い認識能力と思考力で抑える事が出来るのが人だ。

 己の行動の全てを、感情や情念や欲望のままに流されれば、それはただの獣と変わらない。

 腐れ皇帝も、人々を蹂躙し凌辱している兵達も、理性の箍が外れて欲望のまま暴走するただの獣だ。

 

 人を殺す事に、俺は躊躇いを持っている。

 だからダンジョン大陸でも、転移者達を直接殺す事が出来ず、後始末をモフリーナやもふりん、もっと言えばモンスター達に任せてしまった。

 命を奪うという行為から目を背けていたのかもしれない。

 他人事の様に考えていたのかもしれない。

 日本では罪になる行為だし、理由なく人を傷つけてはいけないと、俺の頭に嫌って程に刻まれている。

 空手を長い間やって来たから、早々喧嘩に負けた事は無い。

 だが、その喧嘩だってやむに已まれぬ時か、売られた時だけだった。

 自分から喧嘩を売ったことは無い。

 道場でも子供達にそう教えて来た。

 喧嘩は売るな。売られた喧嘩は、勝たなくても良いから負けるな。

 だけど、今度だけは駄目だ。

 もう、俺の心は決まっていたが、改めて俺の…俺自身の覚悟は完了した。

 どっかの零〇強化外骨格を纏う純白の詰め襟の人が叫んだ言葉みたいになったけど、とにかく覚悟というか決めた。

 この手で敵を叩き切る。如何なる手を使ってでも、殲滅する。

 それが1万でも10万でも、俺は全ての命をこの手で奪う…いや、殺す。

 そうしたからと言って、苦しんだ人々の心が癒されるとは思わない。

 だが、少なくともこれ以上の犠牲者を出す事は、防げるはずだ。

 

 ホワイト・オルター号の食堂に集まった我が家の面々に、俺の覚悟を話した。

 嫁達は黙って俺を見つめていた。

 そりゃ、旦那が今から人殺しして来ます。大量虐殺して来ます…なんて言い出したら、びっくりするだろう。

 頭がおかしくなったんじゃないかと考えてるかもしれないな。

 でも、俺の心はもう揺れない。

「トールよ…お前の覚悟は理解した。父さんも、初めて剣を握って戦場に出た時に覚悟した事だからな。人を殺すっていうのは、そう簡単に出来る事じゃないし、やってはいけない事だ」

 そうか、そうだった。父さんは、昔の戦争で多くの命を奪ったんだよな…。

「だがな、殺らねばならない時もある。死なねばならない奴もいる。助けなければならない命がある。だから、父さんはトールの覚悟を認めるし、共に血に塗れよう」

「父さん…ありがとう…」

 助けなければならない命…そうだな、父さん。流石だよ…

「トールちゃん、思いっきりやりなさい。責任を取れと言われたら、母さんも一緒に取ってあげるから」

 母さん…。やっぱり2人の子供で、俺…良かったよ。

「トール様! 私達は、何度も申し上げております。どこまでも共に参ります。ね、みなさん!」

 メリルがそう言うと、嫁達は一斉に、

『当然です!』

 声を揃えて、そう言った。

「お兄ちゃん…あのね、コルネはまだこの手で命を奪うって事は怖いの。でも、きっとネス様は人々を救えって言うと思うの。だから魔法で遠くからになるけど…頑張るから! ね、ユリアちゃん」

「うん! ゆりあね、わるいやつに、えいっ!ってする!」

 2人共…お兄ちゃんは嬉しいよ。でもね、

「2人の気持ちはもの凄く嬉しい。でも戦うにはまだ早いかなあ。出来たら、苦しんで弱った人々を守って欲しい、2人で」

『うん!』

 いいお返事です、2人とも。

「伯爵様。僕達夫婦は、共に最前線に行きます! その話を聞いて、黙ってられません。覚悟はまだ出来てないけど、その時までには、覚悟を決めますから!」

「今回は、アルテアン一家の総力戦だ。ナディア、アーデ、アーム、アーフェンも一緒に行くぞ。妖精さんも全員参加だ。サラとリリアさんにも手伝ってもらう。もちろん、ブレンダー、クイーンもな」

「もちろんです、マスター。我らのこの命はマスターの物。たとえ死地であろうとついてまいります」

『その通りです!』

 うん、心強いよ、4人共。

「では、作戦はこうだ…………」

 俺は、我が家の食堂で殲滅作戦を皆に伝えた。


 その後、領地に残して来たユズキとユズカにも通信で話をしたんだが、

『作戦決行までに迎えに来てください! すでにかなりの数の呪法具が完成してますから!』

 ユズキが、作戦参加を強く希望した。

『ユズカだって、同じ気持ちですよ。あ…ちょっと、話の途中……もしもし! もちろん、私もユズキと一緒に行くからね! 女の敵は、全員あの世往きよ! 絶対に迎えに来てよね! この手で天誅をくれてやるわ!』

 ユズキとの話の途中にユズカが割って入ってきた。

 人妻なんだから、ちょっとは落ち着け、ユズカ。

 でも、ユズキもユズカは、すごく嬉しい。

『まだ覚悟は出来てないけど、絶対にその時までに終わらせる! ユズキも同じ気持ちだから! でしょう? ね? うん! 一緒にやっつけましょう!』

 ユズキもユズカも、頼りにしてるよ。

 だけどな、そもそも…

『ありがとう2人とも。でも、何を言おうが二人は連れて行くつもりだったけどな』

 俺がそう返答すると、呪法具の向こうで2人は笑っていた。

 ただの日本の学生だったのに、女って結婚したら随分強くなるもんだなあ。  

 

 さて、それではあいつ等には地獄を見て貰いましょうか。

 妖精さんと精霊さんと蜂達の、最強にして最凶タッグの力を見せてやる!

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