第364話  昔語り

 予定通り、議会は閉幕。

 ただ、これほど多くの貴族が王都に集まるのは、よほどのことが無い限りこの議会のある日ぐらいなものなので、そこかしこで久しぶりに出会った顔なじみの貴族達が話に花を咲かせていた。

 俺と父さんが馬車に向かって議会場の長い廊下を歩いていると、方々から声を掛けられる。

 正確には、父さんが…だが。どうせ、俺はぼっちだよ!

 出口は見えているのに、ほんの数歩歩くだけで誰かに呼び止められ、何やら楽しそうな会話が始まる…父さんだけだが…。

 

 やっとこ建物を出た時には、結構なお時間が過ぎていた。

 玄関前に父さんの屋敷で働く使用人さんが馬車を廻してくれていたので、そそくさと乗り込み帰路に就く。

「父さんは、色々と知り合いが多いねえ…毎年思うけど」

 つい、そんな言葉が口から出た。

 べ、別に羨ましくなんて無いんだからね!?

「ああ…昔の戦争の時にな、一緒に戦った仲間だよ。言わば戦友ってやつさ。命を助けられた事だってある」

 ほうほう、戦友ですか。良いですなあ~友情。

「あれからもう16年も経つんだなあ…」


 そうなのだ。昔の戦争で父さんは、大手柄を挙げた英雄。

 もちろんたった一人で手柄なんぞ挙げられるわけもなく、仲間というか一緒に戦った部隊があったであろう事は、想像に難くない。

 失念していたが、そりゃ言われてみれば当然の事。

 その戦友たちも、こつこつと功を積み上げて勲民となり、貴族を名乗れる様になっていたらしいのだ。それはそれは、実に目出度い事ですな。

 そこに父さんの侯爵への昇爵の話を聞きつけ、この先も良い関係を築くために声を掛けに来たんだという。

 多少の下心があったとしても、同じ釜の飯を食い共に剣を振るって戦場を駆けた友なのだから、父さんだって無下にはしたくは無いだろう。

 変な謀や企みでもしているなら別だが、新侯爵と良い関係であり交友があるというだけで、何がしかの恩恵があるのであれば、父さんも名前を使われたり多少の融通も嫌とは言わない。

 もちろん、俺だって同じだ。父さんの命の恩人ともなれば、俺も投資に一枚噛ませてあげることも、吝かではないぞよ?


「母さんと出会ったのは、あの戦争の最中でな…当時の母さんは、そりゃ~美しかった。いやいや、今だって綺麗だぞ? だが、当時の母さんは少女から大人の女性へと眩しい成長を遂げている最中だった。もちろん一目ぼれだったよ。猛烈にアタックしたんだが、当時の父さんはただの騎士だ。固定収入はあるが、満足に養っていけるかも分からない父さんに、義父さんは娘をやれんといわれてなあ…」

 父さんの昔語りがはじまった!? ん? 義父?? って事は、俺のじいちゃん?

「義父って…もしかして、俺の祖父にあたる人?」

 今まで聞けなかった事を、ちょうど良いタイミングなんで聞いてみた。

「ああ…母さんと結婚する前の年…戦争の終わる前に…亡くなったよ。敵が街に雪崩れ込んでな。その時、義父母もそうだが、父さんの親父も御袋もな…その時、父さんは別の場所で戦ってたんだ…」

 そうか…亡くなってたのか…残念だ…

「戦いの最中、父さんの両親と母さんの両親の住んでた街は隣の領で離れてたんだが、敵の主力部隊が大きく回り込んで父さん達の後方に攻めいったんだ」

 なるほど…って事は、父さんは主力部隊だったんだな。

「敵に回り込まれ、街が二つ壊滅したと聞いて…それが父さんの生まれ育った街と母さんの故郷だと知った時、当時の部隊長に願い出て、急襲部隊に志願したんだ」

 ふむ…そりゃ、俺だって行きたくなるな…

「父さんは、予備の剣を何本か鞍に括り付けて、数人で夜通し駆けた。最初に到着したのは、母さんの故郷だった街だ。街の大半は壊滅状態だったが、味方の兵はまだ領主館に領民を避難させて立てこもってた」

 防御力すげえな、その領主館!

「そこに父さんが駆けつけた…?」

「ああ。父さんと数名の仲間で敵を斬って斬って斬りまくって、領主館までたどり着いた」

 どんだけの敵がいたんだろう? いや、父さんだったら数千の敵でも平気で突っ込む気がする…だって、基本脳筋だし…。

「そこには母さんの姿があった…が、ご両親はすでに…。涙を堪えながら、俺に「仇を」と、一言だけ母さんは言ったんだ」

 ああ、母さんっぽいな。

「父さんは、そっと母さんに口づけをした。いや~あれがファーストキスだったんだよ~な~!」

 おい! 急にラブコメにすんな! 真面目な話だろうが!

「母さんは、びっくりした顔をしてたが、にっこりと笑って…「ご武運を」って言って、真っ赤な顔でチュッと口づけしてくれたんだよ」

 だから、ラブコメ! 真面目にやろうぜ!

「父さんは、両手に剣を持って、領主館を飛び出した。もう周囲は全部敵なんだから、とにかく斬りまくった。仲間は呆れてたろうな、きっと。だが、あの涙を堪えた母さんの…仇を討ってくれというあの目が、父さんに力を与えてくれたんだ」

 はいはい、愛の力なんですね。

「気が付くと、後発の味方の大部隊も到着して街を取り囲んでいた。領主館でじっと耐えていた兵達も、ここぞとばかり討って出て、敵を挟撃したってわけよ」

 なるほどねえ。

「その後、合流した味方と次の街…父さんの街…壊滅した街に向かったんだ」

 ほうほう…

「街の惨状を見た時、父さん頭に血が昇ってな。小高い丘に陣を張っていた敵の指揮官向かって、我武者羅に突貫したんだよ。あいつが仇だって、あいつを斬れば戦争が終わるって思ってな」

 いや、指揮官斬ったぐらいで戦争は終わらんでしょ…

「父さん考えるの面倒だったから、とにかく全部斬ってしまえばいいと思って、敵の本陣で暴れまくったんだ。何か会議みたいなことしてたが、そんなの関係ねーし」

 脳筋…こわっ!

「そしたら、敵の偉いさんが勢ぞろいしてたとかで、大手柄だったってわけよ! わっはっはっは!」

 マジで、脳筋って怖いわ~! 何も考えずに暴れて結果オーライって、漫画かよ!

「何か、敵の王子様とかがそこに居たらしくてな。真っ二つに斬ったら、戦争終わったよ」

 違うと思う…絶対に違うと思う! そうじゃないよ、父さん! 

 父さんが暴れた後で、両国の偉いさん達が色々と話し合いした末に、戦争が終わったんだと思う!

「んで、褒美として貴族になってな、改めて母さんにプロポーズしたんだ」

 何か、色々と端折ってねーか? まあ、いいけど…。

 これ以上、のろけ話なんて聞きたくもないし…

「母さん、即OKしてくれてな~! そんで結婚した後に、あの村を領地としてもらって、引っ越したんだよ」

 軽いなあ…父さん、軽すぎだよ! 

 最初は戦記物でも始まるのかと思ったのに、最後が滅茶苦茶に軽いよ!


 その後も母さんとのラブラブストーリーを、口から砂糖を吐きそうなぐらい、これでもかと聞かされました。

 いや、俺は祖父母の事が聞きたかっただけなんだが…結局、亡くなってるってしか分からなかったなあ。

 今聞いたネタで、後で母さんにでも訊いてみるかな…父さんだと良くわからんかったし…

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