第286話  他にはないの?

 別にね、女の子にきゃ~きゃ~言われたくてギターを弾きたいとか考えたわけじゃないよ。本当だよ?

 ちょっと憧れたヒーロー達が持ってたから、俺も持ってみたかっただけなんだよ。

 ついでに弾けたらいいなあ~ぐらいの気持ちだったんだよ。

 この世界には、床に置いて演奏する琴に似た弦楽器はあるけど、手に持って演奏する弦楽器って無かったから、ついつい創ってみたんだよ…


「トールさまは、何で落ち込んでいるのでしょう?」

 ミレーラが俺の心の傷にハバネロをすり込んできた。

「あのね…多分、初めて見た楽器をトールさまが弾けないのに、ユズキが上手く引けたからだと思います…」

 ミルシェ君、的確な分析をありがとう…

「そ、それならば、ユズキに教えてもらって上手くなればよろしいのでは?」

「そこは男としての矜持が許さないとこなのではないか?」

「そうは言っても、初見の楽器を上手く弾けるユズキがおかしいのではないか?」

 メリルよ…ユズキ達にこそ、俺が弾いている姿を見せてびっくりさせたかったのだよ。

 まあ、イネスの言うようにプライドもあるから、教えてもらうのはなあ…

 マチルダ君、ユズキもユズカも俺も、元の世界ではおなじみの楽器なのだよ…触ったことはなかったが…。

「子爵様、お教えしましょうか? 簡単なコードでしたらすぐに覚えられますよ?」

 ユズキ君の優しさが、辛い…

「マスター、その楽器はユズキに譲っては如何でしょう? 他に得意な楽器とかはないのですか?」

 ナディア、ギターこそがヒーローの必須アイテムなのだ…ん? そういえば某人造人間の機械だーの兄は、確か…

「それだ! トランペットなら吹ける! ちょっと待ってて!」

 俺はさっそく創造するために、ダッシュで部屋へと駆け込んだ。

 

「じゃじゃーん! これがトランペットだ!」

 俺がダッシュで創造したトランペットを皆に見せたところ、

「あら、トロンバに似てますわね」

 じ~っと、トランペットを観察していたメリルが何やらつぶやいた。

「トロンバ? 何それ?」

 思わず聞き返すと、似たような楽器があるらしく、何でも軍用のラッパから進化した楽器との事。

「それじゃ…あんまり珍しくも…ない?」

「ちょっと変わったトロンバかなあって感じですね」

 イネスの言葉に打ちのめされた…小学校の時、鼓笛隊でペットを吹いてたから、これだけは自信あったのに…もう楽器シリーズは止め様…

「それで、どんな音なんですか?」

 ミルシェが興味深げに聞いてきた。あれ? 知ってるんじゃないの?

「軍とかで突撃とか退却とかの時に吹くぐらいですから、あまり知られてないかもしれませんね」

 イネスの言葉に、なるほどと頷いてしまった。ラッパって、元々そういう物だもんな。


「そ、そう? 聞きたい? んじゃちょっとだけ…」

 自信満々でペットを構えて、かの有名なジャック・オッフェンバックの『天国と地獄』をば…

 曲を聴いた婚約者~ずは口々に、

「何でしょうか…無性に走り出したくなってきました…」「すごく急かされているような…」「元気がでしょうな曲ですね」「ああ、突撃したくなってきました!」「恐ろしい獣に追いかけられているような気がします」などと、感想を言ってくれた。

 まあ、ユズキとユズカは、

「徒競走ですね」「小学校の時の運動会!」

 実に、日本人らしい感想だった。

 

 うん、これならいけるかも。

 ペットを背負って崖の上に登場するのは、絶対にありだな!

 うん、これからはこいつを相棒にしよう!

『マスター、本気ですか?』

 …ちょっと言ってみただけだよ…

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