第122話  父さんの心情

「それにしても蒸気自動車であったか? まだ見てはおらぬが、大発明じゃな。それに隣国との通信手段まで開発とは、卿の頭の中はどうなっておるのじゃ?」

 そりゃこの世界の文明レベルだと、ちょっと考えつかない様な機関だもんな。驚くのも無理はない。

「ネス様のお言葉に従ったまででございます」

 そう、何か面倒事が起きた場合は、全てネス様の~って言っとけば、万事解決! ご都合主義万歳! ちょっと違うか。

「なるほどのう。メリルから乗り心地も良かったと聞いておる。その技術は、王国にも公開する予定なのか?」

 ん? そうだなあ……この世界に、特許とかあるのかな?

「ええ、遍く世界に広げなければ、この技術を巡って余計な争いが起きる事でしょう。要となる蒸気機関は、船舶や産業にも利用できます。この技術を欲しがらない国は無いと思います。ですので、いっそうの事、公にしてしまった方が良いと思います。国家だけではなく多くの市井の民へも大きな恩恵があると思われます」

「うむうむ」

「産業の発展は、人々の生活水準を大幅に引き上げる事となるはずです。もちろん、その産業を国家が上手く制御できなければ富の集中が起こり、力を持った商人や職人が台頭し、国家の根幹を揺るがす事態も起こり得るかと思います。ですので、技術の無用な流出は避けたいところですが、国家主導で行えば問題はないかと。もちろん、それによって得られる名声は、技術革新を推進した陛下の物となり、歴史に賢王として名を後世まで残す事となりましょう」

 ホレホレ、自尊心がくすぐられただろ? 下手を打てば、民主化運動が起こったり革命が起こっちゃうから、国営企業とか国有財産として開発・推進したらいいのさ。

 ま、それでも時世を上手くつかんだ商人や職人に、多くの金は流れるだろうけどな。

「さすがは卿だな。そこまで読んでいるとは……卿に娘を嫁がせると決めた、自分自身を褒めてやりたいわ。うむ、そちらも委細任せてもらおう。卿の元に、わしの肝いりの職人と官僚を送る様に手配をする。金も心配するな、国家事業として国庫を大々的に開こう! この国の未来は明るいぞ!」


 ずっと俺の横で置物になってた父さんが、ここで初めて口を開いた。

「陛下。私はトールヴァルドに、もう私の全てを譲っても良いと考えております。陛下に賜った領地も、財産も」

 俺と王様は、一瞬何の事か理解できなかった。「「え?」」 って、王様とハモっちゃったよ。 

「ちょっと待て、ヴァルナル。お主は隠居するとでも言うのか?」

 そうだそうだ! 何を言いだすんだ、親父!

「ええ。陛下の臣としては心苦しくありますが、私は元々政治や経済に疎く、ただ剣で戦う事しか出来ない男でした。その程度の男があの様に領地を発展させることが出来たのは、このトールヴァルドのおかげであります。真に陛下の臣として侯爵に相応しいのは、息子にございます。陛下は、私を侯爵へとご推挙いただきましたが、私にその爵位に相応しい力はございません。どうか、その爵位は息子へとお与え下さい」


 そっか……父さん、いっつも飄々としてるから気付かなかったけど、悩んでたんだな。

 確かに、俺が居なかったらいまだにあの土地はただの寒村だったかもしれない。

 農業、産業、文化、経済、様々な開発……確かに発展させることが出来たのは、俺が父さんの息子としてこの世に生を受けたからではあるかもしれない。

内政チートだ~! って幼い頃に考えて色々とやろうとして、実際やった事もあるけど、それが親父的には心苦しかったんだな。

 あの5歳の時のダンジョン出現の時に、俺が居なかったら、ガチャ玉が無かったら、前世の記憶が無かったら、こんな結果にはならなかっただろう。

 とんとん拍子に子爵から伯爵に成りあがったのは、俺のおかげと……自分は特に何もせずに、お零れに与かっただけだと。

「ごめん、父さん…そんな風に考えてたなんて…本当にごめん……」

 だめだ、涙が止まらない。俺のやりすぎが、知らず知らずに父さんを苦しめてたなんて……

「違うんだ、トールヴァルド。お前には本当に感謝している。まだ未開の土地だったアルテアン領について来てくれた妻や部下達に、こうやって人並み以上の暮らしをさせる事が出来たんだからな。俺は頭が良くないから上手く伝えられないが、すごく感謝している。だから泣くな…」

「…どうざん…」

 

 いつの間にか、お茶とお菓子で歓談していた家族も、すぐ傍に寄って来ていた。

 王妃様、母さん、婚約者~ず…皆が涙を流していた。

 そうだよな、子供の頃はトールって父さん呼んでたのに、いつのまにかトールヴァルドって略さなくなった。

 俺が屋敷を建てたりした頃から、いつの間にか会話も少なくなったよな。

 俺さ、この世界に産まれて、父さんと母さんの子供で良かったって、小さい時思ってたんだ。

 この人生では、絶対に家族と幸せになるんだって、思ってたのに…父さんにこんな思いさせてたなんて、息子失格だな。

「父さん。侯爵の話を受けて欲しい。俺の領地はもうこれ以上発展させる事は難しいんだ。だってネス様のおひざ元だから。きっとまだまだ、ネス様に絡んだ出来事がこの先も起こると思う。世界の危機だって来ちゃうんだから。だから父さんが侯爵として俺の後ろ盾になって欲しい。俺は、この先も色々と無茶もすると思う。その時、俺の家族や領地を守ってくれるのは…頼れるのは、英雄だった父さんしか居ないんだ! だからお願い…寂しいこと言わないで……」

 

 この後、どんな話があったのかは秘密だ。だって恥ずかしいから。

 ただ、みんな涙が枯れるまで泣いたという事は、隠せなかった。

 だって全員、目が真っ赤だったから。

 でも、とっても言い笑顔で話しあいを終えたアルテアン一家の絆は太く強くなった。

 もちろん王家とアルテアン家の絆も、より一層強くなった事も間違いないと思う。


「ヴァルナル伯よ、隠居はさせんからな! 大体、まだ孫の顔も見ておらんのに何が隠居か! よしわかった! お主は昇爵したら王都で軍務大臣の補佐に任ずる! とことんこき使ってやるわい。将来は軍務大臣じゃ! それならば頭がどうとか関係ないわい! よし決めた! もう決めた! いいな!」

 最後の最後に、陛下の無茶振りがあったが、父さんも苦笑いしながら頷いてた。

 

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