ゲームは好きだけど主人公にはなりたくない。
内緒で付き合う2人の男女がこっそり密会していた。
「やっと2人っきりだね」
「ああ、そうだな」
誰も居ない夕方の教室で男女は見つめ合う。男性は女性を後ろから抱き締めると胸元に頭を預ける女性に顔を寄せる。
「会いたかった」
「俺もずっと待ち遠しかった」
お互いの吐息が肌に触れ合う。鳴り響く鼓動がやがて重なり合い。早まるリズムに合わせて2人の気持ちも昂っていき……。
そして。
「今日は───離さないぞ!」
******
「雄の本性を開放した零が由香を押し倒す。貪るように唇を奪い由香を何度も『ピーピー』させて舌まで味わうと、真っ赤で
「やってねぇよぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「おー零くんが吠えた」
なんか人の人格を崩壊しかねない音読をする凪に思わず絶叫を上げてしまった!
いや、絶叫どころか悲鳴ものだよ! 何勝手に人の狼シーンを作って音読してるかな!? 通報されたどうすんの!? ここは全年齢扱いの世界だぞっ!
あと武の奴が居なくて本当に良かった。弟の立場で姉のラブシーンどころかベットシーンなんて見たくも聞きたくもないだろうからな。俺も普通に嫌だよ。
「一体何を興奮しているのかな零? 私はただゲームの画面の文章を音読をしているだけだよ? 零がだんまりだから仕方なく私が……」
「年頃の娘が興奮とか言うな! あと音読もやめろ! さっきからストーリーがブッ飛び過ぎて言葉が出ないんだよっ!」
羞恥心はないのかこの幼馴染は!? 幼馴染の口から猥談が出てくるとは思わなかったが、心臓に悪過ぎるから今後は絶対に控えてほしい! 切実なお願いだから!
「ん? 一応この世界はR15扱いだけど?」
「マジなの!? お色気もありで猥談ぽいのもいいの!?」
「大丈夫。ヤバイ部分は『ピーピー』で誤魔化すから」
「つまりダメってことだよな!?」
まだ中学生なんですけど俺達!? そもそもなんでこうなったんだ!? 由香さんの要望を答えるだけの筈が何急に大人の階段登っちゃってるの俺!?
当の由香さんは気にした様子はない! ちょっとだけ照れ臭そうにしているだけで、全然止める気がない!
「文句があるならさっさとプレイを続けることだねぇ」
「零くんファイトぉー」
「マジですかー」
本日のお題は『恋愛シミュレーションゲーム』であるが、恋愛経験などない俺には、ハッキリ言って未知なる体験に対する恐怖があった。ちなみに恐怖の原因は凪であるが、今回の憎むべき相手は別にいる!
「英次の野郎が……! 舐めた真似をしやがって……!」
1番の憎むべきは製作者か。あの野郎めぇ……今度会ったら異能で地獄に落とす!
由香さんが俺と一緒に恋愛ゲームをしたいという要望に、奴は自作の恋愛ゲームを用意して来やがった。正確には元の恋愛ゲームを改良したそうだが、その所為で登場人物が俺の知っている面子ばかりだった。
例えばロリのじゃな黒河の場合だと───。
『美希:うぬ〜零よぉ。今日はワシと一緒に帰らぬかぁ? 1人は心細いのじゃよ』
『零:いいのか? このまま一緒に帰ったら俺のベットで朝を迎えるぞ?』
『美希:お、おぬしがいいのならワシは『ガシッ』───うっ!?』
『零:言い方を変えようか? 今夜は……帰らせないぜ?』
『美希:れ、零ぃ……!』
「零ィィィィィィ!? 何が帰らせないだァァァァァ!?」
「落ち着きなよ。あくまでゲームの話だよ?」
悪意しか感じないんだよ! ロリのじゃを抱きしめて何する気だ!? ゲームの世界の俺はプレーボーイ過ぎないか!?
学校の知り合いが何人も出て来るし、さっきからベットインに直行ルートしかないんだけど、本当に大丈夫なのかこのゲームは!? ヘタしたら今後学校で俺が気まずくなるんだけど!?
『葵:おにぃちゃん……妹もいけるの?』
『零:ふっ、おいで……あ・お・い』
「何言ってんのよ妹よぉぉぉぉ!? そして俺ぇぇぇぇぇ!? 何実の妹にまで手を出してんだァァァァッ!!」
終いには妹ルートまで出て来やがった! もう涙しか出てこない! 英次の奴、このゲームで俺を亡き者にする気だ! 魂まで強靭に鍛えた筈の俺のメンタルが今や風前の灯火だよ! グスンっ!
けど、ただじゃあ消えないぞ! 奴だけは絶対に始末してやるっ!
「せ、せめて由香さんのルートだけで勘弁してくれませんか? 俺のメンタル的に無理ゲーなんですけど」
「まぁそう言うと思って個別ルートも選べるようにしてあるよ」
だったら最初からそうして欲しかったんですけどっ!? ……と思ったけど凪のことだからそれはないな。とことん俺を追い詰めて楽しむ筈だ。
いつものように動画撮影している凪を半眼で睨みながら、俺は説明通りにランダムルートから個別の由香さんルートを選択した。
******
朝、目覚めた俺はまず同じベットに眠っている由香の頬にキスする。
ベットから出ると浴室へ向かう。朝1番の熱めのシャワーをゆっくりと浴びて心を潤す。
その後は熱めのコーヒーを優雅に飲みながら、ベットに眠っている恋人の寝顔を眺めていると……。
『由香:う、もう朝なの……?』
『零:おはよう。目覚めのコーヒーはいる?』
『由香:うん。けどその前に……』
『零:ああ、分かってる』
顔ごと布団に隠れながら揺るんだ瞳で由香がこちらを見つめる。何をお願いしたいのかなど言うまでもない。生憎と鈍感主人公ではない俺は、コーヒーカップを側のテーブルに置くとゆっくりとした動作で彼女の頬に手を添える。
『由香:零くぅん……』
『零:俺の唇で潤いな』
そっと顔を彼女の口元まで寄せると、すっかり火照った彼女の顔を見つめながら、その唇を……。
******
「じゃあ零くん。次に行こうか?」
「あははは、もうマジ勘弁してください」
「ダメだよぉー? これも約束だよぉー」
地獄が終わったと思ったらまだ始まったばかりであった。
一体製作者は何を求めているのか、恋愛がド素人な俺は全く理解することが出来ず、すり減っていく魂にトドメを刺す由香さんルートを進み続けるのだった。
「ちなみに個別ルートの中には私───凪ルートもあるけど。どうせならやってみたくない?」
「断固として拒否するわ!!」
幼馴染ルートなんかに突入したらいよいよ胃に穴が開くは!!
とりあえずゲームが終わったら製作者の英次には消えてもらおう。
と、荒んだ思考で英次の始末方法を考えていると、携帯から『あの九条さんの指示だったんだよ! オレも彼女には逆らえなかったんだよ!』という言い訳メールが本人から送られて来たが。
「そんなもん知るかァァァァ! 絶対に串に刺しにしてやるから首洗って待ってろよぉぉぉぉぉぉ!!」
「あー、いつになくテンション高いねぇー。けど動画的に映すとマズい顔になってるから戻ってくれると嬉しいかなぁー」
なんて呆れた様子の凪が言っているブチ切れた俺の耳に届く筈もない。というかこいつは最初から最後まで動画のことしか頭にないのか!? 仮に幼馴染ルートに入ったら確実に気まずくなるのが分からないのか!?
こうしてこのゲームを経験したことで、俺の性格が少し歪んだ。元々歪んでいる方ではあったが、英次に対する怒りパラメータが数段アップ! 激闘の機会は近いと本能的に感じ取った。
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