第41話 葛藤

晩餐会が始まった直後にウィルはテラスへと逃げてため息を漏らしていた。レイバネン候はルミエール家の傘下の貴族達からの挨拶のために広場へと残り、トイレに行くと言ってウィルは一人逃げていた。

そこに一人の男が近づいてきた。


「アースガルド卿少しよろしいか?」

「あなたは?」


目の前には銀髪に兎耳の優しそうな面持ちの男、そしてその横には同じような風貌の青年そしてその後ろにはティティリがいた。


「私はオスカル・ルミエール。ティティリの父です。そしてティティリとは母が違いますが息子のシモンです」

(ルミエール家の3男か……)

「ええ。その通りです」


オスカルは笑みを浮かべながらウィルの思ったことに返事をする。


「ティティリから聞いていますがその力、おいそれと使ってもいいのですか? こんなところで使ったらルミエール候に気づかれるのでは?」


有効範囲は分からないが、人の心を読めるのであれば、人の心を読んだ力を使ったことを読まれる可能性がある。


「問題ありません。今は当主はそこまで範囲を広げていませんし、我々はこの力を使う際は隠し通す結界を展開しております。当主には精神系魔法に対する対抗魔法と説明してあります。シモン、アースガルド卿にあれを」


シモンは親指大の小さな水晶を差し出しウィルは受け取る。


「これは?」

「その水晶には結界の魔法と私の魔力を込めてあります。持っていれば2、3日は父に心を読まれることはありません」

「なるほど、そういうことですか」


城の中にいる時は身につけて、3人がこの力を持っていることをバトワーに気づかれないためにする思惑だろう。


「アースガルド卿ありがとうございます」

「なにがですか?」

「我々の事情を汲んでいただき感謝します。一抹の不安はありましたがなんとか父上に気がつかれずこの日を迎えることができました」

「感謝されるようなことは何もありませんよ」

「何も聞かずにいてくれるというのは救いになることもあるのですよ」


3人はどこかうれしそうな顔をしている。そこからは今までどれだけの苦労をしてきたのかを感じ取ることができた。


「それでは我々はこれで」


部屋の中へと入っていく3人を見てウィルは息を漏らす。

3男であるティティリの父親が何か企てている様子は一切ない。何か問題となるようなことは何も起こらないだろう。ウィルやガーロンドが今回呼ばれた理由は時期後継者の見届け人といったところだろう。

安堵してかなりの時間町灯りを楽しんでいると部屋の中から聞こえてくる声に意識を引っ張られる。

聞き覚えのある声に部屋の中へと戻るとエリーに対してフォティが詰め寄っていた。慌ててその近くまで駆け寄り傍にいたマリに聞く。


どうやらマリとカレンとエリーの3人でいたところ七魔家両家の令嬢にあいさつと思い貴族が挨拶をする中、エリーがフォートリエ商団団長の娘ということで商団と取引したい貴族が多数いたらしい。次から次へと話を聞いていた貴族がエリーに話しかけてきており、そこにフォティが入ってきたようだ。


「平民風情がこの場にいること自体分不相応ですのに、何ですかその態度は!?」

「私はその……」


エリーはしどろもどろな反応を見せて顔を伏せていたが目の前に影が現れて顔を上げる。


「気にくわないのは分かりますが、そのぐらいでいいんじゃないですか」

「アースガルド卿。なぜその者を庇われるのでしょうか? その者は平民です!」


その問いかけにウィルは周囲に目を向ける。ルミエール家は貴族主義の家だ。発言次第では敵視される可能性がある。


「よさぬか!」


会場全体に声が響き渡り、全員の注目がステージへと集まった。


「アースガルド卿はわしが招いた客人であるぞ。文句があるのであればわしに言え」


バトワーは蛇のような鋭い目つきでフォティを睨みつけ、フォティは肩を震わせて目をそらす。


「そのようなことは……ございません」


フォティが小さく話すとバトワーは正面を見る。今しがたの威圧感はないが、その目つきからは鋭さは消えていない。


「今宵は後継者の通達と共にお開きにするとしよう」


その瞬間会場の視線がバトワーともう一人、ステージの下にいる男に集まっていた。薄く笑みを浮かべ銀髪兎耳で腕を組み男が立っている。

ウィルはその視線を感じ取り「あれが」とつぶやく。

この男がルミエール家の次期当主に任命される次男のエドガー・ルミエールだ。


「次期当主はオスカル・ルミエールとする! 正式な任命は1月後。以上だ」


会場全体が静まり返る中バトワーが後ろを向き奥に下がろうとしたところに怒号に近い声が上がった。


「父上! どういうことだ! なぜ俺じゃない!?」


声の主は先ほどまで笑みを浮かべていた次男のエドガーだった。


「お主はルミエールの当主の器ではない。それだけのことじゃ」

「兄貴が死んで以降ルミエールを束ねてきたのは俺だ! 俺がこいつに劣るとでも言いたいのか!?」

「その通りじゃ」


一切間を置かずに即答するバトワーが意外だったのが一瞬エドガーは言葉を無くし、バトワーが続ける。


「ルミエールの血統を濃く受け継いでいるのはオスカルじゃ。その証拠に思想の裁定の力をお主やその子達は一人も発現させれておらぬではないか」

「それはオスカルの野郎も――っ、まさか」

「そのまさかじゃ。うまく隠しているがオスカルやその子供も発現している者がおる」


ギルバートの横に立っていたオスカルは目を見開き、同じような目をしているエドガーを見た後にバトワーに目を向けた。


「いつからお気づきに……」

「わしを舐めるな。お主らの下らぬ結界などわしの前では意味をなさん」


オスカルは唇を噛み、階段を駆け上がりバトワーの前に跪いて頭を下げる。


「父上。どうか次期当主には兄上を。ルミエール家を束ねられるのは兄上しかおりませぬ」

「ルミエール家は代々その力を持つ者が継いでいる。例外は認めぬ。隠していたのは許しがたいがこれは決定事項だ」

「しかし! このままでは……」


そこまで言うとオスカルは言葉を止める。後ろには傘下の貴族達がいる。ほとんどの貴族達はエドガーが当主になると思い、今まで支持してきたが、力のことが露見した今では掟を重んじる家はオスカルを指示するだろう。そして、エドガーに尽くしてきた家などはもう後戻りできない。そのことはオスカル自身調査して把握している。

言葉にしなくてもオスカルが何が言いたいのかは全ての者が理解していた。

再び静寂が訪れ階段を上る音だけが響き渡る。


オスカルの横に人影が覆うとオスカルの胸倉を掴み引き起こした。


「すべてを賭けて俺と戦え」

「兄上。何を言って……」

「よかろう」


今度は静観を貫いていた会場にいた貴族達がざわめき立つ。


「明日は剣舞の名目だったが……取りやめじゃ。エドガー、オスカル、決闘を認める。生き残ったほうをその場で当主に任命する」

「父上!」


バトワーは奥へと下がっていき、エドガーはオスカルを突き飛ばすと階段を下りて姿を消した。

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