第32話 勝利への欲求

「ちなみに剣聖に任命されたのはこの間だよね?」

「ええ。そうです」


騎士団の組織改革が年の暮れに行われ、つい先日公表された。新しく剣聖になったばかりであれば、鍛錬を積み続けている今のウィルの敵ではないが、だがそれはあくまで対等の戦いであればだ。

魔装なしの剣術でどこまで防ぎきれるかを考えるが、どうにも分が悪い。しかし目の前の下級生達もマリのことは知っているのか戸惑いを見せている。今更引くことはできそうにない。


「よっよし。全員でかかってきていいよ」


完全に意地で覚悟を決めるウィルにシルフィーはあきれ顔で後ろに下がっていく。

下級生達も最初は戸惑いを見せていたが、もう一本ウィルが剣を抜くのを見ると顔が引き締まり全員魔装を展開した。

40人全員が一気に魔装を展開し、その壮観な光景にウィルはまずったかと少し後悔した。


「いつでもいいよ」


ウィルはそう言うと剣を構える。

生徒達は、一斉にウィルに攻撃を仕掛ける。

ウィルは攻撃を受け流し生徒同士をぶつけ攻撃をいともたやすくかわす。

その中をひときわ鋭い一閃が飛んでくる。


「なかなかいいね」


ウィルは振り下ろされた剣に賞賛を送った。その剣の持ち主は淡黄色の魔装と両手に短剣を待ったエリーだ。


「ありがとうございます」


エリーは嬉しそうにするが遠慮なくもう片方の剣を振りぬく。

が合わせていた剣を押すように弾き体勢を崩させ剣閃をかき消した。ミリーの華奢な体格で自己強化の魔法も使っていなかったため、強化魔法を使っていなかったウィルであっても簡単に体制を崩させることができた。

しばらく同様に個人個人がバラバラで攻撃を仕掛けているとウィルは見るに見かねて球体状に障壁を張ると拡大させ生徒達を吹き飛ばした。

生徒達が起き上がるところに語りかける。


「そろそろ連携してもいいんじゃない?」


彼は呆れたようにそう言うと生徒達は気がついたように顔を見合う。

そこに壁際で見ていた2人が口を挟む


「あんた、自分ができないことをよく人に強要するわね。」

「ウィルさんも連携を覚えてください」

「ちょっ口を出すのは筋違いじゃなかったの?それに連携できないのは俺のせいだけじゃないでしょ……」


ウィル自身今まで3人で連携を練習してきたがまったくうまくいかなかった。

そのことを暴露され後ろめたい気持ちでいっぱいだ。


「んじゃ。僕もそろそろ参加するのだ」


しばらく様子見していた栗色の髪の少女は光に包まれる。肩が出て、兵装や装甲がひと際薄い魔装を展開する。今まで見たこともない魔装にウィルは少女に意識を集中するが冷汗が流れる。想像していたよりも遥かに大きな魔力。ウィルのそんな戸惑いは気にも留めずそのまま正面から突っ込んでくる。少女が発する威圧感か他の生徒とは比べ物にならない。ウィルのよく知る剣聖達と近い存在感を持っている。突っ込んでくる少女がいつ剣を出してもいいように一挙手一投足注視するが中々剣を具現化しない。


剣をまとも受け止めれば間違いなく力負けして吹き飛ばされる。攻撃は必ず回避するか受け流さなくてはならない。そのためにカウンターに徹しようとしていたが、気がつくとほぼゼロ距離まで接近され、拳が向かってくる。

慌てて剣で拳を防ぐ。しかし受け止められる気配すらなく。吹き飛ばされる。

空中でくるりと体を回し、剣を地面に突き刺してブレーキをかける。


「まさか……格闘術の魔導士……」

「そうだぞ。それにしてもさすがアースガルド卿。今のは全力の突きだったんだぞ」


もうウィルの表情には驚きとやってしまった感に満ちていた。


(やばい……死ぬ)


なんとかガードした剣を持つ右手は突きの威力に痺れがある。咄嗟に左手の剣で右手の剣を押し込んだからこの程度で済んだが、片手だけで凌ごうとしていたらあのまま拳を体に受けていた。


「これなら安心。どんどんいく」

「ちょっちょっと待った」

「ん?」

「君は強化魔法と魔力武装禁止! 連携も見たいからね! 君一人で勝ってもみんな楽しめないでしょ!」


少々不機嫌そうな顔を見せるが少女から威圧感が消えた。

魔力武装と強化魔法が解除されウィルは胸をなでおろす。だがそれでも他の生徒よりも実力は比べるまでもなく、かなりの脅威であることには変わりない。どのみち正面から攻撃を受けることはできない。しかも近接格闘に特化した魔装であるため、剣聖の中でも早い部類。先ほどの攻撃で最後の一瞬で一気に間合いが縮まった。あの踏み込みは見てから判断してはとてもではないがガードも回避も間に合わない。ウィルは攻撃を先読みして躱すしかない。少女の攻撃を紙一重で回避し続ける。幸いなのは動きは単調。しかも目が慣れてきた頃にようやく周りの生徒たちも参戦してきた。混戦になればウィルにとって都合がいい。即席のメンバーで連携を取れる者など実戦経験豊富の猛者でも一朝一夕では不可能。


栗色の髪の少女がにこっと微笑むと同時に後ろから剣が2方向から二閃。ウィルは体制を低くして回避すると飛び、距離を開けた。

後ろには黒髪の少女。先ほど自己紹介でルシュール家を名乗った生徒と白髪の兎人の少女。


「これはやっかいだな……」


2人の剣は始まったばかりの段階で数回受け止めていたが、ウィルが躱した後、攻撃同士がぶつかり合った。マリの拳を剣で止めたということは同等の力であることを意味している。もしも受け止めたら吹き飛ばされるのは必然だ。


「仕方がないか……」


ウィルは剣を一本消し、右手に新たに出した剣を構える。長剣の魔剣レーヴァテインだ。

すぐに刀身は黒く染まり、ウィルの周りに黒い魔力が帯のように流れる。


「魔力武装だけでここまで強化できるのだな」


如何に大帝でも生身ではそれなりの魔導士相手では赤子と大人だが、毎日森で魔物と相対してきたウィルにとっては魔力武装と魔剣だけでも聖騎士程度の実力であれば生身でも渡り合える。

左手に持っていた剣を上に放り投げると両手でレーヴァテインを握る。そしてマリ目掛けて魔力刃を放つが最小限の動作で回避される。後ろからは巻き込まれた生徒たちの悲鳴が上がる。


「やっぱり早いね……」


格闘術相手の戦闘などウィルはほとんど経験がない。懐に入られてしまっては剣よりも拳の方が速い。しかも相手は魔装を展開した剣聖。懐に入られてしまったら攻撃する暇すらない。一番いいのは中距離で戦うことだ。しかし一番ダメージを与えられる可能性があるのは魔力刃だが、魔装をしていない魔力攻撃を中距離から当てたところで減衰して大したダメージにならない。やるとしてもゼロ距離で当てる必要があるが接近戦は剣の間合いの内側に入られ、尚且つ相手の方が数段早い。

だが絶望的な状況でもウィルに負ける気など毛頭ない。その証拠に口元には笑みが浮かぶ。


そして攻撃が止んだタイミングでへばってきている他の生徒たちに語りかける。


「おやおや~この3人以外はもういいのかな? 味方に剣聖がいるのに生身の相手にこの程度? 実力が足りないなら根性で向かってきなよ。あれ……ごめんもしかして根性もないのかな?」


ウィルは周りの生徒を煽り始める。この学院に入学してきたということは魔法に関する仕事に就くことを志しているのは間違いない。ウィルの師弟以前にそこだけは誰にも譲ることができない覚悟を持っている。


ウィルの言葉に傍観を始めていた生徒たちにも再び闘争心が宿る。

一人また一人と突っ込んできては中心人物の3人へのカウンターの起点にする。


「来た」


大柄な男子生徒が突っ込んできたときウィルはマリの視界から消えた。男子生徒の攻撃を回避して、その生徒の陰に隠れてうまくマリの背後を取った。

足を払い、転ばすと、男子生徒を掴みなおし腕を取る。体に巻き込み腕を思いっきり引っ張りマリの上にたたき落とす。苦痛に顔を歪ませるが必死に這い出て一度離れようと地面を蹴りウィルのいたほうを見るがいない。


進行方向から声が聞こえ、振り向いた瞬間。至近距離にウィルの姿がある。慌てて拳に力を入れるが次の瞬間には黒い魔力刃に飲み込まれた。

先読みしてウィルは待ち構えていた。ゼロ距離の一撃は非魔装の状態でも軽いものではない。しかも実戦であればあるはずの強化魔法も魔力武装も解いてしまっている。マリの魔装の服装はボロボロになっていた。

手ごたえは十分。マリを戦闘不能にすれば後は戦いを楽しめる。遠くで倒れている様子をじっと観察していると、魔装は光となって消える。


「勝った勝ったぞ! ハッハハハッ」

「屑ね」

「騎士の風上にも置けない戦いかたですね」


遠くの壁際からはウィルの戦法の感想が述べられている。一方で勝ちを確証したのかフィールドの真ん中では高笑いしている屑がいる。


「ハハハ! 勝てばいいんだよ! 勝てば。強者から潰すのは戦いの定石」


ウィルは横にレーヴァテインを突き立てると、持っていた剣を両手で握り、レーヴァテインと同じように魔力を注ぎ込み刀身を黒く染める。


「さぁ……師弟になりたいのであれば俺を満足させてくれ」


次の瞬間。

持っていた剣の刀身が柄を残し砕け散った。刀身は破片すら残さずに粉末状に砕け風に攫われて行った。しばらく消えた刀身を見つめていると

その場で脱力しひざを折った。


「剣がぁあぁあああああ」


今度はその場で号泣し始める。

全員呆気に取られ、その場にたたずむ。シルフィーはマリの介抱をし、アリスはウィルの傍によって来る。


「そりゃあんたの魔力をそんな低位の魔剣に注ぎ込んだらそうなるわよ」

「そっそんなにぃ、こめてない……」

「量じゃないわ。質よ。前は大丈夫でも今のあんたの魔力なら大抵の魔剣はそうなるわよ」


先ほどは高笑いしていた男が今度は号泣、生徒たちが反応に困っていると、アリスが手をぱちぱち叩きお開きをした。

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