第20話 誤算

モンニカーナの事件のあとウィルは傷が癒えるとアレーネシアではなく王都サンルシアの王宮にいた。

ウィルがモンニカーナで街に侵入した魔物の6割を殲滅し、一国の騎士団でも相手にするのは難しいとされる上級魔物の単独での討伐。

その報告を聞いたカルマ陛下に呼ばれ、アレーネシアに帰る前に王都に顔を出していた。

王宮の部屋でカルマ陛下と向かい、その場にいたシルフィーとアリスも同席し、詳細な顛末を話すとカルマ陛下は深刻な表情で視線を落とした。


「魔法の多重発動か……ウィルよ、体に異変は何も感じぬのか?」

「はい。とくには」

「そうではない。聞き方が悪かったようじゃな。お主と初めて会った1月前に感じていた魔力は確かに強力な力と感じたが、上位魔法を同時に2つも発動できる魔力量ではなかった。今相対して感じるお主の魔力量は一月前とはあきらかに別人じゃ。それほどの魔力量増加はこの短期間では異常じゃ」


カルマ陛下のその言葉にシルフィーはウィルとカルマ陛下を交互に目を向けるが、アリスは思い当たる節があるのか驚くしぐさを見せた。


「陛下。それは私も感じていたところであります。ウィル・アースガルドが初めてこの世界に来たと思われる場に私は立ち合いましたが、あの時は魔導士になれる最低限度の魔力しか感じませんでした。しかし精霊と正式に契約を結んだ直後、契約直後とは思えない魔力量、今では客観的に見て私よりも魔力は上かと思われます」

「世界……異世界か。魔力の存在しない世界からこちらの世界に来た反動であろうな」


魔力が一切ない世界で育ったウィルの体には魔力は存在しない。

魔導士の魔力量は努力次第では上げることができなくはない。だが生まれ持った魔力を保持する器はある程度決まっている。それが成長と訓練によって次第に大きくなっていく。

いうなれば今のウィルの状態は怠惰の魔導士の強大な器をもって、突然注がれ始めた水をこぼさんばかりに器を大きくしているような状態だろう。


「しばらくすれば魔力の上昇は緩やかになるじゃろう。それまでは学院での魔法の使用は控えよ。制御ができずに問題が起きかねん」


ウィルはよく分からないと思い、学院での生活を思い返す。

思い返してみればいくつか思い当たる節があった。魔法の練習中に幾度となく想像以上の威力の魔法になり練習相手の障壁を完全に消し去るほどの威力を出してしまうことがあった。


顔を上げてカルマ陛下の指示に同意し他直後横の異変に気が付いた。アリスが悲しげになんとも言えない表情でウィルの顔を見て肩を震わしていた。

言葉に出さなくても何を言いたいのかは理解できた。アリスにとって学院の授業を完璧にこなすことが目標であり、知識であれば学年トップは揺るがない。しかし今までは模擬戦の授業はチームがなかったため出ることができなかった。

授業の成績として認められるのは3人以上のチームで一定以上学内の模擬戦に勝つこと。最近になりようやく出ることができ、すべての成績でトップをとれることが見えてきた矢先にこれだ。

アリス自身もウィルの異常さは肌身で感じてわかっている。だが希望が見えていただけに簡単には受け入れられるわけもない。


「アリス・ネクロフィアよ。お主のことも考慮はするつもりじゃ」

「えっ」

「学院長やシルフィーから聞いておる。今回の件は学院長にも伝えておる。学院の決まりには反するがシルフィーと共にチームとして励むがよい」

「陛下! ご配慮感謝いたします!」

「お主の父には助けられたことが多々ある。上級貴族の当主の中では一番信用に値する。これぐらいはかまわぬ」


先ほどとはうって変わってアリスは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべている。シルフィーとの連携は英雄祭の時に見ているため実力は折り紙付き。数的有利をとってしても同学年で2人に勝てる相手などいないだろう。


「しばらくは魔力の制御や魔力武装を覚えるのが先決じゃのう。学院の卒業までに聖騎士の者程度に使いこなせれば問題なかろう」

「なんですか? それ」


ウィルの言葉にカルマ陛下の口が止まる。

魔力武装は魔力障壁の一種で中位の魔導士ならば誰でもできる魔法の戦闘技能の一つ。高濃度の魔力障壁は魔法の効果を数倍に上げる。剣聖クラスの魔導士であれば数十倍になるほどの濃密な魔力武装を身にまとうことも珍しくない。

魔法学院では中等部で基礎を学び鍛錬を積み始める。

カルマ陛下はシルフィーとアリスに視線を向ける。

シルフィーが学院に転入してからはウィルのことは随時報告を受け中等部に学ぶ魔法の基礎部分はあらかたウィルに教えることは終わったと報告を受けていたからだ。


「私はちゃんと教えましたよね?」

「そうだっけ?」


斜め前に座っていたシルフィーは立ち上がり両手を机について身を乗り出した。


「教えましたよ!! いつもいつもどうしてウィルさんは教えたことをキレイに忘れることができるんですか。あれほど私が丁寧にっ」


ウィルに向かって文句を言い始めると咳払いが聞こえ言葉を止め、我慢しているのかついていた両手を握りしめ再び座りなおす。


「ではそろそろ本題へと移るかのう。」

「問題ですか?」

「国内の貴族の中にお主に反感を持っている者が少なくない」

「やはりそうなりましたか……」

「地龍を討伐したことで怠惰の大帝の力を自身の私利私欲のために利用しようとする輩は必ずでる。騎士に任命しシルフィーとの婚約で抑えようと思っておったが、誤算だった。よもやこれほどの力を手にしていたとは」

「え?」


カルマ陛下の言葉にウィルは目を丸くする。


「ということは婚約というのは?」

「貴族とはいえ領地も持たぬ騎士爵が王族と婚姻するのはまず不可能じゃろう。ワシが許そうとも貴族どもが黙っておらぬじゃろう」

「ん? どういうことですか?ならなぜあの立ち合いを図っ……お許しに?」


思わず本音が漏れかけたがウィルは寸前のところで口ごもり言い直す。


「オーランド王家の決まりとして婚姻の相手は最低でも男爵位以上が条件じゃ騎士爵では認められん」


カルマ陛下の言い方にウィルは再び首をかしげる


「ん? 誰が騎士爵?」

「なんじゃ! そんなことも理解できておらぬのか。騎士以上の称号を持つ魔導士には騎士爵の貴族の爵位も同時に与えられるのじゃぞ!」

「へぇ、そうなんですね」


カルマ陛下の顔色に少々怒りの色が垣間見えるが、先ほどのやり取りとシルフィーとアリスのあきれた様子を見て察したのか


「そういえば初めて会った時も、救われはしたが大量の魔物相手に単独で切り込む大馬鹿であったな。王族に入った暁にはそこだけでもなおしてもらわんとな」


ウィルにとっては自分の興味のあることか、役に立つこと以外は全く興味がないことだ。この世界に来たばかりのころは魔法というものに心を奪われた時期もあったが、数か月のアリスの特訓でウィルにとっては嫌なものになりつつある。

貴族の称号に至っては下手にオーランドの貴族になれば国の一大事となれば出兵を命じられる可能性が高いため喜ぶ気持ちなど皆無だった。

だがカルマ陛下の今回の発言はウィルにとっては今の状況を打開する千載一遇のチャンスでもある。


「ちょちょっと待ってください。婚約が男爵位以上なら騎士爵の底辺貴族など話にならないのではありませんか!?」


あまりにも高らかに宣言する態度はそのままウィルの内心が声色になって出ているようだ。

あきらかにモンニカーナでの話はカルマに届いていない。

ウィルは焦っていた。

シルフィーがウィルに好意を抱いているのは明らかで人の心情を読むことも得意、最悪の場合自分で言わなければ今まで通りということになりかねない。


「それに婚約の話など一切聞いていませんでしたよ!?」


アリスの頬には一筋の汗がスッと伝う。

ウィルが国の皇帝にここまで強気に出るのにはしっかりとした理由がある。

なんどもなんどもシルフィーがいない時を見計らって怠惰の大帝や他の大帝、オーランドの有力貴族の話を聞き、自分に害を為す者はいたとしても少数だと確信していた。大帝の契約精霊である大精霊はあまたの数存在する精霊の中でも力・尊厳ともに最高位の存在。他の精霊と決定的に異なる点は血族がいない状態で契約者が死ぬと、大精霊は数十年から百年ほど大気中のマナへと還り眠りにつく。そのためウィルがもしも命を落とすようなことになれば怠惰の大帝の力はしばらくの間失われる。それにくわえ、ネクロフィア家の情報網はオーランド内の各家の動向を監視し、怠惰の大帝についての考えを概ね把握していた。現状は傍観を決めている家と取り込もうとしている家が半々といった状況。

アリスとウィルの意見は一致し、もしも害を為すような者がいればこちらが何もしなくても貴族達によって排除される。


だが一つ問題点がある。


ウィルを取り込もうとしている家があるのは確かだが、一切接触してこないことだ。

アリスの見解ではシルフィーが近くにいるため下手に手を出せない状況と聞いていた。

今回利用しようと思う家が増えれば確実に婚約の条件を問題にしてくれる。

ウィルがやることはただ一つ。

その些細なきっかけを作ってあげればあとは勝手に盛り上がってくれる。


「ワシはお主のことは気に入っておる、爵位についても特には問題にはならないじゃろうて」

「その通りです」

「あれ……」


今までの話の流れと学院卒業まで婚約の話を待つという話ではあったが、モンニカーナでウィルの気持ちはシルフィーは知っている。カルマの言葉に同意するシルフィーはどこか自信気だ。

シルフィーの方から婚約を破棄してくれるのは時間の問題。問題なのはしきたりを重んじるであろう王族の頂点である皇帝・カルマの怒りをどうやって鎮めるかだ。


「その魔力量であれば学院卒業時にはオーランドの剣聖と比較しても遜色ないぐらいにはなっておろう。今回の地龍の件で準聖騎士の称号を授けたではないか」

「そういうことか……」


だがここで食い下がるわけにもいかない。


ちらりとシルフィーを見るが笑顔しか返ってこない。一度は反逆の罪に問われる覚悟で口にしたことをカルマに向かって言えるわけがないと思ったが、オーランド皇帝とその王女のみで護衛の騎士やメイドがいない状況など今後訪れるかもわからない。

ウィルは意を決して口を開く。


「カルマ陛下とても言いにくいのですが。シルフィーにはもう既に婚約は白紙にするということで承諾してもらっていまして。俺は婚約する気など一切ありません」

「なんじゃと!」


この短い時間で何度もオーランド皇帝を怒らせた者などウィルぐらいだろう。ウィルは慌ててシルフィーに同意を求めるが


「おじいさま落ち着いてください。ウィルさんは王族や貴族について知らないだけです」


シルフィーがカルマの怒りを爆発寸前程度には引き下げてくれたことにウィルは少しだけ安堵した。

――が


「ウィルさん誤解しているようですが、婚約を白紙にするなんて言っていませんよ」

「え? だってモンニカーナで」

「正式に婚姻する気がないということを知っているといっただけです。」

「それなら……」

「先ほどおじいさまも仰られましたが、王族や貴族は親が子の結婚相手を決め、本人の意思は関係ありません。世界が変われば文化も変わりますよ」

「なんじゃそういうことか」


ウィルは急に怒りを収めたカルマに驚いたが、それ以上にシルフィーの言っていることは筋が通っているようで全く通っていない。


「そういうシルフィーは自分で決めてるじゃん! 前から言いたかったけどやり方がちょっと姑息すぎませんかね王女様?」

「なっ決めていませんよ! 将来オーランドの皇帝の夫になる方であれば、魔法のみではなく剣の実力もあるに越したことはありません。そのための立ち合いでしたから」

「ならもう今後一切魔法は使いませーん」


皮肉たっぷりな言い方に一瞬シルフィーのこめかみがピクッとなるが


「ご自由にどうぞ」

「え?」

「地龍を単独で破片すら残さず消し去れる魔導士なんてこの国で100人もいませんから、とってもいい実績になりましたね。剣聖にもすぐになれると思いますよ」


地龍が現れ、それをたった一人で討伐したことは既にオーランドの民に知れ渡っている。

既に実績だけで言うのであればオーランドの剣聖でもここまでの実績を持つ者は多くない。

ウィルは言い合いをあきらめたのか向きを変えカルマに顔を向けた。


「陛下!! 将来のことは誰にもわかりません。しかも! 俺はオーランドに留まる予定もございません!!」

「問題はない。シルフィーの父親である婿殿も伯爵家の出ではあったが自由な男じゃった。シルフィーが生まれるまでは半分以上は国外を放浪しておった」

「そそれに俺に親はいません! だから婚約のことは自分で決める権限があります!」

「親はいずとも傘下に入っている上級貴族の承認さえあれば問題ない。今回勝手ながら信用できる家にお主のことは任せてある。放っておけば他の七魔家が黙っておらぬからのう」

「上級貴族?傘下?」


ウィルは首を傾げシルフィーを見るが笑顔でこちらを見たまま固まっているのを見て身を震わせるとそのまま横にいるアリスに視線を向けるが今度はアリスが身を震わせた。


「経済力や軍事力が低い貴族は大貴族の傘下に入り、仕事をもらったりしているのよ……あとは幼くして当主になった場合なんかは後見人として成人するまで家のかじ取りを一部任せたりもするわ」

「傘下の貴族は婚姻相手で上の貴族の当主に確認が必要になる。それも先日もう確認済みじゃ」

「何処の貴族ですか!! はっ――」


ウィルは目を見開き再び今までの会話を思い出す。

そして、横に視線を向けるが横に座るアリスの顔が少しだけ反対側にそれた気がして、同時に小さく私は知らないと聞こえてきた

答えを聞く前に理解できたが追い打ちをかけるようにカルマ陛下が口を開いた。


「ネクロフィア家じゃ」

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