第8話 意外な提案

広大な王宮の敷地内に木々が生い茂る中庭がある。

まだ太陽が低く心地よい風が吹く中に鳥達のさえずりが聞こえる。

そこには建物内から廊下で結ばれた全面ガラス張りのテラスがありそこにある長机で陛下、シルフィー、ウィルは朝食をとっている。


ウィルは王宮内の大きな部屋で朝食になるかと思っていたが想定外の場所で落ち着いた気持ちで食事をとれて安心していた。

このようなところでの朝食をセッティングしたのは陛下の気遣いからだろう。

だが、本来であれば皇帝が一緒に誰かに食事をするなどありえない。国家間の外交での晩餐会や催し物時のみでウィルのような一般の平民となんてオーランドの歴史からみても異例だった。

その証拠にテラスの入り口付近に、5人の多種多様な種族のメイドいるが、ウィルを興味の目でじっと見ている。


「これ!そんなにじろじろ見ていたら食事がのどを通らんじゃろう」

「申し訳ありません。」


陛下がメイドたちを注意すると申し訳なさそうに謝罪する。

ウィルはほっとし口に水を含んだところに唐突に陛下が話題を切り出した


「ところでウィルよシルフィーと一緒になる気はないか?」

「一緒? でありますか?」

「そうじゃ婚姻を結ぶ気はないか?」

「ぶふっ」


陛下の言葉に口に含んでいた水を吹きこぼした。

その一方でシルフィーはすごく晴れやかな笑顔で両手を合わせている。


「はい? 今なんておっしゃいました?」

「シルフィーが君を大変気に入っているみたいだし、現状決まった相手もいない。年齢的にもそろそろ相手を決めねばならんと思っておったのじゃ。」

「ですがまだ俺は学生で家柄もない異世界人ですよ? しかも平民が王女様となんて分不相応かと思います。」


王以外であっても、王族ともなれば年中休みなしで公務に追われるのは間違いないだろう。

一生ぐうたらな生活を送ることを目標にしているウィルにとっては地獄のような選択だ。


「それは問題ない。森での出来事はもう国中に広まっておるから怠惰の魔道士が現れたのは周知の事実。有力貴族からも不満など上がらんじゃろうて。それに貴族どもを黙らせる段取りも考えておる。安心せい」


何も安心はできない。一般的には王女様と結婚できるとなった場合喜ぶだろう、実際学院で男子の間で理想の女性を挙げた際に、オーランドの王女のシルフィーの名前が出ることは少なくなかった。


ただ、ウィルにとって大事なのは目の前の理想よりも自由な生活なのだ。

必死にこの場をやり過ごす策を模索するウィルに名案が浮かぶ。将来は一般的な業務量の仕事はせざる終えないと考えてはいたが、王以外の王族はおそらく王宮内か国内からなかなか出る機会など作れないだろうと。


「しかし俺は将来、魔道学院で魔法を深く学び卒業後は世界中の魔物の問題を解決したいと考えていまして。この国にとどまる事もことも難しいと思いますので」

「そのような夢があったとは」


陛下がその場しのぎの夢に共感し納得してくれたとウィルは思った。が


「ならばその目標を実現させるにもお主はは王族になるべきだ。シルフィーはこの国の第一王女、つまり現状の王位継承権1位にあたる。将来はシルフィーとともに近隣諸国に呼びかけ協力して君の夢を実現させるのが一番の近道じゃ。」

「王位継承権1位!!」

「そうですわ」

「そんなことも知らなんだか」


名案は一瞬で砕け散った。

よりにもよって女王の夫しかも怠惰の魔道士という余計なブランドまでぶら下げている現状からどのような形で使いまわされるか想像もつかない。ウィルは自身の愚策に1分前に戻る魔法はないものかと嘆いた。

後ろに控えていたメイドたちも驚き小声で何か話している

万策尽きた。最後の手段であるこの場から逃げるかと考え始めたウィルであったが。

その時王宮の外から大きな音が聞こえた。


「今の音は?」


千載一遇のチャンスと見て話題をそらす


「今日と明日はこの町で英雄祭という祭りが開かれておってな、かつてこの世界を救った怠惰の魔道士を称える祭りじゃ。」


この町は怠惰の魔道士が最初に現れた町で物語の舞台にもなっていることだけあって毎年祭りが開かれ国内外から多くの人が訪れていた。


「怠惰の魔道士は本当に皆に慕われているんですね。」

「そうじゃのう。でも今年は祭りの前日に怠惰の魔道士が現れ、どうやら皆の気合の入り方が違っているみたいじゃ。」

「祭りに少し行って見たいですね。」


前いた世界は戦火の真っ只中で祭りなんて幼い頃に戦争が始まってからは行われなかったため祭りに興味があった。


「よかったら後で私とお祭りを覗きに行きますか?」

「この後、騎士の任命式が控えておるからその後にしなさい。」


食事を終えるとウィルは王宮の一番端にある大扉の前に騎士の正装をして立っていた。

これから騎士の叙勲式が始まるのだ。

この国の魔法騎士のランクには7段階存在する。


「騎士見習い」「准騎士」「騎士」「准聖騎士」「聖騎士」「剣聖」「覇剣聖」

上に行くほど人数が減っていき騎士以降のランクの場合人数は一気に少なくなる。

アリスのように剣を使わない純粋な魔道士も魔法騎士にはなれるが、魔法のみのランクの場合は1から10までの階梯で表し1から3が初級、4から6が中級、7から9が上級、10が最上級、さらにその上には古代魔法エンシェントスペルといわれている魔法が存在する。


騎士のランクに魔法はほとんど関係はないが、覇剣聖だけは違う。オーランドの覇剣聖は代々必ず最上級か古代魔法の使い手が務めている。そのため覇剣聖の任命に関しては歴史的催事のため皇帝陛下自らが式典で任命する。剣聖以下に関しては軍務卿が数名の同格騎士の参列の上、式典で任命する。

騎士の任命式など小規模な行事だが、これまで勲章の類は一切もらったことがない。がちがちに緊張して口をパクパクとし、心臓の鼓動の音を周りに響かせているように思えるほど動揺していた。昨日の今日で大々的に行うほどの人は集まってはいないと予想はしているウィルではあったが、人前に立って注目を集めることになれていなかった。横にはシルフィーが先ほどまでの服装とは違いドレスを身に付けお姫様と再認識させられるほど優雅な雰囲気で立っていた。


「ウィルさんさきほどお教えしたとおりにすれば問題ありませんので、もっと肩の力を抜いてください。」

「うん。」

シルフィーが心配して言葉をかけるがウィルは大扉の一点を見つめたままだ。

「大丈夫ですか?」

「うん」

「ウィルさん?」

「うん」

「結婚してくださいますか?」

「うん……ん?」


返事とともに相槌を打ちはするがシルフィーの言葉がまともに入ってこないほど緊張している。

そんな様子の見てシルフィーはくすくす笑っているが。次の瞬間ウィルのほほに軽く口づけをした。


「ひゃぁ!」


ウィルは正気に戻り顔を赤くして頬に手を当てつつシルフィーを見る。


「どうやら緊張はほぐれたみたいですね。もう直ぐ呼ばれると思いますので呼ばれたら中に入って先ほどお教えしたとおりにお願いしますね。」


そう言うとシルフィーは大扉の横の廊下を駆けて行った。

その直後大扉の中から


「怠惰の大帝、ウィル・アースガルド入場」


声が聞こえると大扉が開く。

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