009

「……以上、あまりにも強引な手口と、賊に関する外見的特徴、と言っても髪の色程度ですが、狙われたのが外資系の反社組織である事からも、そこから赤坂署は外国人あるいはそれに近しい末端のどこかの構成員の犯行、という線で捜査している、との事ですが……」

 昼過ぎ、帰庁した酒井警部と蒲田巡査長は、昼食を差し置いてまずは岩崎警視長に報告に向かっていた。

 この事案は、分調班が引き取るべき案件そのものである、という事を報告するために。

「……つかぬ事をお聞きしますが、管理官、確か、蘭円あららぎまどかさん、お孫さんが三人居るって言ってませんでしたか?」

 酒井の質問に答える代わりに、岩崎は執務机の肘掛け付き事務椅子の上で、大きく天井を仰ぐ。

「……やっぱりそっちだったか……よし分かった、この件は正式にこちらで引き取ると榊君に伝えておく。何か伝えておく事はあるかね?」

「「協会」に関しては、我々で対応可能ですが、反社組織に関してはとても対応しきれません、人員的に」

「そうだな、そっちは引き続き赤坂署と八課で受け持ってくれるよう頼んでおこう。他には?」

「「協会」への連絡は、我々がやりますか?」

「いや、それも私からしておこう。君たちは飯もまだだろう、休憩して午後に備えてくれ」

「は。では、失礼します」

 室内の敬礼をして、酒井と蒲田は下がる。


「いやあ、しかし、僕たちすっかり「協会」担当ですね、はい」

 ジャンボチキンカツ定食を大盛りのご飯と共にやっつけながら、蒲田が言う。

「まあな、良いんだか悪いんだか……」

 カツカレーを平らげつつ、酒井が答える。

 「協会」の存在自体は、分調班では情報共有されている。しかしながら、互いの情報交換の窓口としては、「協会」側上層部に対しては岩崎が、現場同士では酒井と蒲田が当る事が殆どであった。公には「協会」の特殊性を鑑みた措置、という事になっているが、実際には「協会」側重鎮たる蘭円が、好んで酒井に連絡を取ってくる事実に寄るところが大きい。

「で、扇子持ってたのが円さん、小柄なのが鰍さん、これは確定だな?」

「ですね、はい。鰍さん、三人姉妹の一番下だって言ってましたっけ、残りの二人はお姉さんですね、はい」

「その姉二人、得物は木刀と、トンファーだっけ?」

「構成員の供述によると、そうです、はい」

「おっかない姉妹だな」

「えぐいっすね、はい」

「それにしても、その姉妹、年子としごだって言ってたっけ?」

「ああ、そんなような事、鰍さんがいつだったか、言ってましたっけ、はい」

「年子か……親、大変だったろうな」

「そうなんですか?」

「いやまあ、経験ないと分からないだろうけど、赤ん坊の世話って重労働だぞ」

 皿に残った米粒とカレーを綺麗にスプーンでこそぎながら、酒井が話す。

「俺は駐在所勤務だったから、いざとなればちょっと裏に引っ込んでとか出来たけど、ありゃあ、女房一人じゃそりゃ育児ノイローゼにもなるってもんだ。知ってるか?生まれたての赤ん坊って二~三時間おきに飲んで、出すんだぞ?夜昼よるひる関係無しに」

「はあ……」

 今ひとつ、ピンと来ていない蒲田に、酒井が話を続ける。

「そのたんびに泣くわけなんだが、女房ってのは普通昼間は家事してるよな、つまり起きてるわけで、なのに夜もまとまった時間寝かせてくれない訳だ」

「えーっと……」

「俺は、勤務の合間に子供の世話も出来たから、その間に女房が昼寝する事も出来たが、今時の共働きの上に奥さんに子育てを丸投げじゃあ、そりゃヒステリーも起こすさ……」

 話しながら、酒井は、そんな自分の過去の事を、離婚した、いや、自分の事を殉職したと思っているはずの妻子の事を、笑い話に交えて思い出せている自分に気付き、自分で少し驚いていた。いつの間にか、吹っ切れていたのかな。酒井は、少し心が軽くなったのを、やっと自覚出来た気がした。

「……だから、蒲田君も、いずれ結婚したら、そこんところはきちんと奥さんをフォローしてあげたまえよ?」

「はあ、まだ相手も居ないですが、肝に銘じておきます、はい」

 ちょっとだけ、酒井はおどけ気味に話を締めくくる。やはりどうにも実感出来ないのか、蒲田の返事はいつもの覇気がない。

「……よし、じゃあ、俺は一服してから上に戻るから」

「はい、先に戻ってます」

 酒井と蒲田は、食堂のトレーを持って立ち上がった。


 喫煙室で、たまたま居た、他部署の数少ない喫煙仲間と肩身の狭くなった同士で二言三言言葉を交わした後、酒井は分調室の事務室に戻った。

 先に部屋に戻り、自分の席で午前中の現場検証のメモをテキストに書き起こそうとでもしていたのか、開いたノートパソコンに手を伸ばしていた蒲田が、入って来た酒井を見て顔を上げる。

「あ、酒井さん、あの……」

「おお、酒井君、丁度よかった」

 蒲田の声など気にせず、鈴木班長が酒井に声をかける。

「今、蒲田君にも言ったんだが。午後、済まないがまた外出を頼む」

「は、それは構いませんが、どこへ?」

「港区の東華貿易、覚えているね?」

「……は?」

 忘れもしない。ある意味、酒井が分調班に転属になる原因の一つなのだから。

「いや、はい、覚えてますが。あの一件なら解決したはずですが」

 その原因である、窃盗、誘拐、不正輸出の一件は、既に「協会」の介入もあって司法としても解決している、と酒井は認識していた。まさか、まだ何か?

「いや、その件とは関係ない、とは思うのだが。その東華貿易が窃盗被害に遭ったので、事情徴収してきて欲しいと管理官から指示があってな」

「窃盗?ですか?」

 鈴木班長は鷹揚に頷き、

「詳しくは私も聞いていない、というか、情報が全くないらしい。なので、聞いて来てくれという事のようだ」

 出ずっぱりだがよろしく頼む、そう言って鈴木班長は酒井の背中を叩く。微妙に嫌な予感を感じて蒲田の顔を見た酒井は、蒲田も同じように感じている事を、その表情から読み取った。

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