『小さなお話し』 その97

やましん(テンパー)

『歩寡虎図』

 『これは、おとぎ話しです。すべて、うそです。』




 むかし、やましんのくに、という、小さな国がありました。


 まだ、幕府の統制が及んでいない、辺鄙な場所だったと言われますが、詳しいことは、誰も知りません。


 小さなお屋敷には、病弱なお殿様、やましんの上陀芽勝という、あまり、強くなさそうな主君がおりました。


 今で言えば、うつ状態にあたるような人だったらしいです。


 しかし、奥さまが、たいへんに、気丈なかたで、大体を取り仕切っておりました。


 ナンバー2の、小下某と、ナンバー3の、山口某は、権力奪取のチャンスを、密かに、狙っておりました。


 ときに、このお屋敷には、たいへん、不可思議な絵が描かれた掛け軸が、伝わっておりました。


 それは、この国では、誰も見たことがないといふ、幻の生き物だった、虎が描かれていたのです。


 描かれたと、いふより、そのものであると、いふべきものでありましたが、まさに、珍品だったのです。


 しかし、最近になって、怪しい事件が多発しだしたのです。


 満月の夜になると、得たいの知れない怪獣が市中に現れ、町びとを食い殺す、といふ、恐るべき事件が、起こるようになったのです。


 ある日、その、怪獣に出くわしたものの、なんとか、付き人が、食われている間に、自分は難を逃れた、町一番の商人が、お屋敷に呼ばれ、事情を尋ねられたのです。


 そのとき、たまたま、部屋に掛けられていた、件の掛け軸を見た、その商人が、びっくりして叫んだのです。


『こ、こやつに、ございます。襲ってきたのは。この、額のまんじの記しのような毛並み。間違いございません。』


 なにを、おばかなことを、と、役人は取り合おうとしなかったのですが、たまたま、居合わせた、奥さまと、小下某が、話を聞きつけ、さらに、尋問をしたのです。


 町でも、評判の高い、真面目で、公正な商人として知られた人のいふことです。


 『確かめたがよかろう。』


 と、奥さまが指示を出しました。


 小下某にとっても、町が混乱しては困るので、異議を唱えるものではないことです。


 


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 次の満月の夜。


 丑三つ時に、まだならない時刻。



 武士たちに、張り込ませていると、なんと、掛け軸から、恐ろしい形相の、怪しい生き物が抜け出したのでありました。


 のッしりと、庭を横切り、塀を難なく飛び越えると、揺ったりと歩いて、出ていったのです。


 そうして、大川と呼ばれる大河の土手沿いに広がる町中に現れました。


 満月の夜は、外出禁止とされていたのですが、それでも、酒を喰らって、気が大きくなったのか、知らなかったのか、出歩いている輩がいたのです。


 侍でしたが、この辺りでは見ない人物でした。


 ほどなく、虎と侍は、鉢合わせしました。


 『ほほう?これが、最近に名高い、怪獣か。よかろう。拙者と勝負いたせ。』


 と、その侍は、猛々しく叫びました。

 

 屋敷の役人の侍や、家の中の町人たちは、月明かりのなか、その様子を監視しております。


 『あれは、最近各地に現れるといふ、流しの用心棒、中田鋭角ではないか?』


 屋敷の侍大将が小声で言いました。


 その、間髪入れずの瞬間。

 

 虎と、流しの用心棒は、空中でぶつかり合いました。


 『どぎゅ。』


 そう叫んで、中田某は、ぱたりと、倒れ、あわれ、虎の餌食となったのです。


 あまりの、早業に恐れをなした、屋敷の侍たちは、出て行くこともならず、虎は、ごちそうに満足すると、帰って行ったのです。


 やがて、屋敷に戻った、その怪獣は、再び掛け軸に入り込みました。



   ・・・・・・・・・・・・・・ 🐅 


 

 屋敷には、この地で名高い、陰陽師が呼ばれました。


 阿倍野米面戸、と呼ばれる人で、はるかな、遠い都で、名高い陰陽師の、弟子と名乗ってはいましたが、本当ではないようでした。


 しかし、なかなか、力がある人だったので、つまり、実力者だったので、経歴のことを問題にする人はいなかったのです。


 彼は、掛け軸を前に掛け、不可思議な呪文を述べ、付いてきた付き人ふたりに、なにやら舞を舞わせました。


 それから、こう、言ったのです。


『こやつは、今の世のものではない。はるかな、後の世から、時を遡ってきたのであります。そうして、ここで、迷ってしまった。』


 屋敷の人々は、唖然としました。


 奥さまが尋ねました。


『いつから、来たのですか。』


 陰陽師は、答えました。


『おそらく、三千年ほど、むこうでありましょう。』


『なんと?』

 

『この絵は、描かれたのではない。ここに、封じらたのであります。おそらくは、こやつは、虎でさえない。』


『あまりに、おかしなことを言うならば、お帰りいただこう。』


 小下某は、凄んだのです。


 山口某も、片ひざを上げました。


 すると、陰陽師は、嘲るように言ったのでありました。


『あなたがたは、ご病弱な主君どのを、尊重なさるかな?』


『なにを、突然?』


『あなたがたには、裏切りの相がある。』


 奥さまが振り向きました。


『なんと?』


 山口某は、決起しかけましたが、小下某が押し止めました。


 奥さまの配下が、かなり隠れていたのは、わかっていたのです。


 もちろん、自分の配下も隠れていましたが、ここで騒ぎになれば、不利になりかねない。


『あなた方が、もし、忠実ならば、次の満月の夜は、お二人で張り込むべきです。もちろん、わたくしも、同席いたしましょう。』


『よかろう。』


 小下某は、同意いたしました。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・


 その日が来ました。


 掛け軸は、奥の部屋から、庭に面した大広間に移されました。


 陰陽師は、なにを思ったか、ふすまを閉じて出てこない、あるじ、陀芽勝の部屋の周囲に、御札を張り付けて回りました。


『ご主人さまの、安全のためです。剥がしてはなりません。事が済むまでは。』


『あるじが、関係していると?』


 奥さまが尋ねました。


『まあ、用心するに、越したことはございませんから。』


 陰陽師は、そう、答えました。


 その夜は、また、一段と満月が巨大に輝いておりました。


 陰陽師は、そこらあたりも、よく知っていたらしいのです。


『今宵は、ちょうどよい。しがらみは、時を越えるのです。前にも後にも。人の怨みといふものは、おおかた、理不尽なものなのです。正しいかどうか、だけでは、計れないのです。今宵は、月が近い。大地に働く月の力が、大きくなります。地震が起こりやすく、また、迷いびとが出やすいのです。迷いびとは、空間を越えてさ迷います。姿は、さまざまになるのですが、荒ぶる心が打ち解かれ、獣と成り果てます。もっとも、晴らしたい怨みを晴らすと、消えて行きます。』


『よく、わかりませぬが…………』


 奥さまが、困惑していました。


『あるじに、元があると?』


『そうです。しかし、ご主人が、直に関わっては、いないのです。怨みは、過去からだけではなく、先の世からも、ときに、やってくるのです。それは、おそらく、きちんとした、謂れがあり、仕組みがあるはずですが、今の世では、解明できないのです。さあ、あなたは、すべてを見て、それを、後世に、伝える役目があります。悲しんではなりません。むしろ、喜んであげるべきです。あなたが、このさき、支配するか、あの、まやかし家来に渡すか。どちらか、選んでください。』 



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 宇宙ごきの、地域懲罰長官が、担当部長に、尋ねた。


 『あの、やましんさんは、どした?』


 『掛け軸に、虎の姿で、次元封印しました。しかし、事故がありまして、二つに分割され、過去に転送されてしまいました。三千年ほど前です。満月のとき、とかになると、出てくるかもしれませんな。同化した人間は、病気になりやすいでしょ。ごきごきら。』


『そりゃあ、まずいだろ。歴史を変えるかもしれない。ごきら。違反行為で、ごきらは、処罰されるごきら。』


『そんな、大物ではないですが、念のため、始末人を送りました。両方とも、しかるべく、怪しまれず、かたずけるとおもいます。ごきら。ただ、魂を、浄化してやる必要があります。でないと、三千年後には、なんらかの形で、また現れて、暴れてるかもしれません。ごきごきら。』


『どっちが先だ?』


『それは、わからないですよ。一度起こった事実は、変わらない。反論もありますがね。ごきら。消すことは出来ないですよ。ごきごきら。』




             🌝

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





             おしまい





 

 




 

 


 


 


 


 


 


 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『小さなお話し』 その97 やましん(テンパー) @yamashin-2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る