第118話 水神祭(後半戦)

 お昼休憩を挟み、今もイベントは継続中である。ボクの手元には五十個分の魔石が確保出来ている。そして、浜辺には倒す度にクラゲが増える。まだまだ十分に魔石の確保が出来そうである。


「無尽蔵に召喚って、海神の魔力はどんだけだよ……」


 ボクの死霊術でも、多くのアンデッドを召喚する事が出来る。しかし、コストの低いスケルトン系でも、最大召喚数は三十体が限界だろう。


 それに対して、水神の使いは数百体が同時に召喚されている。しかも、倒すと同時に海から上陸して来る為、海の中を想像するだけで恐ろしい……。


 ボクは無心でクラゲを狩り続けた。まだまだノルマは三分の一なのである。数を数えるのも馬鹿らしくなって来るよ……。


「ねえ、お兄ちゃん……」


「ん……?」


 気が付くと、側にアンナが立っていた。そして、ボクの袖を引いて、海を指差している。


「アレって何……?」


「お……?」


 アンナの指差す先には、一際大きなクラゲが上陸していた。他のクラゲが体長一メートルなのに対して、そのクラゲは五割増なサイズであった。


「アレは大型の水神の使いだね。水神の魔石を直接落とすから、ボーナスキャラではあるんだけど……」


「あるんだけど……?」


 ボクはチラリと周辺の様子を見渡す。浜辺にはイベント参加者が増えており、ベテランも新人も入り混じっている状況だ。これは、少し注意が必要だな……。


「みんな、聞いてくれ! あの大型は反撃するから気を付けて! 腕に自信が無ければ、手を出さない様に!」


 仲間に向けた声は、他の冒険者にも届いたらしい。全ての冒険者が、警戒する様に距離を取り出した。


 しかし、そんな中でも挑む者は現れる。腕に自信の有る、この二人である。


「へえ、面白そうじゃね?」


「まあ、飽きて来てたし?」


「「いっちょ、挑んでみますか!!」」


 他のクラゲを無視し、一目散に駆けて行くドリーとグラン。その姿を、他の冒険者も遠巻きに眺めていた。


 ボクとアンナも、手を止めて観戦を行う。後々を考えると、その強さを確かめておくべきだろうからね。


「エンチャント・ウェポン!」


「サンキュ! マジ助かる!」


 二人はそれぞれの剣に、雷属性を付与したみたいだ。それが出来るだけでも、彼等は他の冒険者より優位だと言える。水神の使い相手に、圧倒的なダメージを叩き出せるのだから。


「ちょ! マジ痛くね……!?」


「やべ! こいつ堅え……!?」


 二人は無数の触手を盾で捌き、隙をついて攻撃を繰り返す。その見事な連携に、他の冒険者からは感嘆の声が上がっている。


 二人はかなり余裕を持って対峙しているが、周囲の冒険者にはそう見えないのだろう。二人掛かりで必死に挑み、ようやく相手取れると感じている風に見える。


「よっし! やっと倒せたべ!」


「これって水神の魔石じゃね?」


 グランは足元に転がる魔石を拾い上げる。そして、二人でニヤリと笑う。どうやら、こっちを倒した方が、手っ取り早いと気付いたのだろう。


 実際、ドリーとグランはクラゲを、一体一分のペースで倒していた。それに対して、大型は倒すのに三分であった。


 水神の魔石は、欠片十個分と同じ価値を持つ。つまり、小型を十体倒して十分掛けるより、大型一体を倒して三分の方が、圧倒的に時間効率が良いという事なのだ。


「よし! 次に行ってみんべ!」


「おぉ? アレがそうじゃね?」


 海からは数体の大型が上陸し始めていた。数としては全体の一割にも満たない。しかし、彼等はそれを独占状態で狩り始めた。


 周りの冒険者も続くかと思ったけど、彼等は小型に対象を絞っていた。危険を冒してまで、効率を求めるつもりは無いみたいだ。


「さて、ボクはどうするかな……?」


 死霊術が使えれば、苦労する相手では無い。しかし、ここでアンデッドを召喚すれば、浜辺が混乱状態になる事は容易に想像出来る。どうもこの世界では、一般的に死霊術士ネクロマンサーが認知されていないらしいのだ……。


 となると、黒魔術師の魔法で戦う事になる。錬金術師のホムンクルスは、維持出来る時間が十分程度で、ずっと使い続ける事は出来ないしね……。


「お兄ちゃん……?」


 ボクはジッとアンナを見つめ、自らの手をポンと打つ。そして、アンナの肩に手を置いて伝える。


「アンナはルージュと組んで、大型を相手すると良いよ。そうすれば、二人の効率はもっと上がると思うから」


「うん、わかった……!」


 アンナはそう言うと、ルージュの元へと駆けて行く。そして、アンナに話を聞いたルージュは、半泣き状態で喜んでいた。こちらへ何かを叫んでいるが、距離があるので意味までは聞き取れないな……。


 さて、それじゃあ、ボクはボクでペアを組むか。という訳で、ギリーの元へと歩いて行く。


「ギリー、一緒にやらない?」


「ああ、いつものやつか……」


 ギリーはすぐに理解の色を示す。効率重視のペア狩りは、これまでに何度も行って来たからね。今更説明しなくても、彼なら当然わかってくれるよね!


「じゃあ、基本は大型狙いで宜しく」


「うむ、任せておけ……」


 そして、ボクとギリーの狩りが開始される。いつも通りの、効率重視のペア狩りが。


「イーグル・ショット……!」


「エナジー・インジェクション」


 ギリーが高威力のスキルを連打する。そして、消耗した精神力をボクが回復させる。これが、ボクとギリーの黄金パターンだ。


 そして、大型相手に試してみたけど、処理時間は一分程度。黒魔術の『バインド』による足止めも効いた為、ギリーは攻撃のみに注力する事が出来た結果だ。


「うん、これならかなり稼げるね」


「ああ、奪い合いにならなければな……」


 ギリーは大型の奪い合いを懸念しているらしい。しかし、その心配は杞憂というものだ。実際、ドリー&グランの組、アンナ&ルージュの組み、ボクとギリーの組みと、三組しか大型には挑んでいない。浜辺には十数体の姿が見える為、奪い合いの心配は無いだろう。


「ん……?」


 視界の端で、砂煙が上がっていた。何事かと目をやると、そこには何故か、魔石を手にするハティの姿が……。


 ハティは魔石を確かめると、その場に座り休憩に入る。どうやら、消費した精神力の回復待ちの様子だ。


「マジか……」


 ハティは爆裂波動拳による、大型狙いを選択したらしい。当然ながら一撃で粉砕出来る。中距離から打てば攻撃を受けない。そして、今のハティなら十分程度の休憩時間で再使用が可能だ。


 ボク達程の時間効率は出ないけど、あれなら魔石百個に届く気がする。ハティの中では、あれが最適解という事か。


「後はロレーヌか……」


 ギルは元々のスペックのお陰で、魔石百個を稼げそうだった。こちらは特に心配していない。


 しかし、ロレーヌも攻撃能力は、ギルに近いスペックなのだ。しかし、何故か調子が出ていなかった。午前中のペースのままだと、一人だけ魔石百個に到達出来ないが……。


「え……?」


 見るとロレーヌは、機械的な動作でクラゲを処理していた。実に手慣れた動きで、的確に急所を狙っている。


 ……しかし、その顔は無表情だった。何故か、半眼で無心に狩り続けている。


「悟りでも開いたのか……?」


 普段が笑顔なだけに、その違和感は凄まじかった。ただ、あちらも水神のダガーを入手出来そうだ。とりあえず、問題無しとしておこう……。




 そんな感じで、ボク達は順調にクラゲを狩り続けた。それこそ、気の遠くなる様な数を、ただひたすらに狩り続けた……。


 そして、空が赤く染まり始めた頃に、想定外の出来事が発生する。


「なんだ……あれは……?」


 そいつは、海から上陸して来た。他のクラゲ同様に、ゆっくりと浜辺に向かって。


 見た目は他のクラゲと違いが無い。しかし、そのサイズが異常だった。大型の二倍程度。つまり、三メートル程の超巨大サイズだったのである。


「アレク、奴も獲物なのか……?」


「うん、多分……」


 あのサイズはボクの知識に無い。恐らく、『ディスガルド戦記』のイベントでは出現していないはずだ。データが無いのでハッキリした事はいえない。しかし、大型クラゲより強いのは、間違いないのだろうが……。


 さて、どうしたものかと考え込む。すると、ここでもまた例の二人が飛び出して行った。


「アレってボスなんじゃね?」


「じゃあ、美味いんじゃね?」


「「いっちょ、試してみますか!!」」


「あ……!?」


 一目散に駆けだして行くドリーとグラン。ボクは慌てて二人の後を追う。相手の強さがわからない以上、あの二人でも致死量のダメージを受ける可能性がある。最悪に備えて、ボクもサポートに回らなければならないだろう。


 そして、背後からギリーの気配を感じる。ボクの事を追い駆けてくれているのだろう。彼の存在を感じ、ボクは未知の敵への恐怖が、和らいで行くのを感じていた……。


 うん、この四人で挑めば問題無い。レイドボス級で無い限り、そう簡単に負ける事は無いはずだ。


「って、近寄れねえし!?」


「マジ、痛えんだけど!?」


 先駆けてクラゲと対峙するドリーとグラン。しかし、巨大クラゲの触手ラッシュで、二人は防戦一方となっていた。何とか盾で防いでいるが、反撃の隙が見つからないらしい。


「イーグル・ショット……!」


 そして、二人に代わって、ギリーが反撃を行う。彼の矢は真っ直ぐにクラゲに向かい、その胴体に命中した。


「何……だと……?」


「うわ、マジか……」


 ギリーの矢は巨大クラゲの身体に刺さった。ただし、矢じりの部分が、何とか潜り込む程度の浅さで……。


 アレでは大きなダメージとなっていないだろう。奴は物理耐性が高いのだろうか? そうで無ければ、ギリーのスキルが軽傷だなんて、有り得ない事態だ……。


「ライトニング・ボルト……!」


「オオォォォ! 掛かって来い!」


 気付くと、アンナとルージュも参戦していた。アンナの魔法は有効みたいで、巨大クラゲは身をよじっている。そして、ルージュはアンナが狙われない様に、ウォークライで気を引いていた。


「ふむ、魔法は効果有りか……」


 その事実にホッとする。魔法まで効果が薄ければ、今のボク達に勝ち目は無い。ならば、魔法主体でボクも攻撃に回ろうかな?


「アレク様! ご無事ですか!?」


「ボス! アレ、倒せるの!?」


 ギルとロレーヌも合流して来た。まあ、あんな大物の相手してれば、嫌でも目立つしね。他の冒険者達も、今ではすっかり観戦モードだ。


「まあ、なん……とか……」


 ボクは答え様として、その途中で言葉が止まる。というのも、ハティの動きに気付いた為だ。彼は巨大クラゲの背後に、コソコソと移動していた。


 ……え、まさか、やる気なの?


 巨大クラゲの攻撃は、ルージュが一手に引き受けていた。ドリーとグランは手が出せない為、今ではルージュのサポートに回っている。そんな状況もあり、ハティは巨大クラゲに無視されている。


 そして、ハティは角度を計算し、安全な位置を確保出来たらしい。満足そうに頷くと、気功を練り始めた。


 ……って、ルージュ達が気付いて無いよね? 直撃はしないだろうけど、流石に余波は受けるんじゃないか?


「ルージュ! ドリー! グラン! ハティが例のを打つよ!!」


 ボクの声は何とか届いたみたいだ。彼等はハッとした顔で、ハティの位置を確認する。そして、金剛の構えに移行しているのを見て、慌てて距離を取り始めた。


 しかし、タイミングが少し遅かったかもしれない。ハティは縮地からのコンボを、既に発動させていただのから……。


「爆裂……波動拳……!!」


 ――ドバン!!


 ハティの攻撃を受け、巨大クラゲは弾け飛んだ。その身は粉々に四散し、周囲へ体液を撒き散らしていた。当然、近くにいたルージュ達は、体液まみれとなっていた……。


「うわぁ……悲惨な状況だね……」


「一度、ホテルに戻るべきですね……」


 ロレーヌとギルは、若干引いた様子だった。まあ、クラゲの欠片と体液でドロドロな状態である。正直、ボクも近寄りたいとは思わないけど。


 しかし、ハティはその様子に気付いていない。巨大クラゲのドロップである、大量の魔石に目を輝かせていた。


 ……倒せて良かったけど、ハティは三人に袋にされるかもね。


「ふっ……。どうやら、これで終わりの様だな……」


「ん……?」


 ギリーの声で初めて気付く。他のクラゲ達が、一斉に海へと帰り始めているのだ。夕日もそろそろ完全に沈みそうだし、これでタイムアップという事か。


 まあ、成果は十分だろう。ボクも魔石のノルマはクリアしている。恐らく、仲間達も必要量は集まっているはずである。


「じゃあ、ホテルに戻って、最後の夜を楽しもうか」


「ああ、そうだな……」


 ボクはギリー達と連れ立って、ハティ達の元へと向かう。責められているハティの仲裁をする為である。


 そして、ホテルに帰って、お風呂に入ったら、その後は最後の晩餐会だ。何せ明日は、ヴォルクス行きの船に乗る日だからね。




 ――こうして、メインイベントの水神祭が終わりを迎える。そして、アトランティス諸島の四日目が終わりを迎えた。

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