第38話 アレク、アンナを鍛える④
――ヴィルクスに向かって十二日目。
道のりは順調で、後二日程度で到着出来そうだ。
そして、アンナの修行も順調に進んでいる。
今のアンナは黒魔術師Lv12となった。低レベルの内はレベルが上がりやすいとはいえ、これはかなりのハイペースと言える。
ボクやギリーの時は村での生活もあり、一日中レベル上げだけを行う事は出来なかった。
その為、ボク達が一か月掛けて上げたレベルを、アンナはその半分の時間で育った事になる。
……もしかしたら、アンナはボク以上で、天才美少女魔法使いになるかもしれない。
「アレクお兄ちゃん、今日は何をするの……?」
気が付くとアンナがボクを見上げていた。不思議そうに首を傾げる仕草は、ミーアを思い出させてとても可愛い。
それと同時に、ミーアを思い出して切なさも蘇って来る……。
「……ああ、ごめんごめん。今日はマッドゴーレムを狩る事にしよう」
「マッドゴーレム……?」
ボクは頷くと、眼前に広がるフィールドを見る。ここはゴーレム湿地と呼ばれる、沼地のフィールドである。
ぬかるんでいる沼地にはカエル型の魔物やリザードマンが生息している。数も多く面倒な相手なので、基本的には沼地に近寄らない方が良いだろう。
ボク達の獲物は、今言った通りに『マッドゴーレム』である。泥の体を持つゴーレムで、その高い防御力と体力から非常に厄介な相手と言える。
しかし、魔法防御力が極端に低く、風属性が弱点という特徴を持つ為、エア・カッターを覚えていれば、非常に美味しく狩れる相手でもある。
……もっとも、前述のカエルやリザードマンが厄介なので、黒魔術師のソロ狩りは推奨出来ない。
ゲーム内でも、高レベルのプレイヤーが、サポートする場合に重宝された狩り場であった。
「ほら、あそこに泥の小山があるでしょ? あそこに向かってエア・カッターを撃ち続けて」
「あれに……?」
アンナは不思議そうに泥の小山を見つめる。丸まって、じっとしているマッドゴーレムは、遠目には魔物に見えない。
しかし、立ち上がると三メートルを超える巨体であり、前衛職ならLv30以上が適正となる、ビギナー殺しの魔物なのだ。
「ギリーは周囲の警戒をお願い。カエルやトカゲが来たら、全部倒して魔石を回収しといて」
「ああ、了解した……」
ギリーは小さく頷くと、手に持った弓矢を構える。
そして、沼地から顔を出していたカエルを打ち抜く。魔物とはかなりの距離があった。ボクの魔法では射程距離に入らない位にだ。
……うん。この調子なら、アンナに魔物が寄って来る事はなさそうだな。
「それじゃあ、始めようか」
「はい! ……エア・カッター!」
アンナは離れた場所にいた泥の小山に、風の刃を飛ばす。その風刃が小山を小さく抉ると、急に小山がもぞもぞと動き出した。
「え、動いた……!?」
「さあ、どんどん撃って行こうか」
アンナが目を丸くしていた為、ボクはポンと彼女の肩を叩く。すると、彼女はハッとして魔法を再び唱え始めた。
小山はすぐに人型へと変わる。そして、キョロキョロと周囲を見回して、アンナの姿を視界に入れた。
「エア・カッター!」
アンナの魔法が再び放たれる。先ほどの攻撃は背中を抉った様だが、今回は胸の泥が削り取られる。
マッドゴーレムは感情を感じさせない動きで、ゆっくりとこちらへ向かって来る。
「あ、バインドはいらないから、エア・カッターだけね」
「う、うん、わかった……!」
マッドゴーレムは動きが遅いので逃げ撃ちが可能。逃げ撃ちとはその名の通り、逃げながら、魔法を撃つ行為である。
マッドゴーレムは足が遅いので、走って逃げれば距離を稼げるのだ。
「エア・カッター!」
「よし、少し走って距離を開けようか」
ボクはすかさずヘイストをアンナに掛ける。これによって移動速度が上がって、逃げ撃ちがやりやすくなったはずだ。
ボクとアンナは少し走る。そして、マッドゴーレムとの距離を確認して、再び魔法を唱え始めた。
「エア・カッター!」
エア・カッターにより、再びマッドゴーレムの体が削られる。
アンナの顔を見ても程よい緊張感であるし、この調子なら問題なくマッドゴーレムを狩れそうである。
「ん……? あれは……!?」
ボクは視線の端に移る存在に、思わず目を見開く。
ボクが見つけた存在は、不定期に色を変える七色のスライムであった。
「ギリー、ここは任せた! ボクはあのスライムを叩く!」
「え、おい、アレク……!?」
ボクは走り出しながら、自身にヘイストを掛ける。途中でカエルやトカゲが顔を出すが、それらは全て無視だ。
今のボクの目には、七色のスライムしか映っていない。
スライムはボクに気が付いたのか、ゆっくりと逃げ出そうとする。
しかし、ここで逃がす訳にはいかない。一気に距離を詰めると、手にした杖でスライムを叩く。
「はあっ……!!」
ボクは手にした杖で、スライムを強打する。
そして、そのまま力の限り、スライムを杖で叩き続ける。スライムは抵抗するでも無く、ただひたすらに殴られ続ける。
「うりゃりゃりゃりゃ……!!」
このスライムの名前は『ミスティック・スライム』。
魔法や弓の様や遠距離攻撃を無効化し、あらゆる攻撃を1ダメージに抑える高い防御能力を持つ。
しかし、倒すと必ずレアアイテムを落とすというボーナスキャラだ。
滅多に見つからないレアキャラでもある為、ゲーム内では見つけたプレイヤーが一目散に叩く魔物なのだ。
「たぁっ……!!」
右に、左に、ひたすらに叩く。およそ、30発ほど殴った所で、ようやくスライムに変化が起こった。
殴られ続けたスライムは、プルプルと震えて弾け飛ぶ。
そして、弾けた欠片が地面に消えて行くと、その場に一欠けらの結晶が残されていた。
「よし、来た……!」
ボクはその結晶を拾い上げる。その結晶は薄い水色であるが、中には虹色の輝きがぼんやりと浮かんでいる。
このアイテムは『時空の欠片』と呼ばれるアイテムだ。主に時間や空間に関するマジック・アイテム作成に必要となる素材である。
「ん……?」
ふと振り返ると、ボクの背後に複数の魔物が迫っていた。
カエル型の魔物とリザードマンが数体であるが、無我夢中で走ったせいで、気付かぬ内にトレインしてしまったらしい。
ギリーは困った表情でこちらを見ていた。アンナがまだマッドゴーレムと交戦中の為、こちらへの加勢が出来ずにいる様だ。
確かにボクの加勢とアンナの護衛なら、優先されるのはアンナの護衛で間違っていない。
「えっと……邪魔っ!」
ボクは手にした杖でカエルをフルスイングする。
そして、迫りくるリザードマンにライトニングボルトを叩き込み、攻撃を回避しながら距離を取る。
「これでどうだ……サンダー・ストーム!」
ボクが放った新スキルにより、広範囲へ雷が降り注ぐ。
威力はライトニングボルトと同等だが、範囲攻撃であり、低確率の麻痺とノックバックという効果が付いている。
サンダー・ストームによって、全ての魔物が一掃された。今の威力を見る限りでは、Lv5まで上がっている様だ。
恐らくは、ケルト村で兵士を殺した経験値によるものだろう……。
「まあ、取り合えず……」
ボクは手の中のアイテムに目を落としてニヤリと笑う。そこには先ほど同様の輝きを持つ、『時空の欠片』が存在していた。
『時空の欠片』は滅多に手に入らないレアアイテムだ。ゲーム時代では不要なプレイヤーが露店販売していたが、この世界では滅多に出回らないと聞いている。
ならば、このアイテムは自分で使うべきである。詠唱時間を短縮するアクセサリーも悪くない。
しかし、今ならアンナ用にマジック・バッグを作る方が良いだろう。
「さて、喜んでくれるかな……?」
ボクはウキウキしながら、アンナとギリーの元へと足を進めた。
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