幕間 Happy New Year!

 ユーステス邸、シイナの部屋。

 背の低いテーブルに布団をかけたもの……こたつの中にエリカとシイナは半身を入れていた。しかめっ面のエリカが唐突につぶやく。


「つまんないわ」

「何よ急に」


 頬杖をついたシイナは窓から空を眺めている。エリカは力強く続けた。


「だって、だって」


 シイナはため息をつく。この話題には飽き飽きしていた。そんなシイナをよそにエリカは爆発する。


「キイチ君と会えないんだもの!」

「仕方ないじゃない。年末年始はイベントが多い。必然的に人も吸血鬼も増える。すると」

「テロが増える! わかってるわよそんなことは!」


 少女は吼え続ける。


「クリスマスだってお仕事だったじゃないの!」

「私に言われても……」


 ぶんぶんと首を振り、エリカはさらに続けた。


「吸血鬼連中が弱いのがいけないんじゃない! キイチ君抜きでも何とかしなさいよ!」


 シイナはやっとエリカの方を向くと、大げさに非難の声を出す。


「おーおー。両種族友好のシンボルとは思えぬお言葉」

「だって、だってええ」


 ついにエリカは泣き出してしまった。

 再びシイナはため息をつく。


「あんたはもう、すぐ泣くんだから」


 そっとエリカの背をなでる。しかしシイナの関心はすぐに別の場所へ移った。


「それにしてもこの、なんだったかしら。一度入ったら出られないわね」

「コタツよコタツ。私がもともといた国の伝統的な暖房器具なの」


 エリカは涙をぬぐう。


「お父様に頼んで作ってもらったかいがあるわー」


 シイナはエリカの背から布団の中へと手を移動させた。


「もういい。シイナ、遊ぶわよ」

「いいけど、ここから出ないものにしてねー」

「トランプ!」

「却下」

「どうしてよ。二人でだってできるわよ!」

「あんた弱いもん。私がつまんないわよ」


 ぐっと唇を噛むエリカ。


「今日は勝つわよ!絶対!」

「却下と言ったら却下―」

「良いからするの!」

「ええ~」




「うわああああん」


 エリカの泣き声がこだまする。


「逆にすごいわよ。0勝50敗なんて」

「どうしてなの!」

「こっちが聞きたいわよそんなの」

「もう!つまんないつまんないつまんないい!」




 学院からほど近い広場。

 人でごった返している。その隅でキイチは空を見上げた。ツルギが話しかける。


「どうした」

「いや、エリカの声が聞こえた気がして」


 ツルギはどうでもよさそうに返事をした。そしてため息をつく。


「まったく人使いが荒いよなあ」


 キイチもぼんやりと答える。


「まあ、俺たちは人じゃないが」


 ツルギは煙草を一本くわえると、慣れた動作で火をつけた。


「ほんとに来るのかよ?」

「来ないなら来ないでいい。来るなら迎え撃つ。それだけだ」


 茶化すようにツルギは言葉を紡ぐ。


「どうしたよ?いつになく優等生じゃねえの」

「……そうでもしないとこの忙しさを乗り切れねえ」


 キイチもため息をついた。笑うツルギ。


「違いねえな」


 キイチは眉間にしわを寄せる。


「ダメだ。寝てえ」

「言ったそばから。おいおいこれからだぜ?」

「大体人使いが荒すぎるんだよ上は」

「それさっき言った」


 舌打ちするキイチ。ツルギは慣れているのかその舌打ちはスルーし、空を見上げた。


「そろそろ日付が変わって花火が上がる。それが終わるまで何もなきゃ俺らもついに仕事納めだ」

「くそ、眠いな」


 言ってすぐ、キイチの表情は真剣なものに変わった。ツルギはその変化を敏感に感じ取り、問う。


「どうした」


 キイチは低い声で言う。


「火薬のにおいがする」


 ツルギは再び、深くため息をつく。


「お前が言うってことは、花火の火薬じゃねーな」

「ああ。それに移動してる。行くぞ」

「はいよ」


 ツルギは側にいた特殊部隊員に一言二言告げると、キイチの後ろについた。




 同刻。人ごみの中。

 エリカとシイナは身を寄せ合いながら歩いていた。シイナはエリカに小声で言う。


「ねえもう戻らない?コタツが私を呼んでるのよ」

「いや。もう何が何でも年末を楽しんでやるわ。花火だって特等席よ」


 言い始めたら聞かないのだ、この親友は。それでもシイナは帰りたさからさらに言葉を紡いだ。


「でももうこの人よ。いまさら行ったっていい場所なんか取れないわよ」

「いいから行くの!」

「ええ~」


 半ばエリカに引きずられるように歩いていく。


「あ」


 花火が、始まった。年が明けたのだ。エリカとシイナは空を見上げる。その時キイチの声が人ごみに響き渡った。


「エリカ!」


 エリカは声の方を向く。期待に満ちたまなざしで。


「キイチ君!」

「その男から離れろ!」

「え?」


 男?とエリカが頭にクエスチョンマークを浮かべるより先に、エリカのそばにいた男がエリカの首に手を回す。


「ぐえ」

「動くな吸血」


 き、と言い終わらないうちに男の顔面にキイチの膝がめり込んだ。


「エリカに触んじゃねえ」


 短絡的な行動だった。普段の冷静な彼からは想像もつかない。しかし、彼の疲労はピークに達していたし、何より、エリカという存在はいつも彼から冷静さを奪うのだ。


「まったく。単独犯じゃなかったらどうするつもりだよ」


 ツルギはつぶやき、吹き飛ばされ気絶した男に近寄った。


「ていうか生きてんのか? 人間相手に本気出してねえだろうな」


 男は動かないが、息はしていた。それを確認してツルギはほっとする。エリカは一瞬のうちに様々なことが起こりすぎて混乱していた。助けを求めるように彼を呼ぶ。


「き、キイチく」


 またも言い終わらないうちにキイチはエリカを抱きしめた。


「君はただでさえ狙われやすいんだから、外に出るなって言ってあったろ」

「だって、ごめんなさい……」

「無事でよかった」


 良い雰囲気だった。しかしながらキイチの疲労はピーク。行動のタガは外れていた。キイチはすんすんと鼻を動かす。


「ちょ、コラ!嗅ぐな馬鹿!」

「ああ、癒される」


 ぐいぐいと自分から引き離そうとするエリカと、びくともしないキイチ。花火はまだ続いている。嗅がれながら、ああでもこの人が好きなのだとエリカはぼんやりと考える。今年はこの人と一緒にいられるのだ。それが何よりも嬉しかった。


「……あけましておめでとう。今年もよろしくね」

「ああ、こちらこそ」


 二人は決意を新たにする。平穏ではいられないかもしれない。それでも二人で歩んでいこうと。人々の歓声は二人を祝福しているかのように響いていた。




「すっかり蚊帳の外だな。俺らも抱擁でもするかい?」

「冗談はやめてくださる? 死んでもいや」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る