第十七話 編入生

 エリカの部屋。

 朝の光の中、エリカはルリからの手紙を読んでいた。


『バカ息子がごめんなさい。どうかこれからも仲良くしてね』


 返信を書こうとして何度もペンを持ち、便せんに向かう。だが書けなかった。エリカがため息をつくのと同時にシイナの声が響く。


「そろそろ集会よ」

「……わかったわ」


 エリカは机をそのままに席を立った。




 学院講堂。

 吸血鬼も人間も一堂に会していた。学院教師ジュロウ・フォーサイスが壇上に立ち、司会をしている。


「吸血鬼側に編入生が入ったのは皆の知るところと思いますが、本日、人間側に到着の遅れていたもう一人の編入生が到着しました。」


 一人の青年が壇上に上がった。その人物を見てエリカは驚き、また別の場所でキイチは眉をひそめていた。思わずエリカはつぶやく。


「あ、あの人……」


 壇上で青年が口を開いた。


「シドゥラ・アレンと申します。どうぞよろしく」


 シイナは小声でエリカに話しかける。


「かっこいいじゃない。キイチ君にツルギ君といい今年は美形ぞろいね」

「え、ええ」


 丘の上でエリカを抱きとめた青年がそこにいた。青年、シドゥラはエリカを見つけると微笑み、大きく手を振る。エリカは控えめに手を振り返す。大っぴらに振り返さなかったのは恥ずかしさからのような気もするし、キイチへの申し訳なさからのような気もした。粛々と集会は過ぎていく。




 廊下。

 集会を終え、エリカとシイナは歩いていた。目の前に突然人影が現れる。シドゥラだった。


「やあ」


 驚いて二人は目を見開く。その後、エリカとシイナはそれぞれ口を開いた。


「あなたは……」

「こんにちは」


 シイナだけが会釈をした。にも関わらず、シドゥラはエリカばかり見ている。


「君、この間会ったよね。名前はなんていうの?」

「エリカ・ストレンジャーよ。よろしく」

「よろしく!」


 シドゥラはにっこりと笑んだ。


「ちょっと、私のことは無視?」


 わりかしおおらかなシイナもこれにはさすがに不機嫌顔である。


「いや、そういうわけじゃないんだけど。エリカ、いい名前だね。好きだな」


 柔らかな笑みのままシドゥラは言う。不機嫌顔だったシイナはにわかに焦りだした。


「ちょ、ちょっとちょっと、この子はダメよ!許嫁がいるんだから!」


 許嫁という言葉にはじかれるようにエリカはうつむく。


「ううん。いないわよ。白紙になったもの」

「エリカ……」


 シイナはキッと顔を引き締めると、今にも泣きそうなエリカの肩を叩き、木陰に連れていった。


「急になに……?」

「エリカ、これはチャンスかもしれないわ」

「チャンス?」


 エリカは首をかしげる。


「そうよ。題して、編入生と大接近でキイチ君大慌て大作戦!」

「はあ?」


 その言葉のよくわからなさにエリカの涙は引っ込んだ。


「まず確認よ!あなたが好きなのは誰?」

「そ、それは……キイチ君、だけど」


 口に出すのは恥ずかしかった。だが厳然たる事実である。


「そう!喧嘩はどっちかが一言謝ればいいのよ?あんたは無理そうだからキイチ君を焦らせることによって謝らせてしまおう……という作戦よ」

「は、はあ?」


 理解はできても飲み込み切れない。


「はあじゃない!やると決めたら徹底的にやるわよ!」


 エリカは唇を引き結んだあと、小さく言葉を紡ぐ。


「キイチ君は、私のことなんかどうでもいいのよ。乗ってこないわ」


 そんなエリカのメランコリックはシイナには通用しない。


「だまらっしゃーい!やると言ったらやるの!」

「そ、そんな強引な……」


 もごもごとエリカが反論できずにいると、いつの間にか近寄っていたシドゥラが後ろに立った。


「ねえ」


 再び驚く二人。バッと振り返る。シドゥラは二人の顔を交互に見ると、口を開く。


「よかったらでいいんだけど、俺に学院、案内してくれないかな?ここ広くてさ」

「い、いや……」


 エリカが断ろうとするのを大声でシイナがかき消す。


「もちろん!でも私は忙しいから、エリカと二人で行ってね!」

「シイナ!」

「じゃ、頑張って!」


 むくれるエリカをよそにシイナは去っていった。今からでも断ろう、そう思って口を開こうとしたエリカの耳が黄色い声を拾う。


「キイチ様―!」


 思わずそちらを向いた。いつもと変わらずにこやかなキイチが歩いてくる。


「どうしたの?行こうよ」


 シドゥラがエリカの腕をとった。キイチは一瞬エリカを見るがすぐに視線を進行方向へと戻す。エリカは泣きそうになった。が、それも一瞬。エリカの心を怒りが満たし始める。もとはといえばアイツが悪いんじゃないか。なんで私が泣かなきゃいけないんだ。エリカはむくれた。もはや自棄である。


「わかったわ!行きましょう!」


 エリカはシドゥラの手をやんわりと外すと、ずかずかと廊下を歩き始めるのだった。

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