コドラ――3話

 青炎龍がコドラを振り払い、壁に体を打ち付け始めた。

 吼える口から暗く重たいヘドロが落ちていく。それが地面や壁に吸い込まれて行くのを見ると、キビキはこれが魔物石を生んでしまうのだろうな、と思った。

 青い炎の爆ぜる音に耳を澄ませると、声が聞こえる。


『祈らなきゃ。助けなきゃ。私が……』

『私は神山の巫女。私が救わなきゃいけないのだから』


 聞こえる声はか細く震えている。

 あぁ、そうか、とキビキは思う。救いを求める声が彼女に押し寄せて責め立てるのだ。

 外の人々の平和のためにこの社に送られたばっかりに、人々の苦痛は自分の力不足のせいだと思わずにはいられないのだ。


「コドラ。彼女を助けるにはどうしたらいい?」

 キビキが聞くとコドラは少し間を置き「死なせてやるしかないのだろうな」と言った。

「なんだって……?」

「もう千年なのだ。彼女の心は限界だろう。あとは静かに……」

「ふざけるな!」

 コドラの言葉を遮り、キビキが叫ぶ。


「千年もこんな所に縛られて、そのまま死ぬなんて酷すぎるだろう! 自分の為になんて生きてないじゃないか! 生きた意味なんてまだ何一つ掴んでないだろう!それじゃあダメだってコドラが言ったんじゃないか」


「……あぁ、そうだな。そうだったな。今回もやってみるか」

 コドラは答える。その声は強く、決意が滲んでいた。


「キビキ。彼女を外に出すぞ」

「分かった」

 キビキとコドラは目的を一つにし、上を見た。コドラは手の平ほどの分体を地上に飛ばし、残りの本体で暴れる青炎龍を押さえつける。

「この騒動で湖の底が弱くなっている。そこを狙って崩せ」


 その言葉に従い、キビキはピョンピョンと土砂や転がる岩の上を飛んで湖の底、この空間の天井に拳を叩きこむ。

 けれど底はびくともしない。なのでキビキはそこら中に蠢く魔物石を捕まえ、それを底に投げつけては爆発させた。

 けれどゴロゴロと底の岩が少し崩れて落ちるだけ。崩すには圧倒的に力不足だった。

 それどころか青炎龍はキビキを狙って攻撃を仕掛ける。

 このままではここで負けてしまうと思ったキビキは、咄嗟に一つの可能性に思い至る。


「コドラ! 魔素の濃い魔物石はないか⁉」

「本殿の中に魔物石の花が咲いている」

 そう聞いたキビキは本殿に飛び込んだ。

 そこには確かに一輪、赤黒い魔物石の花が咲いていた。魔素が溢れてぽたぽたと水滴になり滴るほど、魔素が濃い。

 キビキはそれを手に取った。


「俺が魔物になったら、今度こそ殺してくれよ」

 そう呟きながら、キビキはその花を食らう。

 飲み下す喉が焼けるように熱い。作り変えられているのか、体中が軋んで痛い。

 それに何より、魔物石がキビキに訴えかける。


『そんなに悲しいのに、守る価値はあるのか?』

『人を根絶やしにしろ』


 そんな声が体の中の魔物石から響いてくるのだ。それに合わせて誰かが酒に流した悔しい記憶や、苦しかった思い出が見える。


『そんなに苦しめるのは誰だ? 人を人とも思わぬのは誰だ?』


 そう問い続ける魔物石に、人は成長していけるのだと言葉を返せばいいのだけれど、キビキの過去がそれを止めている。

「あぁ、そうか」

 キビキは気付いた。

 この声に負ければ暴れ回る魔物になり、勝てば自我のある魔物になるのだろう。


「だったら負けるわけにいかねぇだろうが」

 頭が軋んで、体が大きくなり、肌を覆う宝石たちが妖しく煌めく。今までよりもずっと魔素を感じられるようになっている。

 自分は魔物になってしまったのだろうかとキビキは自身に問い、そしてやめた。


 キビキはヨタヨタと立ち上がり、本殿の外に出る。

 そこでは青炎龍が苦し気に暴れ、コドラがそれを必死で押さえ付けている。

 息を整え、心を落ち着けても未だに聞こえる魔物石の声。けれど体には力が溢れて仕方がなかった。今ならできる、とキビキは確信する。

 湖の底を突き崩し、青炎龍から皆を守れる。

「俺は、魔物になっても俺だ」


 そしてキビキは飛び上がった。先ほどよりも強く、早く。

 辺りに漂う魔素を取り込んだ拳は湖の底を突き破り、地下の社に葡萄酒が流れ落ちる。

 すぐに湖を支えていた地面の全てが崩れだし、地下の社は葡萄酒の底に沈んでいく。


「私につかまれ、キビキ! 一気に出るぞ!」

 必死に叫ぶコドラは青炎龍を抱えたまま、滝のごとく落ちる葡萄酒の中に飛び込む。キビキはどうにかコドラの背につかまり、流れに逆らって地上を目指す。

 昨日までとは違って、息ができなくてもたいして苦しくない。

 本当に魔物になってしまったのだなと思うと同時に、ゲンたちは変わらずにいてくれるだろうかと不安にもなる。


 そんな事を考えながら飛び出した空から見えたのは、酔いどれ森に大槍や大砲、大型魔法の矛先を向ける人間たちの姿。

 百年目の大災害が始まった。


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