第二章 居場所
2ー1 風色の救いの手
【第二章 居場所】
◇
「う……」
目が覚めた。生きている。見上げた天井は見知らぬものだった。
「イヴ……」
いつも隣にいるはずの人の名を呼んで、思い出す。燃え盛る炎の向こう、消えていった兄を。
「イヴ!」
叫び身を起こした瞬間、激痛。たまらずベッドに倒れ込む。
そこへ。
「まだ治ってないんだ、無理に動くと危ないぜ?」
声がした。
緑の頭が視界に映る。青い瞳がリノヴェルカを見た。鋭く釣り上がったその瞳は、どこか鳥を連想させた。
肩にタカを留まらせた青年は、芝居がかった仕草で礼をした。
「俺は風の神ガンダリーゼ。風の亜神はご機嫌麗しゅう」
「風の……神?」
「神がそこらにいるのが珍しいか? いいだろ別に。あんたの父さんも人間と交わったんだしさ」
くつくつと風の神は笑った。
風神ガンダリーゼ。この世界“アンダルシア”の風の神。自由を愛し、気紛れに動く。彼はいつも緑の目をしたタカを連れており、緑の目のタカは彼の象徴として神聖視されている。
青年の肩に乗っかったタカは、緑の目をしていた。
人間と神との間に生まれた亜神がいるのだ、神が地上を歩いていたって、おかしくはないのだろう。
リノヴェルカは問うた。
「イヴは……兄さん、は」
「海の亜神のことかい? 生きていた……はずなんだが見失った。悪い、わからない。それに」
風の神は、指ぬきグローブに包まれた人差し指をリノヴェルカに突きつけた。
「捜せとか言われても協力はしないぞ。俺たち神々が地上に関わるのは、通常なら御法度だ。ただ……俺の眷族の亜神が死にそうになっていたから助けたってだけ。傷が癒えたら出て行ってもらうからその点は覚悟しておけ」
リノヴェルカは頷いた。
「わかり、ました……。ありがとう、ございます……」
「敬語は不要。地上に降りた以上、今の俺は大した力を持っていない」
悪戯っぽく彼は笑った。
◇
イヴュージオの助けがあったって、リノヴェルカの負った傷は重かった。風の神はリノヴェルカの手当てをしてくれたが、痕は残るだろうと伝えられた。
「俺じゃなくって、大地の女神とかがいれば完治は可能なのだろうけどさ。悪いね。風は破壊専門で、修復は得意じゃないのさ」
彼はそう、苦笑していた。
しかしそれでも、傷は確実に治っていった。リノヴェルカは少しずつ動けるようになった。
『生きろ』炎に包まれた兄に言われたその言葉。約束は果たせそうである。
「神様って……優しいんだ……」
思わず呟いたら、どうかな、と返された。
「そうとも限らないぜ。氷の神なんかさ、あいつは基本的に慈悲がない」
「でも風神さまは、優しい」
「気紛れを優しさと呼ぶのかって言われると、微妙なんだけどな」
風の神は苦笑した。
そしてそれからさらに数日。
怪我も治り、リノヴェルカは完全に回復した。風の魔法を操ったり走ってみたりするリノヴェルカを見、風の神は告げた。
「もう、ここでの日々はおしまいだ」
リノヴェルカは頷いた。『傷が癒えたら出て行ってもらう』、そう風の神は言っていた。
出て行っても、行くあてなどあるわけがない。しかし確かに生きている。生きているならば希望はある。
リノヴェルカは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、風神さま」
「達者でな、風の亜神よ」
言葉と同時、
空間が歪んだ。
はっと気がついた時、そこにはしばらくの間過ごした家はなかった。
まるで夢でも見ていたかのように。
けれどそれは夢ではない。あの日の火傷は確かに癒えている。風の神は確かに、リノヴェルカを助けたのだ。
「……生きて、みよう」
呟いた。
兄に風の神に助けられた命。今がどんなに泥沼の状況でも、生きていればきっといつかは何かを掴めるはずだから。
リノヴェルカは前へ進む。
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます