「鏡よ鏡よ鏡さん この世で一番美しいのは誰?」「先輩だと思いますがボクの名前は加賀美です」

らんたんるーじゅ

1日目 

「鏡よ鏡よ鏡さん。この世界で一番美しいのは誰でしょう?」

「あーはいはい。先輩ですよ先輩。貴女が地球上に存在する生きとし生ける者の中で最も美しい容姿の持ち主です」


玄関を開けると視界に入るのは眩いほどの朝日。そしてその先には光を背中で受けるようにして僕の登場を待っていた先輩が立っていた。

緩やかに巻かれた毛先も相まって『ふわふわとした』そんな形容詞が似合う容姿。


「むぅ。なんか段々と返答が雑になってません?わたくし、こうやって鏡さんに話し掛けるのが毎日の日課ですのに。毎日楽しみにしておりますのに」

幼い子供のようにぷくりと片頬を膨らませる先輩は、僕の肩ほどしかない身長と相まって僕より1つ上ということを思わず忘れてしまいそうになる。


「だったらそんなエンタメを提供している僕の名前もそろそろ覚えてくれると有難いんですが。僕、鏡じゃなくって加賀美って言うんですよ」

「……?何を今更?ですから鏡さんでしょう?」

「いや、文字がね?」

「駄目ですわ!文字とかそういうことを仰るのはいけませんわ!これは会話ですのよ。あくまで音声でのやり取りですのよ。だから貴方が加賀美じゃなくって鏡としての役割を期待されているということに最後に気付く……というのがこの話のオチになるはずでしたのにっ!」

「ええ……初耳。というか最初の時点でボクは貴方から鏡扱いされてるって気付いてましたから、そのオチ自体破綻してませんか?」

「むぅ。面白いお話だと思ったのですが……。叙述トリックというのは難しいものですわね」

「人の名前を勝手にトリックに組み込まないで下さい……。っていうより毎回同じ質問をされて毎回同じ返答をする僕の身になって下さいよ。あの童話で鏡が白雪姫に鞍替えした理由が何となく分かって来たんですけどね?きっとあれ単純に同じ質問に同じ答えを返すのが面倒になったんですよ」

「まぁ!つまり鏡さんも飽き始めていると?この私との優雅な朝の会話に飽き飽きしていると?よく美人は3日で飽きるなどと言われますが……。まさか私もそれに含まれてしまうなんて!ああ私の美貌が憎いですわ!」

「無駄にポジティブ~」

オーバー気味にその両腕を自身の身体に絡ませて、恐怖しているかのような演技を見せる先輩。そんな芝居がかった仕草ですらもサマになっているのだから、顔が良いというのはそれだけでズルい。


「……けどなんでボクなんですか?」

「はい?」


「確かにボクは加賀美って名前ですけど、まさかそれだけで毎朝ボクの家まで来てるって訳でもないでしょう?無駄に美人で無駄に金持ちで無駄に頭が良い先輩が、無駄なく普通のボクを気に掛ける理由が皆無だと思うんですが」


――私だけの鏡になって頂けませんか?

それが1週間前。二人きりの美術室で先輩が発した言葉。

それから1週間。その言葉に首肯した僕の元に彼女は毎朝やって来る。

たった1つの質問を鏡に向けて発するために。


けれどもその契機となった美術室の一幕は、少なくとも僕からすれば脈絡が全くない突発的なイベントでしかなく。だとすれば一体何が先輩を僕の元へと脚を運ばせるのだろうか。この謎極まりない朝の日課が開始された1週間前からずっと気になっているその疑問に、しかし先輩は別の言葉尻を捉えて顔を歪ませる。


「はぁ?貴方が普通?もし本当にご自身のことをそう思われているのでしたら、認知科学あたりを勉強しては如何でしょう?」

「何故!?ってか認知科学ってどういう意味か分かってます?字面だけで選んでませんか?」

「失礼ですわね。完膚なきまでに理解しておりますとも。つまりこれは貴方、もしくは私が人工知能であるという伏線ですわ!」

「朝のしょーもない会話の中に互いのアイデンティティを揺るがすような伏線入れるの止めて下さいよ」


結局。肝心な疑問は先輩にはぐらかされたまま、二人肩を並べて歩く朝の時間が過ぎていく。気付けばそこは校門の前で。学年が違えば当然目的とする教室も異なる僕らは、いつもこの校門を跨いだところでお互いに分かれることになる。


――ではまた明日


いつも通りのその言葉と共に僕に背を向ける先輩。その後ろ姿を目で追いながら「明日はどんな言葉を返そうか」そんな思案で今日の朝を締めくくり、そしてまた明日、先輩の問いかけから朝が始まる。


これは先輩と僕の益体の無い朝の一幕。


唐突に始まって、きっといつか唐突に終わるであろう、けれどもそれが明日じゃないことだけは辛うじて分かっている。そんなふわふわとした日々の話である。




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