52話 接戦の心得

 3年生内野陣は再び集まる。

 誰もなんと声を掛けていいのかわからない。


 6回表ワンナウト、ランナーなし。5対3。3年生チームビハインド。

 

 点を取って逆転した後の逆転満塁ホームラン。

 3年生チームにとって最悪の結果。


「すまん・・・みんな」

 持田が渇いた声を振り絞って、声を出す。


「持田、切り替えろ」

 橋田が声をかける。


「あぁ、任せろ。何、こんなの慣れっこだ」

 持田の言葉には心が籠っていない。

 内野陣は集まったはものの、切り替えるきっかけが見つからない。


「おいおいおいおい、しょげた顔してんじゃねーぞ、おい!!」

「そうだ、そうだ。びびってんのか!!」 

 石松や他のメンバーの声がベンチから出る。


「そろそろ、この隠れエースの石松様肩作るか、なぁ!!」

 石松はピッチャーなどできない。しかしながら、出場している選手を鼓舞するように声を出す。


「石松・・・」

 橋田が声を漏らす。


「エースは踏ん張る、スタメンが点を取る。取られたら取り返す。自分のことでいっぱいいっぱいになるんじゃねーよ。凹む暇があるのはベンチや応援席のメンバーへの侮辱行為だぞ!!」

 石松は怒ったように吠える。


「任せろ!!」

 持田がベンチに向けて大声を出す。顔にようやく生気が戻る。


「ふんっ」

 石松が鼻で笑い、安心したようにどんっとベンチに座る。


「アウトッ。チェンジ」

 3年生のスタメンがベンチへ戻る。


「ナイスピッチ。エース」

 石松が拳を出す。


「ナイスベンチ」

「なんだよ、ナイスベンチって」

 コツンと石松と持田が拳を合わせる。

 佐藤先生がそんな正面の3年生のベンチの姿を嬉しそうに見つめる。


「さすが、3年生。大崩れはしないね」

 真田が恋に話しかける。


「だねっ」

 恋も頷く。敵であり、本大会では味方である3年生の姿を見て、嬉しくなっていた。

 

 ただ、一人。盛り上がりムードの中、嫌そうな顔をしている選手がいた。

 マウンドに上がる立野だった。


「やべぇな」

 立野は少し安心していた。

(こんくらい点数空いてたら、先輩たちもまぁ睨まんだろう)


 ガキィイイイイン


「あっ」


 盛り上がるベンチ。


(戦犯にならなくて済んだけど、済んだけどよぉ)

 先輩たちがギロっとマウンド上にいる立野を見つめる。

(うわぁ、やっぱり怖ぇよ)


「フォアボール」


 カキーーンッ


 カキンッ


「よし、まずは1点」

 ワンナウト。1、3塁。小林大翔のヒットで1点入る。

 真田が守備陣にサインを出す。

(ゲッツー体制か)

 立野がマウンドをならす。

(お前まで、そんな目で見んなよ、郷田)

 同学年で唯一3年生チームに加わった郷田の睨みも嫌になる立野。 


 シュッ



 ギンッ


(くそっ)

 力んだ郷田のボールは強くショートにいく。


「アウトッ」


 シュッ


「アウトッ」


(あっぶねー、ラッキー)

 立野はほっとする。


「・・・そっ!」

 郷田は悔しがる。

 3塁ランナーの橋田もいいスタートが切れず、点数が入らず、チェンジになった。


「立野先輩」

 真田が声をかける。


「余計なこと考えてますね」

「うっ」

「いいですよ、それだけ余裕があるってことです。相手が勝手に力んでくれるので、ストライクゾーンに投げてくれれば、なんとかなります」

「おっ・・・おう」

 ちょっと厳しめの言葉を真田から言われて、立野はどこにも逃げ場はないと悟った。


「先生」

「何、赤坂さん」

「私、もう一度マウンド行けますので」

 佐藤先生は恋を見つめる。


「その予定はないわ」

 恋が何か言いたそうな顔をする。


「だめだよ、恋」

 真田が注意する。


「肩に負担かかるから」

「全然平気だよ」

「無理する場面じゃない」

 恋は真田と佐藤先生の顔を交互に見るが、どちらも譲る気がない顔をしていたので、諦めてとぼとぼとベンチの隅へ行く。


「先生」

「何、真田君」

「僕は今日はずーっとキャッチャーですか」

 佐藤先生が真田の顔を見る。


「お願いできるかしら?」

「もちろんです」


 7回、8回、9回と持田中心に気迫の籠った投球と守備で手堅く守る3年生チーム。

 なんだかんだで、ピンチを作る立野だったが、7回、8回をなんとか無失点で抑える立野。


 9回裏。


「代打、石松」

 橋田がコールする。


「よっしゃあ」


 キンッ


「アウトッ」

 セカンドフライ。


「代打、石川」


 キンッ

 シュッ


「アウトッ」

 ショートゴロ。


「代打、松本」

 キーンッ

 センター方向に大きく飛ぶボール。

 センターの市川がグラブを構える。

「アウトッ。ゲームセット」

 

 天を見上げる代打陣。

 

 下を向く3年生。

 

「ありがとうございましたっ」

 整列した両軍が固い握手を交わす。


「ありがとうございました」

 真田が郷田に握手を差し出す。


「真田」

「はい」

「赤坂、ストレートと、フォークでグローブの位置でバレるぞ。ちゃんと修正しとけ」

「ありがとうございます」

「・・・あぁ」

 二人は他と同じか、それ以上に強く固く握手を交わす。


「皆さん、お疲れ様でした」

 整列した選手たちの前で佐藤先生が労いの言葉をかける。


「明後日、大会のメンバーを発表します。先にも言いましたが、皆さんは全員が松尾高校野球部のメンバーです。選手として選ばれたメンバーも選ばれなかったメンバーも自身の役割を果たすことでチーム一丸となって1勝、1勝。勝利を勝ち取っていきましょう」

「はいっ」

 満足した顔をした選手はいなかった。


 皆、自身の課題に向き合い、大会メンバーの発表の日を迎えようとしていた。

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