第31話 二人がくっついた記念(後編)

 かおちゃんが話があるというので、ついていくことにした僕だけど、気がつけば鶴橋駅からどんどん離れて行って。


「ここって、高原中たかはらちゅう、だよね」


 10分程歩いて到着したのは、僕らが一緒に過ごした高原中学校の前だった。周りは既に真っ暗になっていて、街灯の薄明かりが僕らを照らしている。


「うん。ゆーちゃんは覚えてる?ここで、色々な事したよね」


 どこか昔を懐かしむように言うかおちゃん。


「そうだね。今のグループで、色々な遊びをしたし、それに……」


 この先を続けるべきか少し迷う。その間に、


「ゆーちゃんと2人でいっぱい遊んだよね」


 かおちゃんに先を続けられてしまった。


「……うん」


 確かに、今でもかおちゃんと遊んだ思い出は大切だけど、このタイミングでそんな事を持ち出す理由は一体なんなんだろう。


「今でも覚えてるよ。卒業式に、ここでゆーちゃんが告白してくれたこと」


 少し恥ずかしそうに、そして切なそうにそんな事を言う、かおちゃん。


「うん。振られちゃったけどね」


 少しおどけてそう言う。今となっては、ほんとに懐かしい。


「そのことなんだけどね。成人式の日言ったことは、ちょっと、嘘があったんだ」


 罪を告白するようにそういうかおちゃん。


「嘘?何が?」


「私が「好きだったって」過去形だったこと」


「そうだったんだ……」


 不思議と驚きはなかった。成人式の時に、ひょっとしてと思うような素振りがあったのもあるし、「罪滅ぼし」とまで言う程気にしているくらいだったから。


「本当はね。隣の天王寺区てんのうじくの成人式に参加したのもね。まゆみんたちにまた会いたい以上に、ゆーちゃんに会えるかもって期待があったんだ」


「なるほどね。道理で……」


 再会した時のはしゃぎようや、それまでのブランクが無かったかのような振る舞いは、僕にまた会えた事の嬉しさが大きかったのか。


「でも、ゆーちゃんは既にまゆみんを好きになってて。私も、応援するって一度は決めたんだけど……きっぱりと振ってもらわないと、先に進めないなって思ったんだ」


 僕が言えた義理じゃないけど、かおちゃんもまたややこしい性格だと思う。既に失恋しているのに、あえて相手に振って欲しいなんて。


「わかった。ちゃんと、聞くよ」


 正直、かおちゃんの事は、いい友達だと思っているから、少し気が重い。でも、前を向くためにそれが必要だというのなら、僕が受け止める必要があるんだろう。


「ずっと、好きでした。中学の頃から。それから、ゆーちゃんが東京の高校に進学してからも、ずっと」


 「ずっと」という言葉の重みが突き刺さる。僕にとっては、中学の卒業式で終わった話だったけど、かおちゃんの中ではずっとしこりとなって残っていたのだろう。


「ごめん。今、僕が好きなのはマユだから。だから、かおちゃんとは付き合えない」


 今も想いを寄せてくれるのは嬉しいだけに、断らなければいけないのは心が痛い。


「うん。振って、くれて、ありがとう。でも、あの時に、とっさに断らなければ良かったなあ……」


 ぽろぽろとかおちゃんの瞳から涙が溢れる。実際、あの時に、かおちゃんが断らなければ。あるいは、僕が東京に行く前に、思い直して告白してくれれば。今、付き合っていた相手は彼女だったかもしれない。


「ごめん、かおちゃん」


 謝るべきことじゃないのかもしれない。でも、謝らずには居られなかった。


「いいよ。これで、ようやく、私の初恋も終わったんだし」


 幾分すっきりした声で言うかおちゃん。


「そっか。かおちゃん初恋だったんだ……」


 かおちゃんの、遠恋への恐れだけで、これだけ色々変わってしまうというのは、本当に皮肉なものだと思った。


「じゃ、私は先に戻ってるから。まゆみんに勘違いさせるとまずいし!」


 そう言って、かおちゃんは来た道を駆けて去って行った。


「まさか、僕が他の女の子に好意を寄せられているなんて、ね」


 かおちゃんにも、また別の出会いがありますように。そう願いながら、僕は店への帰り道を歩き出したのだった。


◇◇◇◇


 店に戻った僕たちは、再び飲みまくって、二次会、三次会と騒いだ挙げ句、24時を回って、ようやく解散したのだった。


 そして、今は、マユの家への道の途上。


「今日は、お父さんやお母さん、真紀子まきこちゃんも居るんだっけ」


 隣のマユは、さんざんからかわれたせいもあって、嬉し恥ずかしといった表情だ。


「そうやよ。真紀子とかからかってくるかもしれへんけど、無視してええからな」


 少しふざけた様子で言うマユ。


「いやいや。久しぶりに会うんだから、ちゃんと挨拶しないと」


 そんな事を言っている内に、マユのマンションに到着する。


「ん?鍵かかっとるな……」


 マユが不思議そうに、ドアノブをがちゃがちゃ回している。


「たまたま、鍵かけてただけじゃないの?」


「家に人居る時は、鍵開いてるんやけどなあ……」


 納得が行かないという感じで鍵を開けて家に入ると、そこは真っ暗だった。パチン、パチンと電気を点けてリビングに上がると、そこには


「今夜は二人でごゆっくり♪ by 真紀子&父&母」


 という紙が置いてあった。


「えーと、その。気を利かしてくれたみたいだね」


 予想だにしないドッキリに、僕も落ち着かない気分だ。


「オトンもオカンも真紀子も。変に気を利かしよってからに」


「ま、まあ。せっかくだし、二人で、ゆっくりしようか」


 この広い家に二人きりだと思うと急速に落ち着かなくなってくる。

 さて、どうしたものか。

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