第24話 会えない日々と募る想い

 マユと恋人同士になってから、約10日が経とうとしていた。今日は金曜日で、時間は22:00。もうすぐ1日の終わりであり、ここ数日の僕が心待ちにしている時間。


 僕が東京に帰った後の事。余っていたPCを彼女に送って、ビデオチャットをすることになった。それで、話し合って決めたのが、お互いの予定が空いている夜は、なるべくビデオチャットをしようというものだった。決めた、というより、会いたくて仕方がないけど、ビデオチャットで我慢しようというのが正確だろうか。


 22:00になって、マユからビデオチャットの着信がある。電話のアイコンをクリックすると、パジャマ姿のマユと部屋の様子が映し出される。


「こんばんは、マユ」

「いっつも即出られるとなんや照れるんだけど」

「それだけ、会いたいって事だよ」


 まだ1月なので、マユは冬用の暖かそうなモコモコのパジャマだ。今そこに居るのなら、抱きしめたいと思ってしまう辺り、色々毒されている気がする。


「うん。私も会いたかったわ」


 髪をいじりながら、視線を少し逸らして、そんな事を言われてしまうと、触れ合いたくなってしまう。狙ってるのだろうか?


「なんか、今すぐ抱きしめたくなってきたんだけど」

「ユータ、私の事、好き過ぎるやろ」

「マユは違うの?」

「いやその、同じやけど。こうストレートに言われると恥ずかしいちゅうかな」

「恥ずかしがってくれるのも、いいよ。大好き」

「あー、これ以上恥ずかしいの禁止!」


 耐えきれなくなったように、マユが叫ぶ。そういうのが、また、男心をくすぐるのをマユは理解していない気がする。


「じゃあ、もっと恥ずかしいこと言ってみようかな」


 ちょっと意地悪をしてみる。


「あー、もう。負けや、負け。ちょっと前は私がからかっとったのに」


 ぶつぶつとつぶやくマユ。


「それは、意識してなかったからなんでしょ?」

「それはそうやけど、なんか違うっちゅうか。うーん」

「そういう風に唸ってる仕草も可愛い」

「何しても可愛いかいな」


 そう言われても、可愛いものは可愛いのだから仕方がない。


「マユは嫌?」

「嬉しいんやけど、毎回こうやと、なんちゅーか……」


 当てはまる言葉をしばし探すように考え込むマユ。


「そうや、そう。酔っ払ったような気分になるんよ」

「日本酒飲んだ時みたいに?」

「ちょっとちゃうんやけど、嬉しすぎて他の事考えられなくなっちゅうか、日常生活に支障出そうや」


 とても嬉しいことを言ってくれるけど、確かに。


「僕も、最近マユのことばっかり考えてるかも」

「やろ?やから、もう少し控えめにせえへん?」

「好きとか可愛いとか、色っぽいとか?」

「そうそう。そういうとこや。つられて、私の方もおかしくなりそうやから」


 確かに、ここ数日、大学の勉強がまるで手についていない。講義には出ているけど、同期の友達には「大丈夫か?」とよく心配される。これを言うとマユにまで心配かけちゃいそうだけど。


「わかった。もうちょっと控え目にするよ」


 浮かれている気持ちが大きいのだけど、同時に、大学の勉強が手につかないのはヤバいと、僕の冷静な部分が警告する。


「うん。そうしてや。にしても、遠恋えんれんって心配してたんやけど……」

「僕も、ちょっと心配だったよ」


 やっぱり、会わないと気持ちが離れちゃうんじゃないかとか。


「むしろ、逆やったわ。毎日顔見られるから、色々気持ちが強うなってな」

「それは、僕も同感」


 これが、ラインや電話だけのやり取りだったら違うんだろうけど、お互いの姿も部屋も見えている状態だと、触れ合えない分、かえって気持ちが募ってしまう。


「ところでさ、今日は金曜日だよね」

「ん?そうやな」

「明日、会いに行ったら駄目かな?」


 さっき控えめにという事になったばかりなのに、何を言っているのだろうという気持ちになる。


「そんな事言われて断れるはずないやん。でも、電車賃高いし」

「高速バスで行くよ。それなら、往復1万円しないし」


 大阪と東京という場所を行き来するにあたって、一番問題なのは電車賃なのは明白だった。というわけで、東京に戻った後、調べてみたのだけど、高速バスにすると、夜行か昼行かにもよるけど、半額以下で行けることがわかったのだった。


「ユータ調べとったんか」


 


「ひょっとして、マユも」

「お金浮かせられれば、いっぱい会えるやろ。やから、考えとったんよ」

「なんだかんだ言って、マユも考えてくれてたんだ」

「そんなん、当たり前やろ」

「ありがと」


 同じように会いたいと思ってくれているのがわかって嬉しくなる。


「恋愛もので、いっつも相手の事ばっかり考えとるとかあるやん?」

「確かに、よくあるね」


 何の話だろう。


「今まで、全然わからんかったんやけど、今実感しとる最中」


 ため息をつきながら言うマユ。


「それは、同感」


 告白の前は、こんなに想いが募らなかったのに、不思議だ。


「あ、でも。私のために無理はせんといてな?」

「それはこっちが言いたいんだけど」


 会いたいという気持ちは強いけど、彼女の生活に支障をきたしたら、本末転倒だ。


「……」

「……」


 少しの間無言になる。


 別に僕は少しくらい無理してもいいけど、マユには無理して欲しくない。マユも、自分は少しくらい無理してもいいけど、僕には無理をして欲しくない。


 お互いがお互いの事を気遣って、微妙に噛み合わないのに少し苦笑いしてしまう。


「とりあえず、明日来てもらうのは嬉しいんやけど、そろそろ寝えへん?」

「あ。もう、23時過ぎてるね。ごめんごめん」

「私も同じやったから。でも、なんか、私ら色ボケしとるね」

「そうかもね。なんだろうね、これ」


 お互いが色ボケしているのを自覚しているのは、性質が悪いかもしれない。


「じゃあ、おやすみ。明日、楽しみにしとるな」

「うん。僕も、楽しみにしてる」


 そうして、ビデオチャットは終わった。しかし、色ボケか―


「気合い入れて、高解像度のWebカメラ買ったのも原因かも」


 そう独りごちる。PCを送ったときに、同時に、Webカメラもプレゼントしたのだけど、500万画素のちょっといい品だ。


 お互いの顔や部屋の様子がはっきり見えていいのだけど、僕たちの場合は、それが変に働きすぎている気もする。


(ちょっと、頭冷やさないと)


 なんて考えつつも、この状況を楽しんでいる自分もいるのを実感したのだった。

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