第19話 日本橋への道中

 予想もしないハプニングがあったけど、再び日本橋にっぽんばしへ向けて歩き出した僕たち。なのはいいのだけど。


「なんちゅーか。私、ほんと、ユータの事、男して意識しとらんかったみたいや」


 何故か凹んでいるマユ。


「何気に傷つくんだけど。ひょっとして、今まで、抱きついてきたのも?」

「ユータが面白い反応するから、遊んだれ、くらいやったんよ」

「まさか、そんなオチだとは思わなかったよ」


 マユは、もっと色々分かってやっているのだと思っていた。それが、こんな有様だとは、下手すると僕より初心なんじゃないだろうか。


「あのな。ちょっと聞いてええか?」

「どうぞ」

「今日誘ったのって、デート、のつもり、やったり?」

「……」


 ああ、そうか。男として誘っているという事に思い至れば、そこにもたどり着くか。まあ、今更ごまかしても仕方ないし。


「うん。そのつもりだった」

「そやったんや。あー、もう、気持ちがぐちゃぐちゃになりそうや……!」


 頭を抱えているマユだけど、そんな様が可愛いし、何より嬉しい。このまま、混乱しているマユを見るのも楽しいけど、意地悪過ぎるか。


「混乱するのもわかるけど。とりあえず、今日を楽しもう?」


 そう言って、マユの手を握る。相手がこうだと、平気なのだから不思議なものだ。


「そやね。ありがと、ユータ」

「どういたしまして」


 マユの方も手を握り返してくれたから、少なくとも悪い気はしていないらしい。


 再び歩き続ける僕たち。意識したせいか、マユの方は言葉少なげだ。


「あ、こーちゃんの家」

「あの子も、もうおじいちゃんやね」


 こーちゃんの家で飼われている秋田犬を指す、マユ。


「よく、通学の途中に吠えられたなあ」

「カナが、傘をばって広げたり、からかっとったからね」

「そのせいで、懐いてくれなくなったんじゃないかな……」


 カナは、こーちゃんの家で飼われているこの子をからかうのが大好きで、よく驚かせていたものだ。それをやり過ぎたのか、僕らが通るたびに吠えられていたものだった。


 そのまま歩くと、少し長い上り坂。でも、今は全然苦にならない。


「この坂、昔は苦労した記憶があるんだけど、なんだったのかな」

「歩幅やないかな」

「そうなのかな……」


 そして、坂を上り切った後に、急激な下り坂があって、そこを下り切ると、僕らの通っていた小学校だ。


「さすがに、誰もいないか」

「休日やからな」

「今も、昔の先生っているかな」

「どうやろ。最近はあんまり見かけへんけど」


 小学校を卒業して、もう8年になるわけだから、引退した先生も多いか。


「思い出したんだけど、校庭の木に七夕になると、願い事吊るしてたよね」

「ああ、あれな。普通の木に吊るしてたのが、ここローカルっちゅうか」


 なんで、そんな習慣が広まったのかさっぱりわからないのだけど、通っていた小学校では、校庭の、普通の木に短冊を吊るすのが七夕の恒例だった。


「あれ、叶う願い事も叶わないんじゃないかな」


 いい加減極まりない。


「そやな。別に、あの時の願い事とか大したもんやないけど」

「だよね。お寿司を無限に食べたいとか」

「ああ、そうそう。アホやよね。なんでお寿司やったん?」

「よく覚えてないけど、テレビでお寿司の番組をやっていたせいかな」


 我ながら、馬鹿な願い事を書いていたものだった。


「でも、マユも確か、カナの家みたいな豪邸が欲しいとか書いてた気が」

「やって、カナの家広かったんやし。しゃあないやろ?」

「わかるんだけどね」


 だいたい、下らない願い事ばっかりだった気がする。


「そろそろ、行こっか」

「そやね。やっぱり、私ら、アホな事ばっかしとったなあ」


 鼻歌でも歌い出しそうに、楽しそうなマユ。さっきはどうなることかと思ったけど、これなら一緒に楽しめそうだ。


 そして、学校を超えて、さらに歩く僕たち。日本橋へ行くには、学校を超えたところにあるこの通りをひたすら真っすぐだ。


 しばらく歩くと、日本橋へ続く長い下り坂が見えてくる。近くには、谷町九丁目たにまちきゅうちょうめという地下鉄の駅が見えている。


「ここから、日本橋まで何分くらいだったっけ」

「んー。20分くらいやないかな」

「なら、歩きで大丈夫か」


 そして、ひたすら歩き続ける僕たち。


「この坂って、すっごい長いよね。行きはいいけど、帰りがしんどかった」

「やね。ま、今日は帰りはないんやし」

「だね」


 そんな事を話しながら、ひたすら坂をくだること約20分。大阪の電気街である日本橋にっぽんばしに僕らはたどりついたのだった。

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