プラスチックアイドル  ~雪の林檎を組み立てるプラスチックガール~

希依

プロローグ



 雪がしんしんと降っていた。

 今年は異常気象だとか三月に雪が降るのは何年振りだとか「めざましニュース」で言っていたが、そもそも「異常」の定義は何だろうと未だ十五年しか月日を持たない少女は思う。

 体育館の中はひどく寒かった。

 折り畳みテーブルに肘をつき掌に頬を乗せているとふと既視感デジヤヴを覚えた。しかし、何の事はない、昨夜観た金曜ロードショーだ。あれはどのシーンだったけ? キキがトンボと気まずくなったときだったか。そういえばもう少しでキキの歳を通り過ぎてしまうなあ。

 十五歳―――箒一本とラジオで旅に出るとは思っていなかったが、まさか旅立ちとは真逆になるとは。幼かった自分は夢にも思っていなかっただろう。正直今だって信じられない。

 それから徒然に思いを馳せているとひどく眠くなってきた。防寒用にと体中に入れたカイロがいい感じに温い。壁の時計を見上げるがまだ午前十時十五分。開場したというのに生憎の天気のせいで来場者はまるでいなかった。

 今日は市主催のオタク向け販売イベント。今年で二回目となるイベントだったが、前回とは異なり、春休み時期の開催となった。なんでも今夏は取ってつけたようなスポーツ振興イベントが満載で体育館が使えないとか。ただでさえ暇な学生しか縁のない時期に季節外れの大雪警報。担当者は泣くに泣けないだろう。いやむしろ気にしないか。

 うーんと伸びをして椅子から立ち上がると自分の周囲をチェックする。

 ブルーシート一枚分のスペースに積み木細工のように商材が並んでいた。プラモデルにラジコン、エアガン、ロムカセット、カードゲーム、そして、フィギュア。どれも古ぼけていてひどいものは外箱が色褪せていたりする。

 これらはすべて少女の実家である店舗から持ってきたものだ。彼女の店はパン屋でもなければ薬草屋でもない。各駅停車の駅徒歩五分の古ぼけたおもちゃ屋だった。

 もっとも少子化の昨今、子供向けの玩具だけではイオンには勝てない。重要がニッチでありながらも大衆スーパーでは扱いづらい専門性の高い商品、有り体に言えばオタク向け商品がメインである。

 嗅ぎなれ過ぎた埃と古い塗料の臭いを前にしていると笑い声が聞こえた。声の方を向くと遠く離れた入り口付近のエリアで少女とそう歳の変わらない男女が談笑していた。

 ああ―――、本当に魔女宅みたいだ。

 あの中に知り合いはいないし、いたとしても数日前に接点はもう消えてしまっている。

 関係ない。そう思うけど、胃の中に苦いものを感じた。

 ―――まずい。またアレが来てしまう。

 咄嗟に大量のイデオンの箱の陰に隠れる。たとえ他人だとしても彼女たちに今の自分を見られたくなった。情けなくて鼻の奥がツーンとしてくる。

 少女が心を石にして化石の山に身を埋めかけたときだった。


「ふふん♪ふーん♪ふふふーふん♪ふーふふーふふーふふーふん♪」


 どこからか鼻唄が聞こえてきた。女の子の声でどこか可愛らしい唄だった。

 ―――ラピュタだ。

 まったく今日はどこまでもジブリ作品と縁のある日らしい。苦笑しながら何気なく顔を上げる。それがどこか自然すぎていつの間にか発作が消えていることに彼女は気がつかない。


「えっ―――」


 体育館の隅の隅。彼女の店と同じようなガラクタが積まれたリサイクルショップの各スペースの更に奥。LED照明の光が十分差し込まないそこに―――少女は立っていた。

 手にはなぜかピアニカ。でも、鼻唄。

 パイプ椅子の上に立ち、濡羽色のポニーテールがエア演奏に合わせてゆらゆら揺れる。このクソ寒い日に春物のサスペンダースカートとシャツ一枚の薄着で、透き通るような白い素足は見てるだけで鳥肌が立ってくる。

 けれど、少し釣り目の瞳はすごく一所懸命で巫山戯ふざけの色は微塵もない。

 窓から白い光が差し込むのを見た。

 その瞬間、ふわふわと舞う埃は春の花びらに変わり、全身が毛羽立つ。

 ―――なんてきれいなんだろう。

 しかし、感動したのもつかの間、エアピアニカ少女は突如椅子から降りると自らのスマホをチェックし始めた。どうやらセルフで撮影していたらしい。そして、スマホを真剣に見つめながら手元の何かを弄り始めた。

 それはフィギユアだった。

 その手元にはピアニカはまだなく、輪郭もぼんやりしているけど、先ほどの少女と同じポーズで立つ少女のフィギユアがあった。少女はヘラのようなもので夢中で削っている。あまりに夢中なせいで可愛らしい薄桜色のスカートに破片が飛び散るのにもお構いなしだ。

 あれはフィギュアの原型だ。店で購読しているホビージャパンの記事で見たことがある。そうか、フィギュアの原型はああやって作るのか。美術の粘土人形みたい。

 ふとテーブルの前にA4の紙がぺらりと貼られているのに気付く。

「―――中学 造形部」

 「中学」という単語に胸の奥がチクリと痛んだのは束の間、少女の顔があまりに幸せそうなので見ているとこっちまでなんだか楽しくなってくる。

 それは飛行機に夢中な少年のようでもあり、一方で森の中で一人絵筆を持ち続ける画家の少女のような気高さも持ち合わせていた。

 本当にフィギュアが好きなんだなあ。

 あの子と話してみたい。

 ふとそんなことを思うと気つけば、化石の森を抜け出ていた。

 

「あ、あの―――!」

 

 雪は未だ止まず、静かな体育館に少女たちの会話が響く。

 彼女はまだ知らない。

 自分の中に芽生え始めた不思議な感情の名前を―――。



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