第6話『爆走』
「パパ!! 馬車とかある!!?」
「帰ってきて早々、アルカは騒がしいな。どうしたんだい? 馬車なんて」
慌てて家に転がり込んだ私を見て、
一人娘だからか、私に甘いところがある。だからお願いすれば、クロウとジョーカーを持っているという人を逃がすための足くらいは用意してもらえるだろう。
「あの赤服の人達が怖、」
「クロウくん、かな?」
「──っ!!?」
「我が娘ながら、分かりやすいね」
そう言って、パパは立ち上がった。見上げると、パパはいつになく険しい顔で。
何故かパパはタンスを探りだした。
「今、偶然パパの知り合いの行商人が来ている」
「それは、えっと……」
「クラウンズとは、無縁だよ。彼は……確かここに……よし、あったあった。ああ、ホコリだらけだ」
パパが取り出したのは、拳大の赤い宝石だった。ホコリが払われたそれは見たこともないけど、とても綺麗な宝石だった。
「これをその行商人に渡せば、恐らくは言うとおりにしてくれるよ」
「…………いいの?」
見たところ、その宝石は明らかに希少な物に見えたし、高そうなものに見えた。そんなものをちょっとお願いしただけで渡されるなんて、いくらパパだと言っても不審すぎる。
そうして疑問符を浮かべて受け取りあぐねている私に、パパは半ば無理矢理宝石を握らせてきた。
「……七年前は力になれなかったから」
「え?」
パパが小さな声で呟いた言葉の意味が、私には分からなかった。どういう意味か、私が聞き出そうとするのを誤魔化すようにパパは笑った。
「なーんて。勿論、可愛い可愛いアルカのためさ。このくらい、朝飯前。親として当然の義務だよ」
────そういうわけだから、事情も聞かずに行ってくれ。
暗にそう言っているのではないか、と。パパにしては珍しいカッコいい笑顔を浮かべているのを見て、私はそう思った。
「……パパ」
「なんだい?」
私はパパに向き直って、宝石を握りしめる。しっかりと息を吸って、そして、言った。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
どうしてか、それはもう二度と聞けないような気がした。少なくともここを出れば暫くはこの村には戻れないだろうということは想像に難くない。
心に寂しさのような、悲しさのような何かが去来する。だけど、立ち止まってなんかいられない。
パパの挨拶を聞いて、私は翻って歩き出し「あ、そうだアルカ、弁当は持った? 作ろっか? 財布は? お守りは? そうだクロウくんにお土産を────」
「ねぇせっかくパパ良い雰囲気で出立って感じだったのにパパ自信がぶち壊してどうするの!!?」
「で、アルカは本当に忘れ物はない?」
パパは悪びれもせずにそう言って、私はやれやれと肩を竦めて────。
「ごめん財布と弁当は忘れてたかも」
「でしょ? 言ってよかった。アルカは忘れっぽいからなぁ。……はい、どうぞ」
「ありがとね、パパ」
そんな間抜けな会話が、最後になった。
◆
それから私は行商人さんを探して村を駆け回って。
村の外堀を越えてきたトランプモンスターに襲われて、気を失ったのだった。
◆
メリメリ。
パチパチ。
ゴォゴオ。
カァ。カァー?
そんな音が忙しなく聞こえる中で私は目を擦った。
「…………あれ? 私、寝てた?」
「────漸く起きたか。さあ小娘、どうしてこんなものを持ってたのか。事情を話してもらおうか」
渋い男の声だった。私は体を起こして────痛っ!!
「あぁ、良い忘れていたが小娘。お前の右腕は折れている。猪型のトランプモンスターに襲われて腕一本で済んだのは幸運だったが、無理に動かさない方がいい」
「こんな傷、私のカードなら簡単に治……」
言いながら、漸く頭が回ってきた。だから、使う前に躊躇いが生じてしまった。
何故なら……私のカードの再装填時間は一時間以上掛かるのだ。使ってしまえば、向こう一時間は使うことはできない。
右腕が折れたくらいで使ってしまっていいのか。どうしてか、折れたと言うのにあんまり痛く感じなかったのもその迷いに拍車をかける。
そうだ。本当に物騒な事になっているなら……いや、外から聞こえる音は、何か燃える音?
「どうした、治さないのか?」
「うん。外、どうなってるの?」
ここは何処か。見渡すと布の天井に、床は板。見たことある……これ、馬車の荷台にそっくりだ。たぶんその通り馬車の荷台だろう。
そしてここに居るのは無精髭を生やした三十代くらいのおじさんと、私の二人っきり。いや、私の事をじろじろ見てくるカラスが一羽居た。そして、そのおじさんは私の持っていた赤い宝石を持っている。
私は自分の体をまさぐったけれど、石がない。奪われた!!?
「質問に質問で返すなってパパに教わらなかったのか?」
「知らないおじさんにはついていっちゃいけないって教わってるの。パパ……村長の知り合いの行商人って、貴方?」
「…………お前が、アルカか。だからその宝石を……マジかよあいつ、今回も穏便に済ますって言ってたじゃねぇか。いやま、外見りゃ大体想像はついたが、悪い想像が当たりやがる」
「おじさん?」
「おじさんじゃねぇ、ウェズだ。俺の名は、ウェズ。行商を営んでる」
「ウェズ、あなたがパパの言っていた行商人なのね?」
「そうだ、俺が村長の知り合いの行商人、そしてお前の持っていたお前の家の家宝を引き換えに村に危険が迫ったときお前を逃がす交渉を村長からされている一人の友人、だな」
ポン、ポンと宝石を右手で弄ぶおじさん────改めウェズ。
「アルカがお前で間違いないとあれば、俺はさっさと引き上げ、」
私は動く左手でウェズの肩を掴んだ。動くと、どうやら体の節々を痛めてたらしいことを理解する。
「なんだ、アルカ。村に恋人でも残してきたのか?」
「こっ」私は想定外の言葉に一息分鼻白んだ「違う、でも、一緒につれてきたいやつがいるの」
「……クラウンズ、つったっけ? ジョーカー所有者は流石に乗っけてくなんて出来ねぇよ? 燃えてる森を下ることが出来なくなっちまう」
「……ううん。違うよ、クロウっていう、三つ下だから、十二歳か、十二歳の男の子。彼は、ジョーカーじゃない」
もしかしたら、ジョーカーを持った人も連れてくことになるかもしれないけれど。
私はその事を黙って、ウェズにお願いをする。
私だって十五歳だ。そのお願いがジョーカー絡みで有ることを伏せるのは、明らかにウェズに対する不義理だ。
だけど、それでもクロウを。クロウだけは生き残って欲しかった。だから、私は言わない。
もしやクロウに入れ込みすぎかな?
私はクロウが好……無いか、三つ下なんて子供だし恋人というよりも弟みたいなものだ。村の友達の中で、たぶん一番関わりが深いが、それだけだろう。
「へぇ。ま、無理だと判断したら速攻で逃げる。俺はまだ死にたくねぇからな。相棒が危険な目に遭うのもゴメンだ」
そう言ってウェズは御者台の方へ出ていく。ちらっと見えた白色の馬は、角が生えているように見えた。
「なぁシルバー。行けるか?」
────ブルルルルルッ!!
「よし、行けるか。小娘、場所は分かるか?」
「えっと……悪魔書庫の方、って言って分かる? 別の場所だったら、多分このカラスちゃんが知ってるかもしれない」
あれからどれだけ掛かったか分からないが、クロウなら間違いなく、あそこにいるだろう。違うとしても、カラスを通じて場所を知ることくらいは出来るだろう。
そう思って私に寄り添うようにひょこひょこ跳ねているカラスを撫でながらウェズに伝えると、ウェズの声音が、思わず身震いするくらいに一層黒いものに変わる。
「騙しやがったか」
その言葉だけで、どうやら隠し事はあっさりバレてしまったと悟った。
「…………っ、だって……!!」
「いいや、いい。この宝石の報酬にしては確かに軽すぎたと思ってた所だ」
「ウェズ……!!」
「おう、やってやらぁ。さあ依頼主、その辺の手すりにでも掴まってろよ? 相棒の走りは少しばかり、荒いからよぉ!!」
「ありが、きゃあ!!?」
瞬間、荷台が大きく跳ねた。
「さあさあシルバー!! 存分に飛ばせぇ!!!」
ガタガタガタガタァッ!!(荷馬車が揺れる音)
ブルルルルルゥ!!(馬? の鳴き声)
ヒャッハァァァァァ!!!(ウェズのさけびごえ)
カァァ!!!(羽ばたくカラス)
「い、きゃあああああああああ!!!!?」
感じたことのない速度で、荷馬車が走り出した────!!!
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