その五
そのマンションは、駅から歩いて10分ほど、豪華というわけではないが、そこそこ新しく、特に古びているようにはみえない。
築約5年といったところだろう。
地上六階建て、外壁は明るいクリーム色。
どこの都会でも当たり前のように見かけるマンションだ。
玄関には『管理人室』と札の出た小窓はあるものの、管理人はいない。
オートロックではないから、黙って中に入っても、誰にも
玄関横の郵便受けの名前を確認する。
ただまあ、防犯カメラは作動しているようだが、俺は大して気にもせず、エレベーターに乗り込むことができた。
俺は『6』のボタンを押し、そのまま直行する。途中で止まることもなく、無事最上階まで着いた。
目指す人物の部屋は『608号室』
南側の、一番端の部屋になる。
ドアの右手側の壁にある呼び鈴のボタンを押す。
『はーい、どなたですか?』
気だるげな声が、インターホンのスピーカーから流れてきた。
『突然失礼いたします。私ある人の依頼でやってきたものですが』
インターホンの上にカメラがあるのを確認し、俺は懐から取り出した
鍵を落とす音がし、ドアが5センチほど開いた。
ドアチェーンがかかっている隙間から、一人の女が顔を覗かせる。
それほど不美人というわけでもないが、かといって『美人』というわけでもない。
依頼人は彼女が『45歳』と名乗ったというが、いささかサバを読んでいるなというのはすぐに察することができた。
下にはタオル地であろう、ピンク色のワンピースのようなものを着ており、足は素足だった。
『お初にお目にかかります。私は名前を
俺はもう一度改めて認可証とバッジを提示する。
『何の御用?』
『依頼で貴方を探していたのです。』
『とにかくどうぞ』
彼女はドアチェーンを外し、俺を中に入れてくれた。
室内はなんて事のない、普通のありふれた3DKのマンション。良く整頓されており、南側のベランダに通じるサッシは大きく開け放たれ、涼しい風が入ってきている。
彼女は俺に、六畳間に据えられた座卓の前に置かれた座布団を勧め、盆に麦茶の入ったボトルとガラスのコップを載せてきて、
『どうぞ』と、俺の前に置いた。
『高宮秋子さんですね?』
彼女が少し驚いたように肩を震わせた。
『何故私の本名をご存じなんですか?』
『私は私立探偵です。人の知りたいことを調べるのが仕事でしてね。』
『私が何か悪いことでもしたんですか?』
俺は少し苦笑した。
『ご心配なく、私は警察ではありませんからね。そちらの方は無関係です。ただ、貴方の”勤務”しておられるところが調べられれば、あっちから事情を聴かれるかもしれませんが』
『勤務?勤務って‥‥』
俺は麦茶を飲み、一呼吸おいてから付け加えた。
『”カトレアクラブ”の事ですよ。かなえさん、あなたの源氏名・・・・いや、ハンドルネームと言った方がいいかな?』
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