強くてニューゲーム!
ナナ
第1話 ゲームの世界?
今日は私のドハマりしているオンラインゲームの大型アップデートの日。
私は有休を取って会社を休み、いつもより早い時間に目を覚まし、朝からその時を待ちわびていた。
アップデートデータの事前ダウンロードも済ませたし、あとはメンテナンスが明けるのを待つだけだ。
運営のアナウンスでは今日のお昼12時からログイン可能って話らしいけど、今までの経験上、あまりあてにはならない。
メンテナンスが延長する事はもちろん、なぜか予定よりも早く終わる事もある。
なので、私は最速でログインが出来るようにPCの前に座り、定期的にログインボタンをひたすらポチポチ押し続けるという作業を行う。
トップ画面からログインボタンを押し、サーバーに接続を試みては失敗し、トップ画面に戻される。
トップ画面
ログイン・・・
・・・接続中・・・
・・・メンテナンス中です
トップ画面
ログイン・・・
・・・接続中・・・
・・・メンテナンス中です
トップ画面
ログイン・・・
・・・接続中・・・
・・・メンテナンス中です
トップ画面
ログイン・・・
・・・接続中・・・
・・・メンテナンス中です
・・・・・・・・・
・・・・・・・
繰り返す事、数百数十数回。
時計は朝の10時半。
流石にこんな時間にメンテが終わるはずはないと頭では理解しつつも、抑えられない衝動がログインボタンを押し続けさせる。
うん、わかってる。
私ってだいぶ残念な子だよね。知ってる知ってる。
それでも私はログインボタンを押し続ける。
そんな時、画面の表示に見慣れないボタンが一つ追加されているのに気がついた。
《強くてニューゲーム》
「へ!?」
ログインボタンの下にそんなボタンが増えていた。
強くてニューゲーム??は??どういう事?
このゲームはMMORPGだよ?
いわゆる終わりのないゲーム。
強くてニューゲームってのはあれだよね、ゲームを最後までクリアした後、装備や所持金をリセットされた上で、ステータスだけは強い状態のままシナリオをまた初めからプレイ出来るという、いわゆる無双プレイ。
確かにそれは楽しいけど、それは普通のRPGで、クリアした後のご褒美モードのようなもののはず。
そもそも、これから大型アップデートでシナリオが追加されるというのに、いくら強いままとは言え一から裸一貫でやり直しとか意味がわからない。
「どう言う事?しかも、ボタンの下に恐ろしい事が書いてるし」
【※押すと元には戻れませんのでご注意下さい】
そんなボタンをログインボタンのすぐ下に配置するのってどうなの!?
でも、こんなモードをわざわざ用意しているくらいだから、何か意図があるのかもしれない。
まあ、その意図が悪意とかじゃなければいいけど。
「・・・・・・」
まずい。
めちゃくちゃ気になって来た。
一からやり直すのも悪くないかなーとか思い出して来た。
やばいやばいやばい。
私の悪い癖だ。
思い留まれ、私!
今まで頑張ってこなして来た、地味で面倒なクエストの数々や、苦労してやっと手に入れたレア装備やレアアイテム。
それらが全部無かったことになるかもしれないんだぞ!
静まれ!私の好奇心!
爆ぜろ!私の好奇心!
ビバ!!私の好奇心!
そして、私は何の躊躇もなくそのボタンを押した。
そして、私は意識を失った。
◆
気がつくとそこは森の中だった。
「・・・え?なにコレ?」
だって、気づいたら森の中だよ?
そりゃ驚くでしょ。
一体何がどうなってこんな事に?
記憶も曖昧で、気を失う前のことがどうにもよく思い出せない。
私は辺りをぐるっと見回す。
「うーん、どこか見覚えがあるような、ないような。」
いつ、どこで見た景色なんだろう。
ああ、コレはあれかな。
実際にこの目で見たわけじゃなくて、写真や映像で見て知っていた。みたいな。そんな感じ。
記憶じゃなくて知識として覚えている景色なのかも。
でも、ここがどこなのかは、やっぱりわからない。
「ここはどこ?私は誰?」
なんか言ってみた。
こんなセリフを言える状況なんて、そうそうないからね。ちょっと言って見たくなった。
でも、ここがどこかはわからないけど、私が誰かは知っている。
朝倉奈々。
23才・独身・趣味はネトゲ・好きな食べ物は美味しいもの。
見た目は可もなく不可もなく。
でも、ゲームでの私のアバターキャラは可愛いよ。
なにせ、キャラメイクに半日以上は費やしたからね。
・・・・ん?ゲーム?・・・あっ、そうか。
「もしかして・・・ここは、ゲームの世界?」
私は思い出した。
確か自宅で不毛なログインゲームをしていたら、見慣れないボタンを見つけて、そのボタンを押した瞬間、気を失ったんだった。
そして、目を覚ますと、この森の中にいた・・・と。
そして、どこか見覚えのあるこの森の景色。
そうだ、ゲームで見て知っていた景色だ。
てことは、これってやっぱりゲームの世界!?
「いやいや、そんな、そんな馬鹿なことって・・・」
信じられないけど、この状況を見る限りそれが一番しっくりくる。
突如現れた「強くてニューゲーム」のアイコンを選んで気を失い、
気がつくと森の中で、
しかもその森はゲームでよく見た景色そのもの。
そして何よりおどろいたのは、今の私の格好・・・。
「革の胸当てと、鋼の剣・・・」
このゲームのスタート時の初期装備。
それを今、私は着けている。
「ええ・・・」
もちろん自分でこの装備を着けた覚えもないし、そもそもこんな防具や、まして本物の剣なんて見たことも手にしたこともない。
たしか、現実なら所持しているだけでも犯罪なんじゃなかったっけ?
「そうか、これは夢だ。じゃなきゃどう考えたっておかしいもんね」
流石の私でも、異世界転移系ラノベみたいにゲームの中に入っちゃっちゃいました、なんて事で納得出来るほど、お花畑な頭はしていない。
「でも、かなりワクワクしながらログインゲームをしていたのに、その最中に寝落ちとかするかなぁ。この私に限って」
しかし、ゲームの世界に迷い込んじゃったなんていう、もはやクレイジーと言うべき展開よりは、断然寝落ちの方が現実的だ。
「やっぱり寝落ちしたのかな。昨日は今日のためにかなり早く寝たんだけどな・・・って、え?」
そんな自問自答をしていたその時、突然、後ろの方から物音が聞こえ、何かがこちらに近寄ってくる気配を感じた。
私は咄嗟に振り向き、そして驚愕した。
「グルルルルルッ!」
そこには獣がいた。
カバのように大きな体で、ジッと私を見つめながら低い唸り声をあげる、見るからに凶暴そうな獣だ。
「ええええ!?」
自分自身の現状についてもまだ整理が付いていないのに、追い討ちを掛けるかのようなダッシュな展開。
もう、何がどうなっているのかさっぱり分からない。
何故か獣は襲いかかってくることはなく、ひたすら私を睨みつけてくる。
獰猛な獣に睨みつけられ思わず怯みそうになる。
はっきり言ってマジで怖い。
家の近所にいた、めっちゃ吠えまくる犬とかの比じゃない。
私はその眼力に、思わず目を逸らしてしまいそうになるが、なんとか耐える。
たぶん、逸らした瞬間に襲いかかって来る。近所のめっちゃ吠える犬はそうだった。
私は気力を振り絞り、その巨大な獣をひたすらに睨みつづけていた。
「・・・・・・?」
しばらくの間、私と獣の睨めっこが続いていたが、次第に落ち着きを取り戻した私は、ようやくある事に気付いた。
目の前にいるのは、現実世界では到底お目にかかれないような危険な存在。
しかし私は、目の前にいるその巨大な獣の事をよく知っていたのだった。
「もしかして・・・ヒポガント!?」
そう。それは、私がどハマりしているゲームの中に出てくる魔物で、
ゲームの高ランクユーザーにとってはそこそこ有名な、巨体獣ヒポガントという魔物だった。
「なんでヒポガントがこんな所に・・・」
ヒポガントは硬い皮膚と強烈な一撃を持ち、倒すにはそれなりの強さが必要になる強敵だが、ドロップ品のヒポガントの皮と牙が高価で売れるので、わりと人気がある魔物だ。
「夢かどうかはともかく、ここは、私の知ってるゲームの世界で間違いなさそうだね・・・」
現実世界には存在しない、というか、あのゲームにしか存在しない魔物が目の前に現れたんだから、もはや疑う余地はない。
「て事は要するに、ここが夢でもそうでなくても、
どちらにせよ私はゲームの世界にいるって事で、
だとするとこの状況は、もはや戦うしかないって事?
マジで?」
いや、無理なんですけど。
当然だ。
その辺の野良犬とやり合うのとは訳が違う。
いきなり目の前に虎やライオンが現れたようなものだ。
マジありえない。
ここがゲームの世界だと言う荒唐無稽な非常識な状況だから、もはや一周回って取り乱したりはしてないけど、
現実だったら泣き喚きながら全力で逃げ出してるか、あるいは腰を抜かして漏らしてるかしてる所だろう。
それ程までに有り得ない状況だ。
しかも、目の前のヒポガントは、虎やライオンなんかよりも確実に凶暴だ。
ゲームでのヒポガントは、中堅クラスのプレイヤーが複数人でパーティーを組んで倒すような、そこそこ高レベルの魔物。
全ジョブのレベルとスキルをカンストしてた私のキャラならともかく、今の丸腰の私なんかじゃ・・・って、いや、確か私、丸腰じゃなかったよね・・・。
私はヒポガントから目を離さずに、ゆっくりと右手を動かし、腰のベルトに装備されていた鋼の剣に手を掛けた。
「強くてニューゲーム・・・」
うん。そうだった。
いろいろ展開が早過ぎてすっかり忘れてたけど、
あのボタンを押したところから、こんな意味不明な事になってたんだった。
て事はもしかして・・・今の私はゲームのキャラのステータスを引き継いでるって可能性が微粒子レベルで存在する!?
だとしたら、この状況、何とかなるかも知れない。
「まあ、違ったとしても、結局はこの魔物に殺されるのは同じ事だしね。一か八か、破れかぶれでやるしかないか・・・」
もし負けてもこれは夢でしたって夢オチ展開もワンチャンある。
そう自分に言い聞かせて、剣を抜いて前に構える。
「そうだ、鋼の剣だった・・・」
ホントに能力引き継いでるよね?
普通にただニューゲームしてたりしないよね?
装備がガチ初期装備な事に若干の不安を覚えつつも、意を決してヒポガントに飛びかかる。
「ガルルルルッ!」
それに合わせてヒポガントも凄い勢いで襲いかかって来たが、私はそれをスルリとかわし、素早くヒポガントの背後に位置を取った。
凄い!
自分が飛び出した瞬間に理解した。
あり得ない身のこなし。
私は一瞬でヒポガントの横を通り過ぎ、ヒポガントの背後を取ると、大きく剣を振り上げた。
凄い!凄いよこれ!剣も全然重くない!ホントに強くてニューゲームだよ!!
そして、私は力いっぱいに鋼の剣を振り下ろす。
「ウガガガガ!!!」
パリン!
「え!?」
流石は初期装備品。
高レベルなヒポガント相手には、やはり鋼の剣では無理があったらしい。
力任せに勢い余って、ヒポガントの骨まで砕いてしまい、ついでに剣まで折ってしまった。
ヒポガントの肉は力技ではなんとか斬れても、流石に骨までは無理だったみたい。
「はぁはぁ・・・。で、でも、一応は倒せたみたいかな?」
骨まで砕かれたヒポガントは、その場で倒れたまま動き出す事はなかった。
「ふぅ、とりあえず何とかなったっぽくて良かった。滅茶苦茶緊張したよ。はぁ・・・」
私の目の前にはヒポガントの死体と、折れた鋼の剣の上半分が転がっている。
ゲームの時みたいに、倒した敵が勝手に消えたりはしないみたいだ。
「あれ?じゃぁ、ドロップ品とかはどうなるの?」
ゲームでのヒポガントのドロップ品はヒポガントの皮と牙と爪。
ゲームでは、倒したらその素材だけが綺麗に剥ぎ取られて、その場に残ってたが、この世界ではそんな便利な事にはならないらしい。
「えー、じゃあこれどうすんの。せっかく頑張って倒したのに」
別にこのままでもいいけど、素材はちょっと惜しい気がする。
ゲームならアイテムやドロップ品は自動的にストレージに入って獲得できていた。
ここがゲームの世界なんだったら、そういうファンタジーな能力も使えたっていいような気がするんだけど。
「ふむ」
私は落ちていた半身の剣を拾い上げ、自分の中のストレージ空間があると仮定して、そこに半身の剣を取り込むようにイメージする。
「あ、消えた」
どうやらストレージ機能はあるらしい。
さすがゲームの世界だね。
だったら魔物も死んだら消えてくれればいいのに。
変なところだけ現実的で、変なところだけゲームな感じだよね。
とりあえず、ヒポガントの死体もストレージに収納して、私は改めて現状の自分自身について色々と考える事にした。
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