第2話 突きつけられた現実

「くそ、まさか判定失敗という形で攻撃してくるとは。調薬の道も楽ではないと言う事か」


 額から垂れる汗を手の甲で拭い、ストレージに放り込まれた低品質素材を眺めながら毒づく。

 見事なまでの低品質の文字列に若干めまいがするが、無いよりはましだと気分を切り替えた。


「よし、いっちょポーション作りでもしますか」


 相棒のホークには空の上からで哨戒してもらっている。


 僕が今調薬をしている場所は街の外。

 つまりモンスターが跋扈するフィールドでの作業である。

 すぐに手洗いができるように川辺のすぐ側で作業をしていた。

 専用キットをストレージから取り出し、手順に沿ってゴリゴリと薬草をすり潰す。

 それを清水で浸して手鍋で薬液を煮出して冷まし、瓶に詰めればポーションの完成である。


「なんだ、案外ちょろいな」


 成功率は10回やって3回とあまり高く無いが、成功品しか瓶に入れなければロスにはならないだろう。

 失敗した『毒薬』を川に流して木の棒でよく攪拌し、次の作業に着手する。

 これを繰り返した。


 そして二時間後。

 ストレージにたんまり入っていた薬草は見る影をなくし、代わりにそれなりに成功率の高いポーションのみが入れられていた。

 一番高くて10%。次いで9%、8%と続く。

 数はそこまで多くないが出来損ないのポーションと失敗品の毒薬は全部川に流した。


 川下に街がありませんように……そう祈りながら希釈してからちょっとづつ流したから大丈夫だろう。そう思うことにして最寄りのポーション屋に足を向けた。


 だがポーション屋の店主は開口一番こんな言葉で僕を非難した。


「悪いが、これはウチじゃ引き取れないな」


「……理由を聞いても?」


「言うまでもねぇと思うが……まず薬効が基準値に至ってない。うちに持ってくるなら最低でも15%にしてもらわなきゃ買い取れんぜ。色をつけるにしたってそれを超えてからじゃないとな」


「そう言うものか」


 なら買い取ってもらえない理由は薬効が低いと言うことだけなのか?

 僕の持ち込んだポーションは良くても10%。15%なんて夢のまた夢である。すぐにそんな結論が出せるほどには僕だってポーション作りに抜かりはない。


「ならこの程度のものは自分用にするしかないという訳か?」


「そういうことになるな。見るからに兄さんは調薬に携わって日が浅いと見える。以前までは違うクラフトを着手していただろう?」


 驚いた。

 今までそんなそぶりを見せなかった店主の瞳がギラリと光った。


「そんなことまでわかるのか?」


「これでもこの店を構えて長い。同業者かどうかは目を見れば分かるさ。兄さんの目は生産を生業にしている奴の目じゃない。それは狩りで生計を立てる狩猟者の目だ」


「……敵わないな、その通りだ。僕は以前まで木工に携わっていた。諸事情あってこちら側に身を置く事になった。その分こちらの事情には疎い。今後やる上で注意しておくべき点などはあるか?」


「道理で。素人にしちゃ堂々としていると思った。成る程木工ね……細かい作業という点では似たようなものか。なかなかどうして筋は悪くない。とはいえこちらにも買い取り規定ってもんがある。兄さんの仕事は惜しいところまで来ているが、ここから後一つ。オリジナル要素を加える必要があるな。ポーションと言うのはそこからどうするかで薬効の伸び率が変わるんだ」


「つまりギルドから無償提供されたレシピはあくまでも基本。そこから先は自分次第という事か」


「その通りだ。いや、さすがだな。ここまで飲み込みの早いやつは出会ってきた中じゃ兄さんが初めてだ。素人は自分で調べもせずにあれこれ聞いてくるからな。兄さん、以前まではその道で結構ならしていただろう?」


「そこまでじゃ無いよ。ただ、自分の武器ぐらい自分で作れないようじゃ上は目指せないと思ってるだけだ」


「その武器も兄さんが?」


 目店主の指が僕の背負ったロングボウを指す。目敏いものだなと感心しながら頷いた。


「ああ、荒削りだが命を預けるのにふさわしい出来だと自負している」


「少し拝見しても?」


「物好きな奴だな。割とデリケートな作りだから壊すなよ? 今からじゃ直しが利かん」


「心得ているさ」


 僕はポーション屋の店主に自前で作った弓を手渡した。

 店主はいろんな角度からまじまじと見た後しなりを確認してから特にイタズラするでもなく返してきた。

 内心ホッとしながらも、表情を表に出さない。あまり感情を見せるのは好ましくない。


 特にこのゲームではそれでボロを出して何度か痛い目にあっている。

 ここはゲームで、今対応しているのはNPC。

 だけど今のAI技術は人間と遜色ないレベルで感情表現が豊かだ。

 そしてそのAIはリアルの六倍速で進むこの世界の住人である。

 たかがコンピュータと思って調子に乗っていると手痛いしっぺ返しを食らうのだ。だから僕は表情をあまり表に出さないことに徹していた。

 僕が表情をあらわにする相手はホークやイカルガ、フローリアの前くらいだ。


「いい仕事だな。無骨だが基本がしっかりしてる。これなら寸分たがわず数メートル先のモンスターの眉間をブチ抜けそうだ」


「今のだけでそこまで分かるのか。まさかあんたに弓の心得があるとは驚きだ」


「おうよ、調薬と弓は切っても切り離せねぇ関係だからな。特に相棒をこいつにしてからはな」


 そう言って店主は両手で抱えるほどのモンスターを召喚した。

 そのモンスターとは……


「カラードスライム?」


「流石に知っているか」


「一の街近辺で嫌ってほど見てきたからな」


「ははは、まあそうだな。でもテイムモンスターを連れてるとどういうわけか見なくなったろ?」


「……そういえば。けどそれが調薬と何か関係あるのか?」


「ある、大有りだ。これは他の奴らには内緒だが、実のところこのスライムと言うのは生産を生業にしている奴の心強い味方なのさ」


 ニヤリと意味深に笑う店主に僕は詰め寄った。


「詳しく聞こう」


「だがこれを聞くと後戻りできなくなるぜ? それでも聞いていくかい?」


「毒を食らわば皿までだ。それに調薬と毒は友達みたいなものだろう?」


「はは、違いない」



 ◇◆◇



「つまりそのスライム……」


「グリーンスライムの方な」


「グリーンスライムを見事捕獲したものには調薬の成功が約束されると?」


「認められれば、がつくな」


 認められるとは大きく出たものだ。

 相手はたかだか雑魚モンスターの代表格。

 扱いが難しいとされているホークより難しいということもないだろう。

 僕はやってやろうじゃないかと意気込みを強くした。


「いいじゃないか。そういうのは得意分野だ。僕の相棒だって最初こそ言うことを聞いちゃくれなかったが、今では家族のように1を聞いて10動いてくれるぞ」


「へぇ、いうじゃないか。どんなものか拝見しても?」


「ここじゃ狭い。どこかある程度拓けた場所が必要だ」


「そんな大型なのか?」


「いや、狭い場所が嫌いなだけだ。僕の相棒はバード系だからな」


 僕は場所を大通りに切り替え、相棒のホークを召喚した。

 すぐに羽ばたき、空中を旋回してから僕のすぐ側へと降り立つ。


「成る程、確かに見事なものだ。それによく懐いている」


「そうだろう? コイツは僕と一緒に冒険を続けてくれた切っても切れない相棒なのさ」


「だからこそ勿体ないと思ってしまう」


「???」


 僕はポーション屋の店主の言う意味がわからなかった。

 勿体ない。何に対して?

 ホークは僕の相棒だ。かけがえのない友達であり、家族だ。

 勿体ない等と言われる謂れはないはずだ。

 よくわからないまま僕はポーション屋を後にする。長居してもそれ以上の情報を得られないと判断したからだ。


 そして数時間後、ポーション屋の店主の言わんとしている意味がわかった。


 その日は結局グリーンスライムを発見することはできず、一日を無駄に使ってしまう。

 そして僕は疲れ切った脳みそからようやく店主の言い出せなかった言葉の意味を痛感する事になる。

 勿体ない……その言葉の意味が。


「くそ、そう言う事か!」


 会話の中に散りばめられたワードが集まって、やがて一つの答えが浮かび上がる。


 ・グリーンスライムは素材集めのプロ


 ・グリーンスライムは非常に臆病な性格。


 ・グリーンスライムはテイムモンスターを従えたテイマーの前には姿を現さない。


 ・グリーンスライムは自分に見合わない主人の前から逃げ出そうとする。


 それはつまり……


 ホークを従えている限り、僕の前に姿を現してくれないと言う事か!


 ホークに寄り添いながら、その後調薬の事など一切忘れ、僕はホークと同じ時を過ごすことに専念した。


 僕は……ホークと別れてまで調薬に励むつもりなんてなかった。

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