第42話 麗華月に行く1、到着


 夏休みに本格的に入り、麗華が春から予約していたアギラカナ・ムーン・リゾート(AMR)愛称アムールへの二泊三日の旅行に出発する日になった。


 当初、AMR行きの旅客宇宙船は成田からしか運航していなかったが、この6月から羽田ほか、国内の主要国際空港からも運航を始めたため、麗華は羽田発の往復便を予約している。


 今日もいつものリムジンで羽田空港の玄関口に乗り付けた。


 大き目のスーツケース2つをANL(全日本航空)専用チェックイン・カウンターに預けたあと、麗華と代田、二人そろってパスポートと月までの往復搭乗券を出国手続きカウンターで見せ、出発までANLのラウンジでくつろぐことにした。


 代田が適当に見繕みつくろった飲み物を片手に軽食をつまみながら時間を潰していると、搭乗案内のアナウンスが始まった。


『みなさま、こちらは全日本航空アギラカナ・ムーン・リゾート行き、1977便の搭乗案内でございます……』


「それでは、お嬢さま。搭乗案内がありましたから、ゲートに向かいましょう」


 ……


 機内に入り、自分の座席番号を確認して席に着く。お嬢さまは窓側の席でその隣が代田の席だ。シートベルト着用のサインが座席のひじ掛けに出ていたので、すぐにベルトを締めて、宇宙船の発進を待つ。手荷物入れは座席下にあるだけなのだが、麗華は手ぶらだ。代田は持っていた小さな手さげかばんをシートの下に入れじっとしている。


 しばらくすると、数カ所ある出入り口のドアが閉じられ機がゆっくりとバックし、それからタキシングを始めた。


 旅客宇宙船が、滑走路わきの旅客宇宙船専用発着場に到着し、いったん停止した。加速度など何も感じなかったが窓の外を眺めるとかなりの速度で機が上昇している。こういったところは違和感が強く感じるのだが、すぐに慣れてしまった。


 ピン、ポン。


『当機は、このまま高度100キロまで上昇し、アギラカナの宇宙船を至近に眺め、地球を西周りで1周いたします。その後、更に高度を上げ、高度400キロでもう一度地球を1周後、月へ向かいます。月までの所要時間は約2時間でございます』


 内容は、あれだが、普通の国内線旅客機と同じような機内アナウンスが流れた。


『これより、当機の上面、天井部分を透過モードに設定しますので、ごゆっくり地上の景色、空の景色をお楽しみください』


 ピン、ポン。


 チャイムの音とともに機内の照明が落とされた。それと同時に天井が透き通り青空が見え、白い雲が下方に流れて行く。瞬く間に空港が小さくなり、薄雲を突き切ったと思うと東京湾、関東平野が眼下に広がってきた。


「おおおっ!」


 座席より高い部分の全周が空なのだ。ほとんどの乗客が初めて経験する景色に驚きと感動の声を上げる。


 今日の代田は旅客宇宙船に乗る前からどことなく元気がなかったのだが、気になって麗華が隣に座る代田の方を見ると、代田が固く目をつむっている。鬼の代田にも怖いものがあったのかとほほ笑む麗華だった。


 いまも、機内のいたるところから歓声が上がり続けているが、確かに周りの乗客たちが声を上げる気持ちも理解できる。加速度を感じないため速度を実感しづらいが、聞いたところによると、普通の衛星打ち上げ用のロケットよりも速度が速いのだ。見る見る地上が小さくなっていく。 


 機内のざわめきがようやく収まったころ、


『 ……シートベルト着用のサインが消えましたので、これより軽食やお飲み物などをお席にお持ちしますのでおくつろぎください』



「おおおっ!」


 旅客宇宙船が東京上空のアギラカナの巨大宇宙船の脇を通過した時、AMRへの飛行コースではお決まりの歓声が上がった。眼下には日本列島が北海道から鹿児島まで地図の通りの姿を横たえている。上を見上げると、もはや青空ではなく星空が広がっていた。


「代田、大丈夫? アギラカナの宇宙船が目の前よ、すごい眺めだから代田も見た方が良いわよ」


「申し訳ありません。どうも地に足がついていないと言いますか、他人任せの状態がどうしても慣れませんもので」


「へーえ、変な弱点ね。AMRに着いたら、月の重力を体験するのよ、そんなので大丈夫なの?」


「多分、大丈夫ではないと思います」


「そう言われちゃったら、わたしからは何とも言えないけれど、せっかく月にいくんだから楽しまなきゃ損よ」


「お嬢さま、ありがとうございます。鋭意努力させていただきます」


 麗華も代田の意外な弱点に驚いたようだ。


 これまで、飛行機に乗る分には問題なかった代田だが、180度のパノラマ展望で見る宇宙がいけなかったのか。



 旅客宇宙船はそこから徐々に高度を上げながら、西回りに地球を一周し、高度400キロでもう一周地球を周ったのち月に向かった。ここから一時間半は、星のきらめく宇宙旅行だ。少しずつ小さくなる地球を背に月に向かうことになる。月と地球の距離が38万キロ、その程度の距離の移動では、周りに広がるパノラマ宇宙の中に浮かぶ星の位置に地球と月以外、変化が有るわけもなく、月に到着するまでは結構単調な宇宙そらの旅となる。


 旅客宇宙船がいよいよ月に到着し、低高度で月を四分の三周したあと、アギラカナ・ムーン・リゾート(AMR)が見えて来た。基部は一辺2キロの正方形で、その上に直径2キロ弱の透明ドームが乗っかている。その基部の脇に旅客宇宙船用宇宙港が広がっている。数カ月後には大型クルーズ宇宙船も離着陸することになるため、現在はその拡張工事を行っているはずだが、みたところ、AMRの基部からかなり大きな張り出しが完成しており、拡張工事はすでに終わっているようだ。


 AMR宇宙港に着陸した旅客宇宙船に複数の気密式のボーディング・ブリッジが接続され、乗客が伸びをしながら手荷物を持って機外に流れ出てゆく。その中に元気はつらつとしたお嬢さまと少し歳を感じさせる代田の姿があった。



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