第三章 ~『二つの頂点』~
部活へ向かう竹岡と別れた杉田は、一人で教室へと向かう。教室の扉を開けると、桜木の席を一瞥するが、まだ登校していない。彼は自席へと着席する。
(桜木の気持ちを確かめるのとは別に、もう一つの大切なイベントにも勝利しないとな)
本日の放課後、『小説家を目指そう』で開催されている新人賞のランキングが発表される。その結果がどうなるのかも、大きな関心事の一つである。
スマホで『小説家を目指そう』の現在ランキングを確認する。頂点には二つの作品が並んでいた。
ランキング一位は『完璧超人桜ちゃんの恋』の特別編である。甘いキュンとするラブコメを楽しめると好評だ。人気は止まることを知らず、読者数は日に日に増加している。
そんなランキング一位に僅差の作品こそ『世話好きお姉さんと一緒にラブコメ作家に復讐しませんか?』だ。ネット受けする復讐というテーマ設定と、好意のすれ違いによるドキドキ感で好評だ。いずれはランキング一位の『完璧超人桜ちゃんの恋』を超えられると評価する者も多い。
自作が人気だけでなく、桜木の作品も負けず劣らずの人気があることに意図せず口元が緩んでしまう。どうせ戦うなら相手は強い方が面白い。強者だからこそ倒す価値が生まれるのだ。
「杉田、おはよう……って、口元がニヤついているぞ。またラノベを読んでいたのかよ?」
「惜しい。少し外れだ。『小説家を目指そう』のサイトを見てたのさ」
「もしかして杉田もラブコメの覇権争いに注目しているのか?」
「藤沢もあの二作品を読んだのか?」
「当然だろ。ラノベ読みならみんな注目しているぜ」
「でも中二病小説愛好者の藤沢がラブコメを読むなんて珍しいな。どういう風の吹き回しだ?」
「あれだけ話題になれば目を通すくらいするさ。それにMAIがイラストを描いていたからな。興味惹かれるだろ?」
「人気イラストレーターがアマチュア作品にキャラ絵を投稿なんて前代未聞だからな」
「……どんなコネを使ったんだろうな……枕営業でもしたのかもな」
「するわけねぇだろ!」
「どうして杉田がキレるんだよ?」
「そ、それは……とにかく邪なことは何もない。ただMAIさんは世話を焼くのが好きなだけだろうぜ」
藤沢は釈然としないままだったが、教室の扉が開いたことで思考を打ち切る。登校してきたのは桜木だった。彼女は杉田と視線を交差させると、白い頬を朱に染める。
(もしかして俺の小説を読んで、告白に気づいたのか?)
可能性は十二分にある。なにせラノベ読みの間で話題になっている火中の作品であり、競い合っているライバルでもあるのだ。
さらにペンネームは杉田の本名そのままの『スギタミノル』だ。もし最後まで読んだのなら彼の好意にも気づいているはずだ。
(今日の放課後には最終的なランキングが発表される。どちらの作品が面白くて、どちらの作品により愛が込められているかがそこで決まるんだ)
お互いの気持ちが通じ合う瞬間が近づいている。自然と彼の口角は吊り上がっていた。
「随分と嬉しそうだが、何か楽しいことでも思い出したのか?」
「……楽しくなるのはこれからだな」
「まさかラノベオタのくせに恋人でもできたのかよ?」
「恋人を複数抱えているラノベオタが言っていい台詞じゃねぇだろ」
「俺はいいんだよ。それでどうなんだよ?」
「恋人はまだいないさ。でも思いは伝えた」
「その相手は……まさか桜木さんか?」
「ああ……藤沢には悪いことしたな」
藤沢は以前桜木に言い寄っていた過去がある。それを横から掠めとるようなことをしたのだから、罪悪感が心に刺さる。
「気にするなよ。俺が桜木さんのことを好きだったのは昔の話さ」
「本当にいいのか?」
「いいさ。なにせ俺には可愛い彼女が両手で数えきれないほどいるからな」
「藤沢……」
「それにさ、他の奴ならともかく、杉田なら彼女を幸せにしてやれるだろ。なら満足さ」
「……俺は友人に恵まれたな」
「おう。その喜びを噛み締めろよな」
藤沢は恋を祝福するように笑う。心からの笑顔に応えるため、必ず幸せになってみせると誓うのだった。
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