世話焼きお姉さんと一緒にラブコメ作家に復讐しませんか?
上下左右
プロローグ ~『告白してきた高嶺の花』~
『プロローグ:学園一の美少女からの告白』
青春の定義とは何か。友人たちと他愛もない会話を楽しむことか、それともスポーツで汗を流すことか。いやいや異性と甘酸っぱい恋を実らせることだと主張する者もいるだろう。
だがそれらの定義は杉田稔という男には当てはまらない。なぜなら彼にとって青春とはライトノベルだからだ。
ライトノベルとはこれまた人によって定義が分かれるが、主に美少女のイラストが表紙に描かれた中高生向けの小説を指すことが多い。彼はそんなラノベをこよなく愛し、二次元こそ至高だと信じていた。
しかし杉田には自らの信条と反するように恋人がいた。それはラノベのキャラクターでもアニメキャラでもない。実在する少女であり、クラスメイトでもある。
桜木陽菜。大企業の社長令嬢で、文武両道の完璧超人。母親のフランスの血が色濃く出ているせいか、髪は金色に輝き、澄んだ青色の瞳は異性の注目を惹きつける。プロポーションも日本人離れしており、キュッとした腰のくびれと、制服の上からでも分かるほどに大きな胸は雑誌モデルが裸足で逃げ出すほどだ。
そんな完全無欠の桜木と恋人同士になった経緯は遡ること三か月前のことである。彼女に校舎裏へと呼び出されたことから始まる。
「わ、私とお付き合いしていだけませんか?」
「お、俺と!?」
高嶺の花の桜木に告白されたことで頭が真っ白になる。
(ま、まさか罰ゲームで告白とかじゃないよな……)
だが声を震わせる彼女の表情は真剣そのもので、とても悪戯であるとは考えにくい。
(桜木が陰キャの俺に惚れるなんて現実に起きるはずがないんだ。きっとこれは夢。そうでなければ別の目的があるはずだ……でもどんな意図があって告白を……)
桜木の告白の真意を探るように頭を捻る。思考している時間が間となり、場の雰囲気が緊張に包み込まれていく。
「あ、あの……」
桜木は告白の返事を待ちきれなくなったのか、恐る恐る口を開く。
「か、勘違いしないでくださいね。私はあなたに仮の恋人になって欲しいのです」
「か、仮? ああ。なるほど。そういうことか」
学園一の美少女である桜木は蜂の群がる蜜が如く、異性に言い寄られている。そんな男たちを跳ね返すための言い訳として仮の恋人が欲しいのだろうと納得する。
「仮の恋人か。悪いけどそれは……」
「杉田くんはオタクですよね?」
「うぐっ」
自覚していても他人から指摘されると感情は揺れ動く。現実を突きつける彼女の言葉に喉を詰まらせた。
「オタクの何が悪いんだよ。俺の勝手だし、恥ずかしいとも思ってないからな!」
「勘違いしないでください。私はあなたがイラストに欲情する変態でも責めたりしません」
「その言葉だけで十分傷つくのだが……」
「とにかく。いつも教室の隅で一人ラノベを楽しんでいるあなただからこそ恋人役をお願いしたいのです」
(オタクだから無害で利用しやすいとでも思われているのか?)
だとすれば舐められたものである。しかし彼女が鞄から取り出した一冊の本で認識を改める。その本を見間違うはずもない。表紙に美少女が描かれたラノベだったからだ。
「実は私も好きなんです。ライトノベル……」
桜木はオタクをカミングアウトするのが恥ずかしいのか、白い頬をほんのりと赤く染める。
「意外だな。桜木がイラストに欲情する変態だったなんて……」
「ち、違います。私はエッチなライトノベルに興味ありません」
「でもお前の手にしているラノベはエッチなシーン満載だぞ」
「え……」
桜木は指摘されて初めて気づいたのか、慌てるように本を開くと、挿絵に目を通していく。ページを捲るごとに彼女の顔は茹蛸のように耳まで赤くなる。
「こ、これは、知らなかったんです。こんなにエッチな本だったなんて……」
「お前がそう言うならそうなんだろうな……」
「信じてください。本当なんです」
「桜木の気持ちは十分に伝わったよ……」
「杉田くん……」
「幼少時代、少年誌に掲載されているエッチな漫画を読みたくてさ。俺も母親に同じ言い訳を使っていたからな」
「絶対に信じてないですよね!?」
桜木はムキになって否定するも、必死になればなるほどに言葉の重みが軽くなっていく。
「わ、私はラブコメが好きなんです。特に甘々な砂糖菓子のような恋愛作品が好きで、そういった作品を愛読しています」
「でもさ、本のタイトルが『卑怯な僕がヒロインを落とす青春ラブコメ』だぞ。その嗜好でよくタイトルに『卑怯』なんてワードが入っている作品を買ったよな……」
「うぐっ……イ、イラストが可愛かったから、つい……と、とにかくですね、私はラブコメ作品が好きなのです。そして私は読むだけでなく、自分で書きたくなりました……ですが恥ずかしながら私には参考にするための恋愛経験がありません……」
「え? ないのか?」
「驚くようなことですか?」
「言い寄る男は多いだろうに。てっきり彼氏の一人や二人いるものかと思っていたが……」
「まぁ、確かに、私は美少女ですから。異性から好かれます。でもそれは私の外見に興味を持っただけで、本当の恋ではありません」
「本当の恋?」
「胸がキュンキュンするような甘酸っぱいものです。手が触れただけで、キャッてなるような恋が理想ですね♪」
「小学生の恋愛かよ!」
メルヘンチックな恋愛観を聞かされ、彼女が本当に恋愛を経験したことがないのだと知る。
「私は恋愛に対して未熟であると自覚しています。故に私の恋愛力を鍛えるため、あなたに仮の恋人になって欲しいのです」
(俺が選ばれたのはこういう理由か……)
仮の恋人となる事情がラノベ執筆の参考とするためなら、理解の得やすさの観点からどうしても候補者はオタクに絞られる。
(言い寄ってくる男を追い払う虫よけバリアよりマシだが、それでも俺が恋人になる理由はないな……)
「悪いんだが俺は……」
「だ、駄目ですか?」
桜木はスカートの裾をギュッと握りしめる。その手は小刻みに震えていた。
(オタクだとカミングアウトし、仮とはいえ恋人になるお願いまでしたんだ……きっと勇気を振り絞ったんだろうな……)
面倒よりも同情が勝る。小さくため息を吐いた後、覚悟を決めた。
「仮の恋人になってやるよ」
「本当ですか!?」
「まぁ、俺も高校生だ。青春を経験するのは悪いことじゃない」
「で、では、今日から私たちは恋人同士です。不束者ですが、よ、よろしくお願いしますね♪」
桜木は嬉しそうに頬を緩める。向けられたこちらの方が恥ずかしくなる笑顔だった。
「どちらかに恋人ができるまで、俺は桜木の恋人だ。いつでもラノベの参考資料にしてくれ」
気恥ずかしさを掻き消すように冷静な口調でそう口にする。そして時は過ぎ、仮の恋人関係が始まってから三か月が経過した。
「仮とはいえ、この娘が俺の恋人なんだよなぁ」
杉田はベッドに寝転がりながらスマホ画面を眺めていた。映し出されているのは桜木とのツーショット写真である。金髪青目の美少女と、淡白な顔つきの少年が初々しく並んでいる。
「あ~、もう可愛いな。もしかして天使の生まれ変わりかぁ」
第三者からすればバカップルこの上ないが、当事者である彼は恥じらいが吹き飛ぶほどに、彼女に惚れこんでいた。
「あ、メールだ」
桜木からのメールが届く。今日はとある重大な出来事が発表される日だった。
『やりました! あなたのおかげで、ライトノベルの新人賞を受賞できましたよ!』
杉田はメールに添付されたリンクから受賞サイトへと飛ぶ。受賞コメントに目を通すと、どの審査員も満場一致で大賞に賛成したと絶賛されている。そしてその作品のペンネームには桜木の本名をカタカナに変えただけの『サクラギヒナ』という名がしっかりと刻まれていた。さっそく祝福のメールを送る。
『おめでとう。桜木の頑張りが報われたな』
メールを送り終えると、自分でも意図しないままに目尻から涙が零れる。
「あ、あれ、おかしいな。涙が止まらない」
杉田は桜木の成功を自分のことのように喜んでいた。感情の大きな起伏は涙を誘発し、勢いも次第に強くなっていく。
「やった、やったな、桜木!」
涙が強くなればなるほど、心臓は早鐘を打つ。高鳴る鼓動が桜木に対する別の感情を自覚させた。
「ははは……俺、桜木のことが……心の底から好きなんだ……」
仮の恋人でしかなかったはずなのに、いつの間にか本物の恋に落ちていたのだ。だが彼はまだ知らない。この恋心が復讐のトリガーになるとは、想像さえしていなかった。
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