第52話

 ひょっこりと顔をテントから出すと、すでにへリウスが身体の大きな男を縄で縛り上げていた。


「ハルはそこから出てくるな」

「う、うん」


 縛り上げられている男は気を失っているのか、へリウスが乱暴に引きずっていても、無反応。


「ど、どうやったの?」

「ん? ああ、殺気を飛ばしただけだ」

「さ、殺気……?」

「フフフ、ハルには無理だろうがな」


 うん。言われなくても、わかる。

 たぶん、凄い鍛錬をしてきて出来るものなのだろう。ほぼ五歳児の身体の俺に、出来るわけもない。むしろ、大人になってもできるイメージがわかない。

 テントの脇にゴロンッと転がされる男。


「……知ってる人?」


 正直、違うだろうな、と思いつつ聞いてみる。


「いや? 冒険者だろうが……ただの冒険者ではないだろうな」


 体つきだけで言えば、へリウスと同じくらいか。上半身がやたらとがたいがいい感じ。顔には、目立つ傷が頬に一本斜めに入っている。うん、悪人顔だね。


「いたのは、こいつだけ?」

「ああ」

「……そう。もう一人いたみたいだけど」

「ああ。まだ、近くにいる」


 なんと。へリウスにはわかるのか。

 俺はテントの中からきょろきょろ見渡すけれど、その気配すら感じ取れない。


「とりあえず、こいつはこのまま転がしておこう。それより、飯だ、飯」

「え、スープだけじゃ足りない?」

「当たり前だろう?」

「……うん、まぁ、へリウスだもんね」


 さっきまでへばって寝てたくせに、すでにほぼ体力戻っているへリウスに、脱帽。

 男はそのまま放っておかれたまま、へリウスは再びテントの中へ。

 俺は、テントの入口にしゃがみこみ、寝転んでいる男を見張ってる。起きだしたら厄介そうだから。


「あっ」


 突然、倒れている男の傍に、さきほどのひょろりとした小柄な影がするするっと近寄ってきた。男が倒れている辺りの結界を叩いているようだけど、当然、壊れるわけもなく。最後に思い切り蹴とばして……痛みで倒れこんだ模様。


「へリウス」

「あ?」

「もう一人、来た」

「……どこだ」

「男のそば」

「……ふんっ!」


 痛みをこらえて立ち上がろうとした所に、へリウスの殺気が当たったみたいで、見事に頭から後ろにぶっ倒れた。


「あ、あれ……大丈夫かな」


 あまりに勢いよく倒れこんだので、ちょっと心配になったが、まぁ、怪しいヤツだったから、仕方がないよな、と自分を納得させる。


「ちょっと待ってろ」


 鞄から探し出した塩の塊(どこにあったの!?)を俺に手渡すと、再び、結界の外に倒れている小柄な男の襟首をつかんで、引きずってきた。縄で縛り上げると、大きな男の横に放り投げる。


「よっし、じゃぁ、肉、食うぞ、肉っ!」


 俺の手にあった塩の塊を受け取り、俺の頭をわしゃわしゃっと撫でると、上機嫌で焚火の用意をしだした。


 ――え。まさか、あいつら食うわけじゃないよね?


 俺は、超ご機嫌なへリウスの背中と、横たわった男たちを見て、一瞬、そんなことを思ってしまった。


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