第48話

 ズン、ズ……ズン、ズン


 頭を抱えながら、体育座りしている俺の身体に伝わる振動。

 

 ――絶対、大きい魔物だ。


 音がまったく聞こえないかわりに、地面を通じて、激しい戦いが行われているのが伝わってくる。無音なのに、この振動が俺に恐怖を植え付ける。

 今までで見た魔物の中で一番大きいのは、ワイバーンだった。

 自分に襲い掛かってきたわけではなかったけれど、あれは、恐かった。

 今、へリウスが戦っている相手が、どんな相手なのか、恐くてテントから出て見る勇気がない。


 ズズンッ


 地震に似た揺れに、身体が強張る。


 ズン、ズン


 それが、何度も、何度も繰り返され……どれだけ経ったかわからない。


 ズズズンッ


 ひときわ大きな振動が伝わり、揺れが止まった。






 俺は一人、へリウスが戻ってくるのを待っている。

 でも、いつまで経っても戻ってこない。

 すっかりテントの中は真っ暗。


 まだ、テントから出ては駄目なのか?

 早く、早く、戻って来てくれっ!


 涙をこらえながら、グッと両手で身体を抱きしめる。




 まだ?

 まだ?




 ポロリと涙が零れた瞬間。


「ハルッ、無事か……」


 テントの入口に、青い何かの体液まみれになったへリウスが、頭をのぞかせた。


「へ、へリウスッ!」


 俺は泣きながら、へリウスに抱きつく。びちゃびちゃに汚れるのも気にせず、しがみつく。俺の体も、青くなってるのも気にする余裕もない。


「へリウス、へリウス、よ、よかった、よかったよぉっ」

「クッ、ハ、ハル、ちょっと、離れろっ」

「えっ……あ、ああっ!」


 必死過ぎて、気づかなかった。

 へリウスの脇腹から、彼の赤い血が流れていた。すでに、足元にも血だまりができている。


「ご、ごめんっ、薬、薬はっ」

「鞄の、中……」

「へリウスッ!? うわっ」


 そのまま倒れこんでしまって、俺は彼の下敷きになる。


「悪い……ちょっと、休むわ……」

「むぅ……ふんっ」


 なんとか抜け出して見れば、肝心のへリウスは足先だけ外に出した状態のまま。


「いや、ちょっと、駄目だよ、まずいって!」


 俺は慌てて肩を揺らすけど、目を閉じたまま。

 テントの外へと顔を出してみると、外は、すっかり真っ暗だ。


「結界は、まだ生きてるね。足は、ギリギリ入ってる」


 へリウスの言っていた鞄はテントの奥に置いてある。俺は暗がりの中、鞄を漁ってポーションを探す。へリウスの持ってるマジックバックの中じゃなくて、よかった。へリウスのは、本人しか取り出せないようになってる高級品だって、聞いてたのだ。

 とりあえず、傷周辺を水筒の水で流す。痛みで目を覚ますかと思ったけど反応はない。息はしてるから、大丈夫か。タオル替わりの布切れで傷口を抑えるけど、血が滲むのは止まらない。


「もう、このままぶっかけるか」


 仕方なしにポーションをかけると、じゅわじゅわと泡立ちながら白い煙があがる。飲む時には気付かなかったけど、傷にかけるとツンッと鼻につく臭いがする。でも、見事に傷が塞がっていく不思議。


「くそっ、本当は、俺がクリーンが使えればいいんだろうけど」


 キレイな布はもうない。生臭いのを我慢しながら、血で汚れた布で、できるだけ青い体液を拭う。中途半端にしか拭えないのは、もう諦めるしかない。


 でも、このままの状態でいいわけがない。


「これ使えば、誰か助けに来てくれるか……ダメ元でやるっきゃないか」


 へリウスに渡された小さな封筒。

 俺は、その封筒の封を開けた。

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