第10話

 しばらく歩いて着いたのは、黒々とした大きな日本家屋のお屋敷ともいえる家。

 子供の頃に来たことがあったはずなのに、全然記憶にない。


 親父は正面の大きな門ではなく、脇にあるドアを開けて中に入っていく。雪かきをされたところを、親父の後をついていく。広い庭の横には大き目な納屋のような建物に、大き目なコンバインが二台置かれていた。大きな農家ってことなのかもしれない。


 黙って玄関らしき引き戸を引くと、奥の方から大勢の人の声のざわめきが聞こえてくる。俺たちが入って来た音に誰も気付かないのか、迎えに出てくるようすもない。

 親父は勝手に上がっていくので、俺も素直についいていく。

 俺たちの足音に気付いたのか、奥の部屋の障子が勢いよく開いた。


「おう、良夫か。遅かったな」


 親戚が集まっているのか、賑やかな声をBGMに、親父と同い年か、それより上くらいの男が顔を覗かせ、親し気に声をかけてきた。


「ああ、バスが遅れた」

「そうか……遠いとこから、悪いな」

「仕方ないだろ……だし」


 二人の会話の最後のほうは聞き取れなかった。俺は着ていたジャンパーを脱ぎながら、大人しく親父の後ろで待つしかない。そんな俺に気付いたのか、男は俺の方に視線を向けた。その感じは、けして親戚が親し気に向ける視線ではない。嫌な感じだ。


「お? もしかして、晴真か」

「はい、お邪魔します」

「……ああ、よぐ来たな」


 親父とどういった関係なのか、紹介もない。どこか皮肉っぽく口元を歪め、何か含むような言い方に、一瞬、気分が悪くなるが、できるだけ表情を出さないように親父のあとについていくしかない。

 寒い廊下に一気に温かい空気が溢れてきた。

 俺たちは、食べ物やアルコールの匂いが充満した部屋に入る。


「良夫、よぐ来たな」

「よっちゃん、相変わらず小さいわね」

「煩いな」


 親父に向けられる親し気な親戚たちの声に、珍しく笑みを浮かべる親父。

 ここに来るまで、まともに表情など浮かんでなかっただけに、どんだけ俺といるのが嫌なんだ、と皮肉に思う。

 親父は自然と和の中に入っていくが、俺は一人、置いてかれる。

 親父から離れた途端、俺の存在に気付いたのか、親父に向けられていた視線が、一気に刺さるように向けられる。その視線の予想外な冷ややかさに、思わず身体がビクリとなる。


「……ああ、良夫んとこの……」

「……そうか、よぐ来た」

「……待ってたんよ」


 どこかしら似た風貌の親戚たち。親父に向ける言葉のトーンとはまるで違う。

 そして、みな似たような作られた笑みを貼り付けたような表情で俺を見ている。


「遠ぐから、よぐ来たな」


 最後に一番奥に座っていた老婆が、締めくくるかのように、しわがれた声をかけてきた。

 小さくて皺くちゃな顔の中、細く眇められた目で見つめてくる。その冷たい眼差しが何を意味するのかわからない。

 でも、なぜか俺だけが、この親戚たちの中で異物として扱われているのだけは、よくわかった。


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