第6話

 一、二年のうちはこの身長とそこそこ運動神経がいいせいもあって、運動部の勧誘とかで、何度も先輩とかに声をかけらることもあった。俺としては、部活とかに興味もなかったし、代打的に頼まれることもあって、たまに出ることはあったけど、三年のこの時期にもなってそんな奴はいるわけもなく。

 何か文句でもあるなら、言ってくればいいのに、と思う。相手にはしないけどな。


「ハルちゃん、そんな怖い顔しながら食べてたら、胃に悪いよ~」


 のんびりした声で話しかけてきたのは、隣のクラスの河野隆。

 一年の時に同じクラスになってから、やたらと俺に絡んでくる。友達、と言えるかどうか、よくわからないが、俺がまともに話をするのは、こいつぐらいだ。

 身長は俺と同じくらいで、頭もそこそこ。フワフワした癖のある茶髪のちょっとしたイケメンタイプのせいか、女子には人気がある。

 国立大を受けるらしいから、俺と違ってガッツリ受験生のはずなんだが、毎回、昼休みになると、俺のところにやってくる。何が楽しいんだか、いつもニヤニヤしている。その笑顔がいい、とか、なんとか言って騒いでる女子もいるらしいが、俺は男なんで、どこがいいんだか、さっぱりわからん。


「俺は、いつも、こんな顔だ」


 若干、ムッとしたせいもあって、ちょっとばかり不機嫌な声が出る。


「お~、こわ~」


 相変わらず、茶化しながら俺の目の前の席に座り込む。

 河野は自分が買ってきたパンを俺と一緒に食い始めた。こいつがいつも俺の目の前の席に座るものだから、前の席になる奴はさっさと別のところに行ってしまう。誰かがいれば、こいつは座ったりしないんじゃないかって、俺は思うんだが。


「勉強しなくていいのかよ」

「ん~? 俺、そこまで馬鹿じゃないよ~」

「……勝手にしろ」

「勝手にする~」


 半分くらいの生徒が自分の席で勉強しながら飯を食ってるにも関わらず、ニヤニヤしたまま河野はパンを食べ続ける。

 俺たちは、食事中はたいした会話をするわけでもない。食後だってそうだ。そもそも、河野がいようがいまいが、俺は図書室で借りた本を読むだけなのだ。


                 *  *  *


 授業を終えると俺はさっさと教室を出る。地元で夜までのコンビニのバイトがあるからだ。推薦をもらってすぐに、バイトを始めた。親からは、それなりに小遣いをもらってはいるけど、時間があるなら稼げるうちに稼いでおきたいと思っていたから。


 河野は、塾のある駅まで、俺と同じ電車で向かうこともあって、一緒に帰っている。

 だからといって、やっぱり話をするわけでもない。ただ一緒に行動するだけだ。

 面倒なのは、こいつがうちの学校の生徒だけじゃなく、他校の女子にも人気があるせいで、正門から駅に行くまでの間に、何度も女子に声をかけられることだ。


「あの、河野さんっ」


 俺たちの足のスピードに必死にくらいついてくる女子の集団。それだけで、すげぇ、怖いんだけど。それに河野は一々返事をしてやるせいもあるから、彼女たちも期待して追いかけてくるんだろう。

 残念ながら、俺を追いかけてくるような女の子は皆無だけどな。


「ん~? ごめんね~。俺、これから塾なんだよね~」

「や、あのっ、ちょっとだけでいいんで」

「電車の時間なんだ~。またね~」


 彼女たちの根性は、別の何かに使ったほうがいいと思う。

 息も切らさずに俺たちはホームに着くと、ちょうど到着した電車に乗り込む。俺は借りた本を、河野は参考書を手に電車に揺られる。集中してしまえば、そんな時間はあっという間だ。


「じゃぁな」

「また明日ね~」


 電車から降りるのは俺一人。河野は二つ先の駅にある塾に向かうからだ。俺たちは、軽く挨拶をするだけ。そして俺は駅前のコンビニへと足を向ける。


                *  *  *


 バイトが終わるのは午後十時。

 その後に、明日の朝に食う菓子パンと、廃棄する弁当をかなり値引きしてもらって買うと、事務所で弁当を食べてから家に帰る。

 その頃には、面倒な妹は夢の世界に旅立っているはずだからだ。


「ただいま」


 玄関先での俺の小さな声には、誰も反応などしない。

 俺がバイト先で食べてくると見込んで、母親はもう俺の飯を用意することがなくなった。それを寂しいと思うかと言われれば、少し、寂しい。

 もともと、俺が食ってくるからいい、と言ったからそうなったのだけれど、それでもやっぱり、寂しく感じる。


 リビングのほうで微かにテレビの音が聞こえる。たぶん、親父が一人で晩酌しながら見てるのだろう。視線だけ、リビングの方へ向けると、俺はそのまま二階にある自分の部屋に向かう。



 それが、俺、飯野晴真の日常だった。


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