3.初対面
「気持ち悪いわよ。古い気配はどんどん消えてるのに新しいモノも増えている。ナニカの塊があっちこっちに転がってるって感じ。気持ちが悪い」
「良くないってことじゃん」
「わたしの感覚ではね。何より境界がぼやけていることが怖いわ。もう山の怪でも川の怪でもない。場所に憑くのではなく人に憑くのだもの」
げ、と思わず声を漏らすと、貴和子は「ね、怖いでしょ」というふうに肩を竦めた。
「それもこれも境界が曖昧になっているからだわ」
境界はあちらとこちらを隔てるもの。穢れを嫌う日本人は境界と、境界に隔てられている異界の気配にも敏感だった。境界の向こうの異界に穢れを追いやることで内側を守ってきたから。
だけど現代はさまざまものの境界がぼやけてしまっている。聖と俗、正と悪、生と死といった観念的なものから都市と田舎といった実生活の基盤まで。なんなら空想と現実だってぼやけている。
かつての人々が抱いた異界への念と現代人とのそれとは違っているようだ。
「今居る場所を良くしようとか、自分が変わろうとか、場所へのこだわりがないのね」
「なるほど」
相槌を打ちながらも、根無し草の私たちがこういうことを憂うのもおかしいよなって思っちゃう。貴和子もそう思ったのか、気を取り直すように湯飲みのお茶を飲み干してから私の腕をぐっと握った。
「さあ、まだまだ特訓よ」
うげげ、「練習」から「特訓」になってるし。
くたびれきって夕飯を食べ終えた後、貴和子に客間まで引っ張っていかれた。
「預かってきたわよ」
貴和子が自分の荷物の中から取り出したのは小さな木箱だ。
「ありがとうございます」
私はかしこまって受け取り蓋を開けた。術具として欠かせない木製の指輪がいっぱいに詰まっていた。
「ありがたやありがたや」
「無駄遣いしない方がいいわよ。神木の調達も難しくなってるって」
「世知辛いなあ」
「いざとなれば補助具なんてなくても自前でどうにかできるくせに」
「死ぬ気でやればどうにかなるけど、ぞっとしない」
「よく言うわ。どうせ無茶ばかりしてるのでしょう。慎也がもう少し……」
言葉の途中で、貴和子が固まった。私の肩越しに廊下の方を凝視している。
ん? と振り返った私の目に、向かいの部屋から出てきたばかりのシモンの姿が映る。いつものごとく寝起きで髪の毛があっちこっちにはねている上に、ぼーっとして焦点の合わない薄茶の瞳で貴和子と見つめ合っている。
やがて、貴和子が私に目線を合わせてぱくぱくと声もなくくちびるを動かした。
「どういうこと?」
しまった。忘れてた。
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