7.キスの事情

 私はこっくり頷いて右の手のひらを上向け、指でちょいちょいと手招いた。シモンは嫌そうに口を歪めながらそれでも近づいてくる。

 ちょっとちょっと何さその顔。私だって嫌なんだからね。いちばん被害が少なくすむからこれで我慢してるんだからね。


 仁王立ちして胸を張り、顎を上げて私はシモンを見上げる。すると頭突きでもしそうな勢いでシモンの顔が寄ってくる。目を閉じたりするもんか、と私もケンカを買うような気持ちで受け入れる。


 ガサガサな唇が口にぶつかる。意固地になるのは時間の無駄なのでここは素直に少し口を開く。とたんに忙しなくなった息遣いと一緒に荒々しく舌がねじ込まれた。

 めちゃくちゃに口内をかき回されて口元がゆるむ。くそ、やっぱ乱暴だ。初めて会ったときと何も変わらない。


 溢れそうになった唾液を絡めとった舌がまた深く入り込んでくる。そのつもりはなくても首の後ろに鳥肌が立つ。悪寒なのか快感なのかわからない。だって快感と不快感は紙一重だ。セックスがそれを証明してるじゃないか。……にしてもなげーよ!


 私は握った拳でヤツのわき腹をとすとす殴る。意外と固いんだよなあ、これが。

 唇が離れたときには軽く息があがっていた。糸を引く唾液もシモンは綺麗に舐め取った。

「どう?」

「色気がないよなあ、トワは。もっとこう、興奮するように……」


「ちげーよ!」

 私は渾身の蹴りをシモンのケツにぶち込む。シモンは微動だにせず不敵に笑って長い前髪をかきあげた。

 赤茶にくすんで栗色に近かった金髪が明るいトーンに変化している。補充ができればそうなる、フルに力が満ちれば神々しい金色になるのだと本人が語っていた。


 シモンは吸血鬼ヴァンパイアだ。その容姿はどう見ても純日本産ではない。日本では希少価値がありそうなそんな種族が何故に田舎町の路地裏を彷徨っていたのかは知らないが、とにかく吸血鬼だと言う。


 息も絶え絶えで路頭に迷っていた理由も、名前すら、シモンは話そうとしない。だから「シモン」ていう名前は私が付けてあげた。「シモン」て顔つきだったから。

 それで私に使われる立場になってしまったのだからバカだなあと思う。確信犯の私はもちろん謝るつもりはない。


 自慢じゃないけど私は霊力が高い。出会いの夜、シモンは私の霊力に釣られて襲い掛かってきたようだ。返り討ちにしてやったけれど。

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