最終話 隠れ居酒屋
表通りから裏路地に入り、突き当たりにある知る人ぞ知る。
その名の如く隠れ居酒屋である。
ガラガラ
いらっしゃいませー。
女「予約してないんですが、大丈夫ですか?」
マスター「はい。うちは予約なしで大丈夫なお店です。さっ、こちらに。」
30代くらいの小柄な女性で、初めて来る様子で。
女「じゃあビールお願いします。」
マスター「かしこまりました。」
カタン。
カタン。
マスター「ビールです。」
女「この小鉢は?」
マスター「鳥肉と大根を煮ただけなんですが、お口に合えば。」
女「……!?」
マスター「お口に合いませんでしたか?」
女「あ、すいません。美味しくて。」
女「どっかで食べたような?懐かしい味。」
マスター「皆さん故郷の味とか、母の味っておっしゃって召し上がってますね。」
女「そっか。故郷の味か…。」
マスター「どうかなさいましたか?」
女「私施設で育ったから、母の味はあまり覚えてないの。私にとっては施設のご飯が故郷の味。どれも美味しかったですよ。」
マスター「故郷の味、懐かしい味って人それぞれなんですね。」
女「母が1人で私を産んだらしく、父はいないんです。母は私が小さい頃亡くなって、それから施設に。」
女「あ、そんなに湿っぽい話じゃないですよ。施設には楽しい思い出しかないくらいだし♪」
カタン
マスター「煮物ばかりになって申し訳ないんですが、よろしければ。」
女「これは?」
マスター「牛すじを煮たものです。少し具や味を変えて試作中なのでサービスです。よろしければ。」
女「わー!嬉しい!」
女「美味しい!これで試作中ですか?」
マスター「もう少し何か欲しいような。って考えてる段階ですね。」
女「全然試作中とは思えない!けど…」
マスター「ご意見があれば是非聞かせて頂けないでしょうか?」
女「あ、私の感覚の話なので…。」
女「ネギを白髪ネギにしてみたら?とか、あっ!素人がすいませんっ!」
マスター「白髪ネギですかー!」
カタカタカタ
パサッ
カタン
マスター「これでどうでしょうか?」
女「早い!それでは。」
ん!?
女「これー!私は好き!」
マスター「ありがとうございます。やっとメニューにできます。」
女「私の好み言っただけなんだけどー。」
女「私の好みって、多分うっすら覚えてる母の味なんだと思う。」
マスター「料理上手のお母さんだったんですね。」
女「あまり覚えてないけど母がよくブツブツいいながら料理してたの覚えてて、『たくちゃんみたいに上手に作れない』って。」
マスター「!?」
女「あれっ?たけちゃんだったかな〜?うーん、忘れちゃったー。」
女「名前なんてどうでもいいですよね!」
女「けど、母に料理を教えた人なんだと思う。」
女「母の元彼?または私のお父さん?的な人だったりして!なーてねっ。」
マスター「……。」
女「あの〜?マスター?」
マスター「あ、すいません。いいお話しだったものでつい。」
女「最初に食べた鳥肉と大根、多分お母さんの味に似てたのかも。多分、だけど。」
マスター「そうでしたかー。」
女「あっ、バス待ちでちょっと、と思っててもうこんな時間!」
マスター「大丈夫ですよ。この時計10分早いんで。」
女「あー、良かった。でも時間合わせないんですか?」
マスター「あなたのようなお客様がバスに間に合うように。ですかね。」
女「面白い!」
女「私、名前は…、あっ!お会計!」
マスター「それではこちらでお願いします。」
女「え!だめですよ。安すぎ!」
マスター「今日は試作中の料理の手伝いをして頂いたので。」
女「ありがとうございます!じゃあまた必ず来ます!」
マスター「外は霧でしたか?」
女「いいえ。今日は綺麗な星空の中歩いて来ました!」
マスター「!? そうですか。それではまたお会いできそうですね。」
女「えっ?そりゃそうですよー!安くしてもらっちゃったし、美味しかったからまた絶対来ます!」
女「母の味?みたいて好きだし!」
マスター「是非お待ちしております!」
女「あ、私名前は〜、」
マスター「あっ!バス遅れますよ。続きはまた次回にゆっくりと。」
女「ヤバい!じゃあマスター、またゆっくり来ますね!」
マスター「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております。」
マスター「……星が見える晴れた夜に…。」
表通りから裏路地に入り、突き当たりにある知る人ぞ知る。
その名の如く隠れ居酒屋。
そこは霧の日に何かが起こるという。
不思議な不思議な居酒屋である。
「いらっしゃいませー。」
ー完ー
隠れ居酒屋 凛 オッケーいなお @k160204989
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます