アルカナ=コイン

エル

第1話:謎のコイン

「悪い、先行っててくれ」


「どしたー?」


「課題忘れた。待ってなくていいからなー!」


 佐伯さえき大輔だいすけは今来た道を全速力で引き返す。

 俺が1年とかだったら明日の朝やればいいかってなったんだけど、2年になって、しかも季節は冬。受験を考えなきゃいけない今、課題はきちんと提出しておきたい。


 友達と歩きながら20分ほど歩いた駅までの道は、1人で走ると10分とかからなかった。

 校門の奥から、元気のいい掛け声が聞こえてくる。野球部かサッカー部だろう。


 裏口から入ろう。そっちの方が早い……そう思い、裏手に回ったのがいけなかった。

 早めに気づいてしまったから、心に余裕があったのもよくなかったのかもしれない。俺の目に映ったのは、きらりと光る1枚の硬貨だった。


「なんだこれ? 落とし物か?」


 新品の10円玉より少し明るい銅色。ハートが割れたような模様のそれを取った瞬間、俺は……。




+++




「おい、おい佐伯! こんなところで何してんだ?」


「うわあああああ⁉︎」


 自分の叫び声にびっくりしたのは初めてだ……俺に声をかけた武田たけだ先生もびっくりしてる。

 自分の息が荒い。やけに他人事のように思える。俺は……俺に、何があったんだ?


「すごい悲鳴だったぞ? お前、窓から出ようとして落ちたんだろう。これに懲りたらもうやめるんだぞ?」


 教室の窓が開いてる。俺が開けたのか? あれ? 開けたっけ……?


 職員室に戻っていく武田先生を横目に、俺は教室への侵入を再開した。




+++




 無事に課題を入手し、帰りの電車内。俺はついさっきのことを思い返していた。


「何もわかんないまま目と口を塞がれた……いや、首を絞められた? 腹も殴られたし……でもあの場所には俺しかいなかったしなぁ」


 突然目の前が暗くなって、息ができなくなった。冷静に思い返せば結構やばい事件なんだけど……。


「誰かが隠れてたんじゃない限り、問題はこのコインだよな」


 左手の硬貨。今は10円玉と同じくらいの暗い銅色だ。模様の変化はなし。

 こいつを手に取った瞬間、俺は何も分からなくなった……はずだ。


「まじ意味わっかんねぇ……」


 電車の扉が開く。

 目の前を通った女子の髪は、ほんのり甘い香りがした。

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