1 夏のゲートに月明かり 第一話



 かがやくばかりの真っ青な空に白い入道雲。そこに飛行機が細くまっすぐなせきばしていく。

「あ、飛行機雲だ!」

 わたしは足を止めた。

 これを見るとれんあい運が上がる、みたいなジンクスがあるけど……残念ながらわたしの場合、それはない。最近好きな人に彼女ができて、自動的に失恋したばっかり。絶賛大どん底中だ。

 校門の前で、いつしよに歩いてきた人にバイバイすることなく自分の高校、そうりつ大付属高校のしき内に入ることにも、もうずいぶん慣れた気がする。

 今は六月で、あれからもう二か月がたつ。最初のころ、一秒が長い、きつい、しんどい、早く楽になりたいと、歯を食いしばるようにして過ごしてきたのに、り返ってみればなんだかあっという間だった気がする。

 それでも最近、ようやく、彼を好きになったきっかけや、ドキドキする毎日が宝物だったと考えられるくらいまでは回復してきた。

 わたしの長いかみが、梅雨つゆの合間の湿しつの高いしおかぜにふわあっとれる。かすかに夏のかおりがした。わたしたちの町は海沿いだけど、高校も自宅もはまからはかなりはなれている。でも夏が近づくと特に、浜から運ばれてくる風に、海の香りを強く感じるような気がする。

ここー」

 遠くからわたしの名前を呼ばれ、校門内に入りかけた体をひょいっと後ろにひいて声のしたほうをかくにんする。クラスが同じでテニス部も一緒に入っている仲良しのつきとすみれが、遠くから小走りで近づいてくる。

 わたしはそっちに向かって大きく手を振ってから、手招きをした。

「おはよう! 美月、すみれー。ねえ早く早く」

「なにー?」

 せかすわたしにすみれが答え、二人はさらに急ぎ、ここまでとうちやくした。

「見て見て! すっごいはっきりくっきりのきれいな飛行機雲じゃない? 恋愛じようじゆにいいらしいよ」

「ほんとだ。すみれ、お願いしなよ! さわたりくんとうまくいきますように、って。消えるまでに三回唱えればばっちり!」

「美月、適当すぎじゃない? それって流れ星じゃ……」

 すみれがうらめしそうに飛行機雲をあおぐ。

「いいじゃない、ジンクスなんて自分の都合のいいようにとっておけばいいんだよ。ほらすみれ、消えちゃうって!」

 わたしはすみれのかたたたいた。

「そっ、そうか、そうだね! じゃあちょっと失礼して」

 こんな校門の前じゃ登校する生徒にめいわくだから、わたしたちはひとまず高校の敷地内に入る。すぐ横の校庭ではサッカー部が朝練をしている。

 すみれはひとり飛行機雲に向かって手指を組み合わせてこうべを垂れ、いのり始めた。すぎうらすみれ、すみれは長い髪がさらさらの、おっとりいやし系の女の子だ。男子はこういう子に告白されたら初対面だってうなずいてしまいそうな気がするけど、本人は同じクラスの沢渡くんにアプローチするのさえしりみをしている。気持ちはわからないでもない。

 ちなみに美月、もとおり美月はショートカットのはつらつ系女子だ。

「長いな、すみれ、もう行くよっ」

 美月が、すみれのにぎりあわせたままの手首をごういんに引っ張る。

「きゃっ」

 まだ目をつむってお祈りの姿勢でいたすみれは、バランスをくずしながらも美月に引っ張られるまま移動する。

 こんな感じの朝が、わたしにとっては愛すべき日常だ。

「おーい! それこっちにっ飛ばしてくれるー?」

 よく通る男子の声が校庭からひびく。見ると手を振りながら黒い髪に整った顔立ちの男子がこっちに走ってくる。校庭を囲う緑のネットのほつれから飛び出して、こっちに転がってきたサッカーボールを追いかけているらしい。サッカー部は専用グラウンドを持っているけど今朝はそれが使えないのかな。

 わが校の校則がゆるいことを差し引いても、サッカー部は派手すぎる。でもこの男子は、染めていない真っ黒な髪をしている。だからといって決して地味なわけではない。

 風になびいていてさえ、有名なヘアサロンでカットしたことがいちもくりようぜんのヘアスタイル。胸に光るネックレス。今ははずしているみたいだけど、ふだんは指輪も、片耳ピアスもしていたような気がする。

 サッカー部は、ほぼ全員がこんな感じなのだ。

 サッカーって金属を身に着けちゃいけないスポーツだったような気がする。練習だからOKなの? コーチまで緩いのだろうか?

 それでいてレベルは全国クラスなのだ。有名なかんとくを呼んで、中等部からてつていてきにサッカー技術を叩き込まれている。中学から早律大付属、という子たちがレギュラーをめてしまっているらしい。

 10の背番号が輝かしいこの男子もそうだ。

きようりくだ」

 美月がはずんだつぶやきをもらした。そして、とととっと前に進み出てサッカーボールを両手で大事そうに拾い、そのまま10の番号をつけたその子にわたした。

「ありがと。蹴ってくれればそれでよかったのに」

 その子はにこっと美月にがおを向ける。

「とんでもないですー」

 美月が聞いたこともないような甘ったるい声を出す。

「いいかげん直してほしいよ、あそこのネット、な?」

「…………」

 またもや夏京くんはアイドル張りの笑顔を見せ、下を向いてもじもじしはじめた美月にそんじゃありがと、と片手をあげると背中を見せて走り出した。

「チャラい……」

 これはわたしの呟きだ。

「どしたの? 顔がこわいよ、心南」

 となりですみれが軽くびっくりした声を出す。

「見た見た? 夏京くんとあんなにたくさんしゃべっちゃったよ。いやあー。かんばせが花だわ」

「うん。見てたよ美月。すみれちょっと感動した。夏京くんって気さくだね。付属組の女子じゃなくてもつうに話すんだね。なんか、さわやかで感じよくてびっくりしちゃった」

 おっとりしているすみれまで、あんなチャラ男の肩を持つ! わたしがびっくりだよ。

「だよねー。前の彼女だって高校から入っただったでしょ?」

 早律大付属中等部はしゆう人数がすごく少ない。そのせいか、中等部から入った子たちは団結力がとても強いのだ。わたしたち高校からの入学組とちがって、小学生から高いじゆくに何年も通ったようなお金持ちの子女たちだ。

 そしてここの中等部は、学費が特に高いことで有名だ。

 中等部から入った子達は一学年一クラスしかなく、学習進度の違いで高校から入ってくる子と同じ教室になることはないまま卒業をむかえる。そのくせ部活動はいつしよというなぞのシステム。

 とにかく、そんなわけで中等部付属組は団結力がはんじゃないのは仕方ない。

「あたし、本気でねらおうかな」

 今、ボールを拾って渡した夏京くんのことだ。

 自分のあごに指をかけ、首をかしげる美月の目は、それこそ本気だった。

「やっ! やめなよ美月! あんなチャラいやつ。高校に入ってからしか知らないけど、彼女の人数がすごく多くない? 十人とか、うわさに聞いたんだけど」

「ああ、ね。来る者タイプならこばまず、去る者追わず、らしいよね」

「どんどん去っていってるんだよ、あんなチャラいやつは!」

「もう、心南はけつぺきだなあ! もし夏京くんのタイプなら、あたしにもチャンスはあるってことだよ?」

「そりゃ、そりゃそうかもしれないけど、絶対ダメだってああいうタイプは。なんか怖いっていうか……」

「すみれも心南の言うことわかるよ、美月。あんな派手な男子はすみれたちじゃ対等につき合えないよ。サッカー部って強いから、外部のファンもいるって聞くよ?」

「それはちょっと燃えてくるな」

「美月──! わたしだってさ、美月が本当の本当にものすごおおく夏京くんのことが好きなら……すごくもやもやするけどおうえんするよ? だけどさ、ぶっちゃけ美月のはそういうんじゃないでしょ?」

 グラウンドを見ながらもたもた話をしていたら、れいが鳴ってしまった。グラウンドのサッカー部ももう引きげたあとだ。わたしたちはしようこうぐちへ足早に移動しながら話す。

「バカね、心南。本当の本当に好きになんかなれないって、怖くて。自分が傷つくのがオチでしょ。そんなこときちんとわかってるよ」

「えっ……美月、それどういう意味?」

「夏京くんとつき合ったら女子としての株があがるかなー、なんてね」

「…………」

 そんな考えがあることに、そして仲がいい美月がそういう考えを持つことに、わたしは絶句した。

「やーだ、ドン引きしないでよ、心南。ちゃんといいな、とは思ってるよ、夏京陸哉。本当にりようおもいの彼氏彼女になれれば、そりゃ、それが最高だあね」

 美月のその、夏京陸哉、というフルネーム呼びが、すでに好きな人に対する呼び方ではないんだよ。それほど興味のないアイドルに対するような呼び方で、そんなので告白していいのかと首をひねってしまう。

 それでも美月は、もしかしたら本当に実行してしまうかもしれない。そして夏京くんが、美月のことがタイプなら、告白をOKしてしまうかもしれない。

「……やめなよ」

 すみれとしゃべりながらうわきにえ始めている美月に、わたしの落とした呟きは、たぶん聞こえなかった。


 ホームルームが始まってからもわたしは上の空だった。

ゆう心南」

「…………」

「結城心南、休みかーっ?」

「結城、結城、呼ばれてんぜっ」

 隣の席のかみしろの声だ。

「はっ! はい、います。登校してます!」

 わたしはあわてて手をあげ、そのうえ、そんなことする必要もないのに、どうようのあまり起立してしまった。

 神代が、わざわざうでばしてわたしの机をコンコンしてくれなかったら、先生にスルーされて欠席になっていたか、ぼんやり考え事をしていたことをこっぴどくおこられるところだった。

「ぼんやりするんじゃない」

 怒られたか。

 美月に、なんて説得して夏京陸哉くんへの告白を思いとどまらせようかと、ずっと考えていた。わたしがこんなに美月の話にじよう反応をしめすのには、実は理由がある。

 高校に入学してすぐ、わたしが広報委員会で仲良くなった友だちにつかもとあやという子がいる。その真彩が、サッカー部の派手集団のうちのひとり、あんどうくんと一年の終わりごろにつき合って、二週間と続かずに一方的にられてしまったのだ。安藤くんはその後しばらくして、ほかの子とつき合いはじめたという噂もある。

 どうしようもなくたんにくれていた真彩だけど、最近やっと新しいこいをし、その人とつき合いはじめ、安藤くんのことをふっきった。

 安藤くんは、たぶん夏京くんとも仲がいい。

 そりゃ全員だとは思わない。サッカー部の中には彼女と長続きしている子だってちゃんといることは知っている。

 だけど実際は安藤くんや夏京くんのように、女子とつき合うことを、すごく軽く考えている子が、サッカー部の一部、特に夏京くんみたいな中等部からのレギュラー組に多いことはいなめない。他校のファンもいるとなれば、女の子なんてより取り見取りなんだろう。

 それを逆手にとる美月みたいな考え方には言葉を失うけど。でもそういう子なら、振られても傷つかないのか。

 そういう女の子ばかりが全国レベルのサッカー部男子に告白をし、男の子たちは近づいてくる女子の態度を見てさらにれんあいを軽く考える、というあくじゆんかんが起こっているとも考えられる。

 でも真彩はそうじゃなかった。中等部入学当時から安藤くんのことが好きで、高校生になって捨て身のかくでやっと告白し、思いがけずOKをもらえてたぶんなみだして喜び、報告をしてきてくれた。

 真彩はテニス部の仲間だから美月も知っているけど、中等部から早律大付属に入った付属組だ。

 テニス部の中でも付属組と高校入学組の間にはうすまくがあり、なんとなーく分かれてしまっている。ダブルスにしたって付属組の子は中等部から同じ子とずっと組んでいるわけで、必然的に高校からこの学校に入った子は、そういう子同士で組むことになる。

 ひとクラスしかない早律大付属中等部。部活というものが初めてな子たちだからどうしても限られた部活に生徒が集中してしまう。その中でテニス部はかくてき中等部から入っている子が多い部活だ。

 というわけで高校のテニス部は、人数としては付属組と高校入学組が半々だ。

 試合後の打ち上げなんかは一緒に行くものの、美月やすみれは積極的に付属組の子とかかわろうとしない。

 そんな中、わたしは真彩と仲良くなった。仲良くなってみるとすごく気が合って、考え方の深い部分が似ていることを知った。そのうちおたがいの恋愛の話までする親密なあいだがらになった。

 テニス部では、わたしは美月やすみれといつしよにいるし、真彩は中等部からの友だちといる。だけど休日に一緒に出かけたり、スマホでひんぱんに話したりしている。わたしが真彩と仲がいいのは美月もすみれも知っていることだ。

 でも……というかだからこそ、真彩の名前を出して美月にあのサッカー部派手集団の女の子に対しての軽さを話すのは、できないことなのだ。

 真彩の名前も安藤くんの名前もせて、じようきようも変えて、あのへんの男子はこんなに軽いんだよ、と話してみても説得力に欠ける気がする。なんだかそれじゃうわさの域を出ないように聞こえてしまう。

 ……それに美月は、現在ちょっと複雑なわたしと真彩の関係にも、気がついてしまっているかもしれない。あくまでこれは推測の域を出ていないけど。

 とにかく!

 美月は〝告白OKもらえたらラッキー〟くらいの軽い気持ちみたいだけど、それだってこわい。同じ〝軽い気持ち〟でも女子と男子じゃぜんぜんちがうんだよ。

 正直、美月には、あのへんの男子とせつしよくしてほしくないと切実に思う。

 今は〝夏京くんとつき合ったら女子としての株があがる〟程度の気持ちかもしれない。でも「本当に両想いの彼氏彼女になれれば最高だあね」とも言っていた。そうなりたいという願望もちゃんと持っているなら、それはすでに立派な好意だ。

 コツコツ。

 わたしの机をたたく音がする。またとなりの神代か。どうせ教科書見せろとか資料集貸せとか消しゴムなくしたとか、そんな用事でしょ。

 コツコツ。

「うるさいな、神代。わたし、大事な考え事をしてるんだよ」

「そうだったのか」

風邪かぜひいたの? のどあめあるよ? 声がガラガラで低くなってるよ?」

「そりゃあ、十六歳男子と五十代元男子じゃ、声の高低も変わるってものだ。結城」

「えっ!」

 目の前には英語のいつ先生が立っていた。

「僕の授業より大事な考え事があっても、それはよろしい。正しい青春だな」

「あ、ありがとうございます」

「ただしそれは僕の授業ではない時にしなさい。さもなければ別の場所で考えなさい」

「すみませんでした」

「どうする結城。僕の授業について考えるか、自分の大事な考え事について、別の場所で考えるのか」

「もちろん、ここで逸見先生の英語について考えます」

「次に同じ注意を受けたら、別の場所で考えさせるぞ。ろうで立って考えると、頭の中を整理するのに非常に効率がいい」

「はいー……」


 授業中にまで考えていたらあっという間に放課後になってしまった。今日はテニス部がないから三人で寄り道をして帰る。週一で仲良し女子三人、カフェで長時間、こしえてしゃべれるのはわたしの大きな楽しみだったりするのだ。


「心南、今日ぼんやり度が高すぎだよね」

 美月が口を開く。手元にあるのは新作、期間限定のほうじゆんまつちやフラペチーノ。しっかりSNSアップ用の写真さつえい済みだ。

「だれのせいだと思ってるのよ、美月。今朝美月が、夏京くんに告白しようかな、なんて言いだすからー」

 もうあれこれ考えずに本人に、危ない危ないを連発すればいいんだ。

「なんだそんなこと? もう心南はあれこれ心配しすぎるとハゲるよ」

「このへんハゲてきた」

 わたしは別にハゲてもいない頭の横をこすった。

「さすがにそんな度胸はないよ。あたしが一方的に熱を上げてるだけで、知り合いでもなんでもないんだよ? 画面の向こうのアイドルと同じだね」

「なんだー……。そうなのか」

 わたしは隣に座っているすみれのかたくずれてもたれかかった。すみれはわたしの頭をよしよししながら口を開く。

「心南はほんと、ちょっとしたことでも先回りして考えるんだもん。話を半分に聞くってことができない。のうろうになるよ」

「脳疲労ってなに?」

 わたしが聞いた。

「そのまんまだよ。脳が疲労することらしいよ」

「脳の疲労? 中間テストが終わってそこからはすでに解放されましたー」

 わたしは芳醇抹茶フラペチーノを手に取り、ストローでシューッとすすった。

 またすみれが返す。

「脳疲労はいつぱんてきにはスマホぞんで、つねにスマホにさわってないとダメな人がなるんだって。SNSも色や動きがめまぐるしく変わってどんどん違う情報が入ってくる。なんでもけんさくする人は、インプット過多で脳がオーバーフローを起こして、逆に物忘れが激しくなるらしいよ。人の名前が出てこないとか」

「わたしそこまでスマホ使わないもん。ゲームも今はしてないし」

「そのかわり、心南はあれこれ同時にいろんなこと考えすぎ。テニス部も副部長だけど、結局動いてるのは心南が一番多いもん。全員のくせや弱いところをあくしようとがんばりすぎだと思うよ? 脳がつかれる」

 そこで美月が両手で左右のかみの毛をつかんで引きつり顔をした。

「がーん! あたし、めっちゃスマホ依存だよ。ないと不安。そんで……言われてみると、ガチで人の名前すぐ忘れる」

「美月、脳疲労じゃなーい?」

 すみれが美月をちやす。

「そんなことがあるなんて……マジで気をつけよう」

 美月のしずんだ声を聞きながら、わたしは自分の芳醇抹茶フラペチーノのクリームが、けて沈んでいくのをじっと見ていた。

 一理あるのかも。スマホ依存ではないけど、考えすぎたり勝手に心配したりしていらぬなやみを作っちゃうのはきっとわたしの短所だ。今朝の美月のことだってそこまで先回りして考える必要はなかったのか。ほぼ一日どうしよう、とそればっかりに意識をさいてしまった。

 最近自分がしつれんして、はじめてそのつらさを知ったことが大きい。軽々しくあのへんの男子と接触して、本来しなくてもいい失恋を美月にはしてほしくない。

 ……もしかして、それなら、わたしが今一番心をくだいている弟のしようのことも、そこまで心配する必要はないんだろうか。先回りなんだろうか。

 時おり昇太が見せる小学四年生にそぐわない暗い表情、隣の部屋かられ聞こえてしまった、昇太が友だちとスマホで話すしようちんしているような声……。

「心南! でも心配してくれてありがと! そういうとこ、好きだよ」

 美月が正面からうでばし、わたしのおでこを三本指の先でちょんっとついた。後ろに十センチ頭が移動する。

「美月ぃ──! 見てるだけならいいけど、ぜーったい夏京くんに近寄らないでよー」

 わたしは美月にそう返した。

「うわ! 今の言い方、自分の彼氏に対するけんせいみたい」

 美月の言葉にすみれが笑う。高校生活において、安定している女子友だちほどありがたいものはないのだ。

 長いこと好きだった男の子に失恋して、まだちょっと苦しいけど、たぶんわたしはじゆうぶん幸せ。

 明日の日曜日、みんなで出かける予定について額を寄せ合って相談をし始めた親友二人、美月とすみれをながめながらそんなことを考えた。

 部活のない日曜日、みんなでぷらぷら洋服や小物を見たり食べ歩きをしたりするのが、すごく楽しいとまで思えるほどに、心は回復してきている。

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