第33話 いつもと違う育枝


「疲れた~」

 結局俺は午前中の授業中先生に当てられたり、クラスの奴らに小言を言われたりで放課後の事を一切考えられなかった。そこで俺はスマートフォンで育枝に連絡を入れて普段誰もいない屋上で会う事にした。

 俺が屋上につくとすぐに育枝も来てくれた。


「お待たせ~」

「いや俺も今来たところ。それより急にごめんな」

「いいよ」


 育枝は微笑みながら俺の隣に来て二人用のベンチに腰を降ろす。

 普段はそうでもないが、学校それも人目がない所でこうしていると誰かに見られるんじゃないかと思って逆に変な意識が邪魔してドキドキしてしまう。


 それにしてもこうして見ると育枝って毎年どんどん可愛いくなっている気がする。もしこれが妹じゃなかったら多分俺今頃緊張してどうしていいかわからなくなるぐらいに戸惑っていると思う。


「あれ? いい匂いがする」

「あっ、気付いたんだ。今日香水付けてるの」


 朝は俺が寝坊をしてしまい、別々に登校したので会ってなかった。

 起こしてくれてもいいとは思ったが、置手紙に『告白の練習をして夜更かししていたお兄ちゃんを起こす妹はこの世にいません!』と書かれていたのだ。


 それはさておき。 

 確かうちの学校は香水ダメだった気がするが。

 まぁ深くは考えないでおこう。

 うちの学校の先生達は好感度が高い生徒には色々と甘い所があるからだ。


「でも普段付けてないよな?」

「うん。でも今日は特別な日だから。どうせなら男子の目を惹く彼女の方が彼氏としては鼻が高いでしょ。それより今日の私どう?」


 普段髪の毛を結んでいない育枝が今日はハーフアップで髪を結んでいた。

 何と言うかとても新鮮な光景に俺は思わず言葉を失った。

 そのまま小悪魔となった育枝は俺に顔を近づけてくる。


「それで、私どう?」

「あぁ……そのなんて言う……めっちゃ可愛い」

「え、あ、うん……ありがとう。恥ずかしいけどとても嬉しい……」


 そして照れた育枝がいつも以上に可愛いく見える。

 俺はこんな素直で可愛い女の子になんてことをさせているんだ。偽物とは言え恋人になってもらい……あげく振ろうとしている。さすがに罪悪感が湧かないわけがなく、俺の心がチクっと痛んだ。でもそれも今日で終わりだ。もう少ししたらお互いに新しい一歩を踏み出す事になる。


「ねぇ、お話しする前にちょっとだけ甘えさせて」


 そう言って育枝は身体を俺に預けてくる。

 なんて無防備なんだ。

 だけどそれだけ心を開いてくれているんだなと思うととても嬉しい気持ちで一杯になった。

 そんな光景を屋上に繋がる出入口から二人の女子生徒が見ていた。


「はぁ~。気になるのはわかるけど、嫉妬するならもっと素直になったら?」

「なれるわけないでしょ。まさかお手洗い行く時に偶然見かけたと思ったらこうゆう事だったなんて」

「それにしても彼女さん今日はいつも以上に可愛いわね」


 その言葉に反応して勢いよく二人の元へ行こうとする白雪の腕を掴む水巻。


「もう少し様子を見ましょう。それに私この後二人がどんな行為をするのか気になるんだよね」

「……わかった」


 二人に遠くから見られているとは知らずに俺は育枝の温もりを腕で感じながら今までの事を思い返していた。

 思えば育枝は毎日トラウマと戦う俺を励まし続けてくれて、完成していくプロットを見て随時色々とアドバイスをくれた。今日の放課後だけに焦点をあてた超短期決戦のプロット。かつて白雪が俺と育枝の仲直りの為に書いてくれたように、今度は俺が白雪の心を掴む為に書いた。素人やプロと言った概念をなしにして同じ創作する側の人間――作者だからこそできるのだと育枝は言ってくれた。

 女性の心理にそこまで詳しくない俺は育枝と力を合わせる事でそれを克服した。毎日毎日育枝と話し合っては修正をした。時間にしてはたった五分にも満たないシナリオではあったが真剣だからこそすぐに完成はしなかった。

 そのシナリオは言うならば未来をイメージする為の道具に過ぎない。絶対にその通り行くとは正直思っていない。だけど予め白雪の言葉を想像し対応を考えていれば少なくとも本人を前にしてあたふたはしない。

 告白される方もハッキリと言葉を言ってくれないと困ることは十分に理解している。

 だからこそ妥協せずに色々と考え続けた。



「良し! 覚悟出来た。真面目なお話しする?」

「あぁ」

「今日で本当にいいんだね?」


 育枝はいつもの表情で身体を俺に預けたままそう呟いた。

 だけどいつもより声が小さい。

 きっとその言葉は確認であり、心の何処かでは否定をして欲しいからだと言う事はすぐにわかった。


「うん」

「なら今から戻って昼休み終わりにそらにぃの教室の前に行くね」

「頼む」

「いいよ。私達ってそうゆう関係でしょ。最初から全て決まっていた関係、違う?」

「……違わない」

「でしょ。例えどんな事を言われても多分今のそらにぃならしっかりと自分の言葉ですぐに返事が出せると……思う。だから自信持ってね」

「ありがとう。でも意外だったよ」

「何が?」


 育枝は顔だけを上げて俺の顔を見る。

 本人は無意識なんだろうが、その可愛いさで見つめないで欲しい。

 本当に抱きしめたくなるぐらいに今の育枝は可愛い過ぎる。


「育枝が白雪七海ってフルネームで呼んでるのあれ嫉妬してなんだろ? 当時俺の事をフルネームで呼んでいてそれに対抗心を燃やして……ん、どうした?」

「……気付いていたの?」

「うん。とは言っても今日のシナリオ考えている時にそう言えばそう考えると辻褄合うなって」


 育枝は下を向き、耳まで真っ赤になっていた。

 制服越しでもわかるぐらいに育枝の全身が熱気を帯びる。


「ならもしかして……」


 この時、俺は気付けば口走ってしまった。


「そらにぃのそらは【奇跡の空】から取ったけど、何となくこっちの方が呼びやすいからって嘘を付いていた事?」

「なんでそれまで……」


 育枝が今までにないぐらいにあたふたし始める。


「しょぅでぇうです」

「ん?」

「ふぁ!?」


 言葉を噛み、すぐにそのことに慌ててと色々大変な育枝。


「他にも今だから気付いた事あるけど話そうか?」


 多分育枝がよく俺にバカと言うのも内心はかまって欲しいからもっと気にかけて欲しいからとか。これはちょっと考えればすぐにわかった。小学生の時に好きな女の子にちょっかいをかけたりスカートめくりをして困らせたりするあれに近い。育枝の場合、俺にしかあんなに言わないから何ともわかりやすいのだ。後はたまに口が悪くなったり腹黒いのは昔から変わらずだし、これは言わなくていいかな。腹黒いと言っても育枝の場合いい意味でだ。


「もぉ許してくださぁい。何でもするし、言う事聞くから……」


 とうとう涙目になる育枝。


「恥ずかしくて死んじゃいそう……」

「ゴメン」

「ばかぁ、場所をわきまえてって意味よ。だから家で二人きりの時だったら、私を沢山責めてくれてもいいよ」

「え? でも……」


 突然女の子になってくる育枝はとても新鮮だった。


「ダメぇ?」


 ダメって言われても正直困る……。

 だってそれって遠まわしに何でもしていいって言っているようなもんだろ……。


「考えとく」


 すると育枝は口を尖らせる。


「そこは、わかったでしょ」


 少し間を空けて。


「いい? 女の子がそう言うって事は内心期待しているの? 好きだから責められたいと……言うか……」


 最後の方は声が小さすぎてなんて言っているか聞こえなかった。


「まぁそうゆうこと。わかった?」

「あ、うん」


 ここで聞こえなかったと言うと何となく怒られそうだったので空気を読んで聞こえていた事にする。すると育枝が立ち上がり、俺の方を向く。そして大きく背伸びをするのだが、何とも視線の高さで育枝の形が良くて大きな胸が更に大きくなる。


「やっぱり、そらにぃも男の子だね」

「えっ?」


 どうやら育枝は俺の視線に気付いていたらしい。

 というか正直俺としては眼福なのだが、学校では止めて欲しい。

 もし誰かに見られたら、変態と言うレッテルを貼られてしまいそうな気しかしないから。


「さっきのお返しだよ~。なら昼休み終わる前に教室の前に行くからそれまでには戻っておいてね。私お昼ご飯食べてくるから」


 舌を出して、べっーをして言うと育枝は屋上と校舎を繋ぐ出入口から姿を消す。

 俺は一人屋上に残り、ある事を頭の中で考えてみる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る