第8話 妹は小悪魔
そして連れて来られたのは育枝と兄妹になった頃、よく二人で遊んだ場所。
川辺川合流付近の球磨川本流によく似た近所の川辺だった。
俺と育枝は小石が散りばめられた場所で尻を付け二人並んで座っている。
「そらにぃ、様子を見る限りだけど初恋だったんじゃないの?」
「どうして?」
「初恋だからこそ、そんなに苦しくて辛いんじゃないかなって思ったから」
流石はよく出来た妹だ。
俺の考えている事や今思っている事に気付いている、そんな感じがする。
「それで、どうなの?」
「は……初恋」
「そっかぁ。いいよ、甘えて」
そう言って育枝は俺の身体を強引に倒して膝枕をしてくれた。
「ほら泣きたいなら泣いて。悪いけど家に帰ってまでメソメソされると私の気分まで落ち込むから、今の内に沢山泣いて」
そう言って笑顔を向けてくれる育枝に俺の心は素直になってしまった。
本当に情けない兄だと思う。
「なぁ、少し話し聞いてくれないか?」
「いいよ」
俺は一度深呼吸をしてから、育枝に今の感情をぶつける。
「俺、悔しいよ。全てが平凡だけど……ずっと好きだった作家――白雪と偶然同じ学校で偶然よく話しかけられるようになって最初は異性としてじゃなくてファンとして白雪の事がずっと大好きだったんだ」
「うん」
育枝は俺の頭を優しく撫で始める。
「それから去年の夏過ぎぐらいから俺が図書委員で図書室に居る時はよく来てくれて話しかけてくれた。それに普段は女子にも見せない楽しそうな笑みもたまにだけど見せてくれたんだ」
「うん」
育枝の頷きが俺の話しを真面目に受け止めてくれている、そんな風に感じる。
「それで今日クラスで白雪と話していたら俺白雪の事をいつの間にか異性として好きになっていた事に気付いたんだ」
「うん」
恥ずかしいから詳しい内容はまた今度話す事にする。
「だけど、後は今日育枝が図書室で見た通り振られた。それがとても悔しくて悔しくてどうしようもないんだ。そりゃ俺だって男だ。あんな綺麗な人から話しかけられたり、笑みを向けられてたら勘違いするよ……」
俺は今思っているこの何とも言えない気持ちを育枝にぶちまけた。
育枝の太ももから伝わってくる肌の熱がとても気持ちいい。
――育枝が義妹で本当に良かった。
「なるほどね……。あの女狐よくもやってくれたな、私のそらにぃに。絶対後悔させてやる」
あれ?
初めて聞いた声に俺は失恋の悲しみとは別の何かを感じ始める。
いつもニコニコしていて可愛い妹の声ではない事は確かなのだが……。
起き上がって周囲を確認してみるが、俺と育枝以外誰もいない。
――空耳か?
そう思い、育枝の顔を見ると何処か怒っているような気がした。
毎日見ているからこそ感じる違和感。
「育枝どうした?」
気付けば俺の涙は止まっていた。
「なんでもないよ」
育枝は満面の笑みで答える。
だが、後ろに見えてはいけない何かがある。
そのまま今度は俺の腕に抱き着いてくる。
育枝の柔らかくて程よく弾力があるものが俺の腕にしっかりと感触として伝わってくる。
なにかとは言わないが、そうあれだ。
「そらにぃ大好きだよ」
「もしかして怒ってる?」
「うん。私のそらにぃを傷つけた白雪七海にね」
「落ち着けって。てかそもそもなんでフルネーム?」
あれ? これいつの間にか立場が逆転していないか?
なんで振られた俺が育枝を……。
あーそうか。なんだかんだ言ってまだ白雪の事が好きだから護ってあげたくなるのか。
本当に未練しかない。
俺はこの先、白雪に対する想いと決別ができるのだろうか。
「白雪七海がそらにぃの事フルネームで呼んでたからだよ。それよりちょっと自分が綺麗で有名人だからって調子に乗ってるよね。そらにぃに愛想を振りまいて自分だけのオモチャにしたあげく、告白は阻止しようとしているアイツを絶対に私は許さない」
育枝の言う通りだった。
白雪は俺が勘違いする言葉や行動を半年以上取り続けていた。
だけどそれを知ってか知らずか、今日クラスであんなことを言ってきたのだ。
少しは俺の気持ちも考えて欲しかった。
よくよく考えればそれをあの場にいた全員に聞かれていたかもしれないと思うとやっぱりイラっとしてしまった。
「白雪の事……好きにならなかったら良かった……。後悔してももう遅いのにな……俺やっぱりバカだよな……」
気付いた時には俺の口は言葉を言い終わっていた。
「だったら後悔しないようにしたら?」
「え?」
「これはそらにぃの好きな小説で言う序章。だから最後はハッピーエンドにしたら?」
「それが出来たらいいけど、全て平凡な俺には無理だよ。俺は育枝じゃないからな」
「だったら私がそらにぃの彼女になってあげる」
「えっ? どうした急に?」
俺の頭が情報の交通渋滞を引き起こす。
そもそも俺達は血は繋がっていないが兄妹であり、何故急にその話しになったのか。
よく見れば育枝の顔が赤い。実は朝から熱が合って頭のネジが可笑しくなったのか?
「血は繋がっていない兄妹で付き合う。小説じゃよくあるよね? それに自慢じゃないけど私結構男子には人気があるの。だから全てが平凡なそらにぃが白雪七海の気を引くには十分だと思うんだ? どうかな?」
なんだろう。今遠まわしに育枝から馬鹿にされた気がした。
「お前今俺の事平凡だってバカにした?」
「したよ、だってほら!」
すると今度は俺の腕を掴み、自分の胸に当てて押し付ける。
俺の左手は確かにその男の欲望を刺激する育枝の柔らかい果実の一つをしっかりと触っており、少し指を動かすだけで更にその感触がより正確に全身に伝わってくる。それだけでなく、上目遣いで俺の反応を見てくる育枝が可愛い。
「あぁぁぁええええぇぇぇぇ!?」
動揺する俺を見てニコリと笑う小悪魔――育枝。
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