第51話 現れたマッドサイエンティスト

 これまで戦った魔物とは比較にならないほどのタフさと、回復魔法まで使うのと、弱点の狙いにくさの上に、時折まぶたのように目が甲羅に覆われてしまうのもあって、とんでもない長期戦を強いられたが、やがて、蟹の片目が潰れ、もう片方の目もハジキのショットガンの一撃でグジャッと嫌な音を立てて潰れた。


 そして、巨大蟹はようやく沈黙する。

 やはり目を潰すともう動けなくなるらしい。


「強敵だったわ……」


「ああ……」


 戦いが終わり、ユメたちは森の地面にどしんと尻もちをついた。


「おい見ろよ、軍支給の鋼鉄鎧がざっくり裂かれちまった。どんだけ硬かったんだこの蟹のハサミ」


 ヒロイがせっかくの装備がダメになったことに文句を言っている。


「……ふぅ……」


 ハジキも疲労困憊で、しかも銃弾を早めにかなり使ってしまったことからため息をついた。


「で、まさか本当に彼女をカニクリームコロッケにしてしまうつもりではあるまいね?」


 急に低い声が聞こえて、ユメたちはすぐに警戒を強めた。


 立ち上がり、お尻の砂を払うことも忘れ、声が聞こえてきた方、巨大蟹の死骸の上に目を凝らす。


「勝利に喜んでいるところ悪いが、このジャイアントクラブは目さえ修理すればまだ動くのだよ。調理して食事にされては困るな」


 フード付き白衣に身を包んだ、謎の、男……だろうか? 正直声からは性別の判別がつかない。

声も、男にしては高いし、女にしては低く聞こえた。


「何者!?」


「おいおい、昨日吾輩の数少ない成功作であるゾーエウルフに埋め込んだ脳の動きを監視していたら随分面白そうな素体が来そうなので歓迎してあげたんじゃないか。お気に召さなかったかな?」


「何者かって訊いてるのよ!?」


「ふふふ、君たちは、何か、まさか食事として腹の足しにならないと生き物の価値を認められないクチかね? 吾輩は君たちを大いに評価しているというのに、そんな低俗な輩だったなら残念だよ」


 ユメがいくら問いかけても蟹の死骸の上の白衣の存在は勝手にしゃべっているだけだ。


「別にその蟹を食べたいわけじゃねえよ。用事を言え!」


 ユメが黙っていると、ヒロイが代わりに怒鳴った。


「昨日のゾーエウルフから聞いただろう? 吾輩がこの森を抜けたところに居る研究者だ。つまり、君たちの探し人だということになるな」


「名を名乗れ!」


「君たちはこれから食べる食事相手に『私は○○です』などと名乗るのかね? そう、吾輩にとって研究は君たちの食事と同じ。性なのだよ、続けなければ生きていけない。だが、用事を訊いたね? それには答えよう。吾輩の実験の被検体となってほしい。いや、もうなってもらっているわけだが」


「なんだと? あたしらになにかしやがったのかてめえ」


 今度はヨルが叫ぶ。


「ジャイアントクラブと戦い、戦闘データを取らせてくれたではないか。彼女にも人間の女神官の脳を移植しているものの、どうやら死に抗うために魔法を使うことくらいしか知能は残らなかったようだね。これも一つの成果だ。君たちの脳を使えばもっと優秀になるかもしれないが、それは実にもったいない」


「そんな非人道的なことをして、あなたは何も感じないのですか!?」


 オトメも声を上げる。


「君はオークの亜人だね? 自分の祖先が、知的好奇心を満たすために交わった可能性を考えたことは無いかね? モンスターと人間で、子孫は残せるのか? それを確かめるために、答えを知るために子を成したのではないかと、そう考えたことは無いか? 少なくとも吾輩ならそう考える」


「なっ!?」


 自分の存在自体が実験の結果であるかのようなことを言われ、オトメは絶句した。


「君たちは吾輩の実験体たちの相手にもってこいなのだよ。脳を切り取って他の生き物と繋ぐのは死んでからでもできる」


 白衣の存在は勝手に言葉を紡いでいく。


「ゾーエの地に入植するためには吾輩が邪魔だとかなんとか言っていたね。もし君たちが吾輩を排除しようとするなら、これまでに作った実験体全てを解き放ってでも抵抗させてもらおう。しかし、その前にもっと有意義な時間を持っても良いとは思わないか。君たちが来たがっていた吾輩の研究所にもご招待しよう」


 ユメたちは戸惑った。

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