第三章 人狼 篇

第85話

【前書き】

 起点は第5話です 


【本文】


「……ん、らくん、田村くんっ!」

「はっ!」

 誰かの呼び声で夢の世界から帰還する。


 どうやら俺は砂浜で意識を失っていたようだった。

 全身は海水でびしょ濡れ。

 両足には絶えず小波が当たっている。


 すぐ近くにはたった今失ったはずの村間先生が必死な形相で俺をゆすっていた。

「先…生…?」

「良かったぁ!やっと目がさめ――きゃっ!」

 俺は村間先生は視認するや否や、ぎゅっと抱し寄せていた。

「よかった……本当によかった……夢だったんだ! 全部悪い夢だったんだ!」

 

 どうやら俺はずっと幻覚を見ていたようだった。

 それにしてはずいぶんとリアルな夢。鮮明にもほどがある。タチが悪過ぎてまだ鳥肌がおさまらない。


 気が付けば俺は声を押し殺しながら大粒の涙を流し、チカラいっぱい村間先生を抱きしめていた。

 先生から伝わってくる体温は色んな意味で温かった。


「……そうだよね。怖かったよね?」

 全身を震わせながら抱き着く俺を包み込むように抱き返してくれる村間先生。

 

 それからしばらく俺の頭を優しく撫で続けてくれた先生からゆっくりと身体を離す。

 本当は話したいことや謝りたいことが山ほどあった。

 けど、さっきまでの記憶は全部夢。夢だったんだ!

 俺がどんなに激動の日々を過ごして来たのかなんて村間先生が知るよしもないこと。


 ここで意味不明な言動をして彼女を無理に惑わせるわけには――。


 と思ったところで俺はゾクッとした。

 いや、いや、いや。待て、待て、待て!

 おかしい! おかしいだろう!


 どうして俺にはいつくもの断片的な過去がある?

 

 再会の嬉しさからか、村間先生を視認してすぐ客船で上村に蹴り落とされたところまでが現実だと即断していた。


 けれどやっぱりおかしい。

 ――


 俺は周囲を見渡してみる。

「……嘘だろ、おい」

 衝撃的な事実を打ち明けると、俺が漂流したであろう――初めて上陸したはずの島ははっきりと見覚えがあった。

 

 いや、そんな柔なレベルじゃない。

 ついさっきまでこの島に両足をつけていた感触まで感じられる。

 なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ⁉︎

 一体、何がどうなって――!


「田村くんが驚くのも無理ないよ。でもどうやら私たち漂流しちゃったみたい」

 全身にまとわりつく砂。潮の匂い。

 容赦無く照りかかる陽光に生い茂った森林。

 

 俺は頬を捻ってみる。痛覚は働いている。

 仮想じゃなさそうだ。間違いなく現実。


 信じられない。いや、信じたくない。

 だが、俺の脳によぎる一つの疑惑。

 


「――先生……どうして先生が?」

「……田村くんを放っておけなくてその……ごめんね。助けてあげられなくて」

(田村くんを放っておけなくてその、ごめんね。助けてあげられなくて)


 次に来るであろう彼女の言葉を胸中で呟く俺。もはや一致することが良いのか悪いことなのか理解が追いつかなかった。


「……下手したら死んでたんですよ」

「そうだね。でも教師は生徒の命を預かってるの。見捨てることなんてできないよ。それに田村くんだって黒石さんたちを助けに行ってたじゃない」


 田村くん。黒石さん。

 ……どうしてハジメくん、司ちゃんじゃないのか。

 ああ、ダメだ。

 また一から、なのか? 

 また初めからここであの緊張の日々を過ごさなければいけないのか?


 立ちくらみがする。どんどん気が遠くなっていく。

「私たちは人を助けようと思って行動したんだから、その私たちが言い争っても仕方がないでしょ?」

「そう、ですね」


 そうだ。全くもってその通りだ。

 村間先生が言い争う必要など一ミリたりともない。

 俺が黙っていると背後から気まずそうな雰囲気を感じ取った。 

「――もしかして黒石さんたちに救命胴衣を渡せなかった?」

 振り返ると少し悲しそうな笑顔を浮かべる村間先生。


 このときの俺は本当に心が弱っていた。

 そりゃそうだろう。サイコパスに大切な人間を奪われて目が覚めたら

 これで困惑するなという方が無理な話だ。

  

 だがもしも推測通りなら俺がさっきまで見ていた悪夢は現実になる可能性が非常に高い。

 なにより先の展開が読めるなら今度こそ俺は大切な人を守り切れるかもしれない。


 

 俺は上村から受けた仕打ち(ただし、客船でのことに止める)をありのまま話す。


「なにそれ。お姉さん本気で我慢できないかも。もし再会したら殴っちゃうかも」

 シャーっと髪を逆立てキレる村間先生。

 ああ、ダメだ。俺はたぶんこの女性が本当に好きだ。大好きだ。今さら手放すなんてことは絶対に考えられない。

 

 俺は先生にバレないように涙を拭ってから、

「落ち着いてください。たしかに俺も上村のことは許せません」

「たしかに今のご時世だと物理的な暴力は問題になるわよね。だったら精神的な暴力を」

「ダメですよ村間先生。俺のために怒ってくれたのには感謝しますけど、それより今は――」


「――あれ? もしかしてあれ田村じゃねえか?」

 俺以外の男の声がして急いで視線を向ける。


 ふうーと深呼吸。

 よもや死んだ人間と再会できるなんてな。

 まさか今見ている光景も夢だったりするのか? ああ、もうそうなると訳がわからない。


 だが、俺はもう失敗しない。

 今度こそ村間先生を、司を――失ったもの全てを取り戻してみせる。

 正直今だって何が起きているのかは全然理解が追いついてない。なんならまだ全てを信じきれたわけじゃない。


 けれど意味がわからなくても何でも。

 もう一度チャンスがあるなら俺は貪欲に掴みに行く。

 悩むのは、考えるのは、それから後でも遅くないから。


 俺は覚悟を固めて上村たちと再会することを決意する。

 だが、そんな俺の覚悟を嘲笑うような光景が待っていた。

 振り返った先には上村とその友人、中村。さらに黒石、香川、大原。


























 ――

 さっきまで見た夢、幻にはいなかったはずの教員、鈴木孝義先生とクラスメイトの橘真司と工藤瑛太、そして町田舞と西野春奈、小山奏が立っていた。


 立っている砂浜がぐにゃりと歪んだような気がした。

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